第37話 怒りのままに

 俺達は大金を手にして再び武具店に来ていた。


「さぁ、お金も入ったことだし好きな物を買っていいわよ。とりあえず三十万ピア渡しておくわね」


 エミリーは懐から札束を取り出し、一枚一枚数えて俺達に渡す。折角二百万も手に入って余裕ができたのにもう半分も使ってしまうのか……すこし心配になったが、装備は自分を助けてくれる相棒と同じような物だ。ここで良いものを購入することは今後に繋がる先行投資のようなものと考え、納得した。


 店内を歩き回り、迷いに迷った末に現在装備しているブラックミラージベストのレプリカを本物に交換してもらうことにした。もっと良い能力が付いた防具も沢山あったのだが、今装備している防具より気に入るものは見つからなかったし、なりより高かった。いきなり三十万も使い切る勇気は俺にはなかった。


 武器も鉄の剣より十倍高い漆黒の片手剣にした。素材などは分からないが見た目にひかれた。どうせ俺は魔法メインで戦うことになる。良い武器を買っても宝の持ち腐れになる。


 クレアやエミリーはまだ武器を選んでいるようだ。しょうがない……もう少し店内を見て回るかと思い、振り返るとドンと誰かにぶつかった。


「あっ、すいません」


 ぶつかった相手は二人組の大男だった。


「いてぇぇぇぇぇぇぇぇ」


「えっ?」


 一人の男が肘を押さえて、うずくまる。そしてもう一人の男がにやけながら俺に話しかけてきた。


「おいおい、こりゃあ折れてるな。どうしてくれるんだ? まぁ俺達も揉めるつもりはない。治療費と慰謝料さえ用意してくれればな」


 あぁ、これあれだ。絡まれてるな。めんどくさいな……


「ねぇ、どうしたの? なんか汚い叫び声が聞こえてきたけど」


 クレアが異変に気付いて来てくれた。


「だれが汚い声だ!」


 肘を押さえていた男が立ち上がり青筋を立てて怒っていた。


「まぁまぁ、こちらは被害者なんだ。とりあえず百万用意してくれ。払えないならそうだな……その女を一晩貸してくれたらチャラにしてやってもいいぞ」


 舌をべろりと出して、鳥肌が立つような気持ち悪い表情でクレアを見ている。


「はぁ? 誰があんた達と、」


 クレアが怒りに任せて前に出ようとしたところを、俺が手を差し出し静止した。


「おい、ここじゃあ店の迷惑になる。外に出ろよ」


「え? レ、レイン?」


 俺は言いようのない憤りで体が震えていた。まるでマグマが体中を駆けめぐっているようだ。理由は分かっている。クレアを傷つける奴は許さない。ボルタからは守れず、学校では生徒から襲われかけた。もうあんな思いはさせたくない。何よりもそんな目に合わせてしまった俺自身も許せない。もしクレアを傷つける奴がいるならば殺してやる。


「ガキが! 女の前だと調子に乗りやがって。いいだろう、後悔するなよ」


 俺とクレア、二人の男は武具店の外にある更地で向き合っていた。


「お前、俺達が誰かわかってるのか。俺達はB級ハンターだぞ。今なら土下座とその女と全財産置いていけば許してやるぞ」


 先ほどまで肘を押さえていた男も剣を振り回して威嚇している。


 よかった。本当に怪我をさせていたらこっちが悪者だからな。これで容赦なくやれる。B級ハンターというのには少し驚いたが不思議と負ける気はしなかった。


「ハンターってのは雑魚でもなれるんだな。御託はいいから早く来いよ。楽にしてやるから」


「ね、ねぇ。レイン大丈夫?」


 クレアが不安げな顔を浮かべ俺を見ている。


「大丈夫だよ。こんな奴らに負けないよ」


「いや、そうじゃなくて……」


 クレアが何か言いたげだったが、それを待たず二人の男が同時に襲ってきた。俺は右手を前に出して唱える。


「ウインド」


 激しい突風が二人を襲う。風の初級魔法だが俺が使うと風は刃と化す。男達の体を切りつけながら吹き飛ばす。血だらけになりながらも、まだ立ち上がろうとしている。だがこれで距離ができた。


 再び右手を前に出して唱える。


「ファイアーボール」


 巨大な火の玉が俺の前に現れる。たしかトールと戦ったときもこの流れだったな……しかし今は腕輪もしていない。これなら確実に……男達の絶望の表情が見えた。肘を折ったという男が泣いて謝っているようにも見える。だがもう遅い。死ね。


「やめなさぁぁぁい」『だめだよ』


 二人の女性の声が聞こえたと思ったら、背中に衝撃を受けて地面に膝をついた。放ったはずの魔法は上空へ放たれ消えていった。二人の男は死の恐怖から逃れ安心したのか気を失っていた。振り返るとクレアが怒りと悲しみが入り混じるような顔で俺を見ていた。


 なんでそんな顔をしているんだ……俺が困惑していると、クレアは俺の襟を両手で掴み強引に立ち上がらせた。


「あんた、何やってるのよ。殺す気」


 今は明らかに怒っている。


「何って。あいつらがクレアを……」


 俺の言葉を最後まで聞かないままクレアは叫び続けた。


「私が何よ! あいつらにやられるとでも言いたいわけ! 私は自分の身くらい自分で守れる! あんたに守ってもらうなんて屈辱だわ!」


 なんだよ、それ。俺はクレアの為に……クレアを守る為に……


「ふざけんなよ。それにこれは俺の喧嘩だぞ。関係ないだろ。邪魔すんなよ」


 クレアの言い方に納得できず、思ってもいない事を言ってしまった。


 すると今度はクレアの表情が明らかに悲しみに変わる。俺の襟を持つ手もスッと力が抜ける。


「か、関係あるわよ……私はあんなレイン見たくない……だってレインは優しくて、それに私が……もう、バカ! もう知らない」


 そう言い残すとクレアは走ってどこかに行ってしまった。最後のクレアの顔を見て冷静になった。確かにやり過ぎた。クレアが止めてくれなければ人を殺していた。少し絡まれた程度で……いくら相手が悪いと言ってもまだ犯罪者でもないハンターを簡単に殺していいはずもない。しかもクレアの為と言いながら悲しませてしまった……あとで謝まらないとな。それにお礼も。


 それにしてもまたあの声が聞こえたな……いったい何なんだ。それに最後のファイアーボール……既に唱え終わって、真っ直ぐ飛ぶはずの魔法が何故か真上に飛んだ。やっぱりあの声が魔法に関係しているのか?

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