テルミナと事象の外伝

巡屋 明日奈

後日談:レグレスと時の旅路

繰り返さない1日で、旅をする。

第1話・来訪者

レグレスは旅人だ。


少なくともレグレスが覚えてる限りの時間、彼は旅人だった。そして今も彼は旅をしている。

冬の冷たい風がレグレスの長いマントを揺らす。国ごとがかなり離れているこの世界を旅するのに必要不可欠な浮遊銀輪ホバーバイクが風に煽られてゆるく揺れる。

レグレスは特にあてもない旅をしていた。浮遊銀輪が軋む。もうそろそろ寿命なのかもしれないが、レグレスは全く気にしていなかった。壊れたならば、直せばいい。浮遊銀輪に命は宿っていないのだから。

よく見るとそれが軋む理由は劣化だけではないように見えた。一人乗りのはずの銀輪にはレグレスの他にもう一人乗っていた。

いや、もう「一人」というのには語弊があるかもしれない。それはもうすでに死んでいたからである。

実際に死んでいると知っているのはレグレスだけなのだが、その銀輪に括り付けられた簡素な棺桶は中の人がすでにもう生きていないことを雄弁に語っていた。

棺桶とレグレスを乗せた銀輪は相変わらず冬の風と搭乗者たちの重みで軋みながら一定のスピードで草原を駆けていた。遠くの方に馬鹿みたいに高い塔が見える。今回の目的地だ。

ものの数十分で、彼はそこに着いた。簡素な古びた木製の門には小屋はあるのに人がいない。とうの昔に検問なんて無くなってしまったのだろう。レグレスは銀輪から降りるとそれに括り付けていた棺桶を背負った。はためいていたマントが押しつけられて鎮まる。

重い銀輪を押しながらレグレスは静かに門を潜り、その街に足を踏み入れた。


「お前、人間じゃないな?」

レグレスが街に入って一番にかけられた声がそれだった。背の高いレグレスよりも数十センチは小さい子供たちが彼を見上げていた。

「多分そうだな」

レグレスが返事をすると子供たちはきゃー、と走って散り散りに逃げて行った。失礼な奴らめ、などとため息をついてみせる。確かにレグレスの容姿は周りを行き交う人々とは違う。だがこの形に生まれたものは仕方ない、レグレスは気にせず銀輪を押して手近な宿を探した。

賑わう大通りとその両端にひしめく出店。肉の刺さった串などが売られている。自分の手持ちの金で買えるだろうか。なんとなくそんなことを考えながらレグレスは歩いた。

上を見ると先程遠くから見えた通りの馬鹿みたいに高い塔が目に入る。高い以外に取り柄のなさそうな、何の装飾もないシンプルな塔。若干ずり落ちた棺桶を背負い直してレグレスは塔から目を背けた。どうせまた訪ねるところだ、別に今見る必要はない。

城の周りの街を城下街と言うのだから、塔の周りのこの街はきっと塔下街とでも言うのだろう。

レグレスの一定の歩調に合わせてカチ、カチ、と時計の針が回る音がする。こんなところに時計はないはずだ、レグレスの幻聴なのかもしれない。

「いや、……時計ならある、か」

小さく呟いて再度上を見る。この耳障りな音はその塔の上から聞こえてるように感じた。レグレスは思わず棺桶を自身に結んでいるベルトを握りしめた。


「気になるの?時計塔」


背後から唐突に声をかけられたレグレスが驚いて銀輪を倒す。ガシャン、とお世辞にも小さいとは言えない音が響く。

「ごめん、驚かせた」

声をかけてきたその人物はレグレスに代わって銀輪を起こしてくれた。礼を言い頭を下げるレグレスに向かってその人は笑いながら「いいって」と言ってくれた。

深い緑色のスカーフと帽子を目深に被った、レグレスと同じくらいの背丈の若者だった。他の国ではあまり見かけない銀髪と吸い込まれるような金色の瞳が不思議な印象を醸し出している。

まるでここに存在していないかのような儚さ。

ただそれは全くの錯覚で、その若者は確かにそこに存在していた。

「ええと、お前は誰……旅人?」

初対面の相手をお前呼ばわりするその若者だったが、不思議と無礼さは感じなかった。むしろ礼儀正しいような、微妙に尊大なその態度は若者にぴったりと合っている感じがした。

「レグレス。今のところは旅人だ」

レグレスがその若者に向き合って言う。ついでに銀輪に傷がついていないか確認した。よかった、かすり傷はあるが使えなくなるような故障はない。

「そっか、珍しいね」

こんな田舎な国に来るなんてさ、と若者が笑う。そういえばこの人は自分が人間ではないことに関して触れていないな、とレグレスは思った。

「珍しいのか?こんなに高い塔があるのに」

「珍しいよ」

間髪入れずに若者が返す。若者は塔に向かって手を伸ばした。まるで人の手の届かない時間さえも掴むように、しっかりと手を開いて伸ばす。

「いや、それともそんなに珍しくもないのかな。少なくとも『昨日』はずっと旅人なんて来なかったから」などと不思議なことを呟く。息を吐きながら若者が伸ばしていた手を戻す。

「『昨日』はずっと?」

レグレスが不思議そうな顔をして訊ねる。それに対して若者はどこか寂しげに笑ってみせる。

「あぁ、主観時間がリセットされない私とあいつ以外にはわからないのか」

若者はその笑顔をすっと真顔に戻す。レグレスはなんとなく冬の風とは違う冷たい空気を感じて目を細めた。

「この国はここ一年くらいずっと『昨日』を繰り返してたんだ。今日、やっと今日に進んだところ」

白いローブに包まれたその手を若者が広げてみせる。大袈裟なその動きはまるでこの馬鹿高い塔全てを包むようにも見えた。ゆったりとした動きを見せる若者は、王か何かのようにも見えた。そんな尊大で傲慢な動作。まるで「時間はすべてこの手の中に」とでも言うかのようなその雰囲気に、レグレスは思わず笑う。

もとよりこの塔が、この時間が目当てだ。

若者は相も変わらず不敵な掴めない笑みを浮かべている。相も変わらず空気は冷たい。

「そういえばお前には名乗らせたのに私は名乗ってなかったね」

手を下ろすと若者はすっとレグレスの前にその手を出した。握手を求める姿勢。


「私はテルミナ。この塔下街の住人の一人」

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