第29話 みんなテンション高すぎ

「さぁ、今日は初めてのクエストよ! 早く行きましょう!」


 クレアは朝からテンションが高い。


 俺達はやすらぎ亭にある食堂で朝食をとっていた。


「ちょっと待てよ。まだ食べてるじゃないか」


「もう! こうしてる間にゴブリンが逃げちゃったらどうするのよ!」


 ベラシーの森のボスに君臨しているのだから離れたりしないだろうに……


「ちょっと落ち着きなさい、クレア」


 エミリーさんが興奮するクレアをなだめる様に優しく口を挟んだ。


 ん? クレア? 昨日までは呼び捨てにしてなかったはずだが。怒ってるのかとも思ったが、そうでもなさそうだし。


 クレアも何か違和感に気づいたのか、きょとんとした目でエミリーさんを見ている。


「ふふふ、いきなりでびっくりしたかしら。でも私達は今日から同じパーティーよ! 苦楽を共にして、強大な魔物を打ち滅ぼしていく仲間よ! そんな同朋の間に敬語や、さん付けなんて無用だわ!」


 エミリーさんは燃えるような目で主張している。


「確かにそうね! 私達は同じ釜を食うファミリーよ! 私達ファミリーには上下関係なんて存在しないのよ!」


 ファミリーって……クレアも感化されたのか、エミリーさんと同じように目が燃えている。俺だけが一人取り残されているようだ。ほんと、みんな朝からテンション高いな。落ち着こうよ……


 それに上下関係が存在しないとか嘘だろ? いつも召使いとか言ってるくせに……


「さっきから黙ってるけど、レインはちゃんと聞いてるのかしら? 私の気持ち分かってくれたのかしら?」


 エミリーさんの探りを入れるような目にぞっと寒気がした。


「は、はい。わかりました」


「はい? わかりましたぁ?」


「い、いや……うん、わかったよ、エ、エミリー」


「よろしい。 でもそこは男らしく、『おう、まかせろ! エミリー!』とか言って欲しかったわね」


「つ、つぎは頑張るよ……」


 俺がそう答えると、エミリーさんは……あっエミリーは、満足そうに顔をほころばせる。


「よし、パーティーのルールも決まったところで」


 エミリーは真剣な顔つきでクレアに話しかけた。


「あなたは今日のクエストは見学ね。まだ怪我完全に治ってないでしょ」


「えっ、嫌よ。私だけのけ者なんて。もう完璧よ」


 クレアはそう言いながら腕をブンブン回している。


「だーめ。大丈夫よ、今日は私も見てるだけだから。のけ者になんてならないわ」


 は? クレアは見学で、エミリーは見てるだけ? 誰が戦うんだ? って俺か!


「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで俺が一人で戦わないといけないんだ」


「あっ、よくわかったわね」


 よくわかったわねって……俺は馬鹿じゃないぞ。


「大丈夫よ。ゴブリンなんていくら束になったって、あなたには敵わないから。この一か月の特訓の成果をクレアに見せてやりなさい」


「仕方ないわね。今日はレインに任せたからしっかりやるのよ」


「はぁ。しょうがないなぁ」


 俺はこれ以上抵抗することは諦めた。それに自分の力が魔物にどれほど通用するのか楽しみでもあったのだ。


 慌ただしく朝食をとりおえると、俺達は町で装備やアイテムを整えることにした。と言っても今は金がない。平民街の武具店で貴重な素材を使った剣や杖を羨ましく眺めながら、店にある一番安い、只の鉄で作られた剣を三本購入した。俺は剣と杖どちらを買うか迷ったがエミリーが、


「あなたの魔力だったら、この程度の杖を装備したところで何も意味ないわよ」


 と言うので剣にした。俺としても剣の方が格好良かったので、迷いはなかった。


「あーあ、まさかこんな剣で戦うことになるとはね」


 エミリーが鉄の剣を片手で振り回す。空気を切り裂く音がエミリーさんの実力を十分に表している。俺もいつかあんな音を出せるようになりたいものだ。


「あとは、あなた達の服を何とかしないとね。いつまでもその制服を着てるわけにはいかないしね。好きなもの選びなさい。とは言っても貧乏パーティーの私達には普通の服しか買えないけどね」


 確かに退学になった俺達が学校の制服を着ているのはまずい。この武具店にも様々な防具が売ってある。防具には見た目が同じでも付いている効果はそれぞれ異なる。耐火、耐冷、耐刃など何十種類もあるらしい。もちろん付いている種類が多いほど高級になる。


 店に並ぶ防具を見て回ると黒系で統一された上下の布生地で作られた服と、同じく黒のマントがセットになった防具に目を奪われた。これで決まりだ! と思い値札を見る。


【ブラックミラージベストのセット】


効果:魔法回避能力小アップ


価格:五万ピア


「なっ……」


 たった一つの効果でこの値段……しかも小アップって……折角気に入った防具がとても手が出せる値段でなく落ち込んでいたら店員が話しかけてきた。


「あんた、この防具が気に入ったのかい。もし見た目が気に入ったっていうんならレプリカもあるよ」


「レプリカ?」


「あぁ、デザインは同じだが全く付与が付いていないただの服だな」


 店員がそう言って持ってきたものは、俺が気に入った防具と全く同じデザインだった。確認して見ると五千ピアと十分の一の値段だった。


「これにします。ありがとうございました」


「いいってことよ。レプリカはなかなか売れないから、うちも助かったよ」


 さっそく俺は購入したブラックミラージベスト(レプリカ)を着ることにした。うん、サイズもばっちりだ。鏡に写る自分を見て惚れ惚れした。


「はぁ。あんたってナルシストだったのね……鏡の前で表情なんて作っちゃって……」 


 横からクレアの声が聞こえた。しまった! つい自分の世界に入り込んでしまった。言い訳しようとクレアの方に視線を移すとそこには白い衣装に身を包んだ天使、いやクレアがいた。


「なによジロジロ見て。この変態! ナルシストで変態なんて最悪の組み合わせね」


 誰が変態でナルシストだ! 断固として両方とも否定する! 見た目は天使でも中身は小悪魔だな。しかしクレアの姿に見とれてしまったのは事実だ。


「いや……すげぇ似合ってるなって思って」


 俺が素直にそう言うと、


「ば、ばか。急に何言ってるのよ。ほんとに変態になったみたいね」


 いつも道理の口調は変わらないが、顔が若干赤く染まるのを俺は見逃さなかった。

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