夜更け

 その夜、レッタは模擬戦の振り返りと分析をしていた。

 これは幼少から強さが求められ鍛錬していたレッタの習慣とも言える。過去に1度だけ起こした過ちを繰り返さないためにも、イースタホース内では負けることがないほどに経験を積んできていた。負けることが許されない立場を守り続ける彼女にとって、今回の敗北は新たな戦術の活路を見出すに足るものだった。


 戦術書と照らし合わせて自身の戦闘の他に雨虹やナオボルト、そして大きな爪痕を残した貴帆の活躍と特性を振り返る。特に貴帆の斬新さと機動力は大きな武器だと判明した。だが一歩間違えれば確実に味方を劣勢に追い込む諸刃の剣とも言えるものだ。


 そう考えを巡らせているところで、静かに部屋のドアが開いた。


「あの、レッタさん」


 模擬戦での汗や汚れをお風呂で流して部屋に戻った貴帆が声をかけてきた。


 女同士宿屋では同じ部屋だったが、今まで貴帆から話しかけてきたことはなかった。元々口数の多い子ではないし、レッタが仲間に加わってからずっと稽古の毎日。部屋に戻ると倒れるように寝るのが日課になりつつあったからだ。


 レッタはやわらかく微笑んで、


「なにかしら?」


 と返事をする。


 貴帆は少し俯いて顔に暗い影をおとした。


「ナオは……私に手加減してくれましたよね」


 模擬戦が終わってから浮かない顔をしていたのは、そのせいだったのか。レッタはしばらく考え込んでから、口を開いた。


「えぇ、そうね。一言で言ってしまえばそうなるわ」


「やっぱり……。斬りかかってきた時、ナオはわざと剣先を下げてきて……」


 辛そうに目を伏せる貴帆の肩に、レッタは手を置く。あの瞬間にそれだけのことが見えていたことが立派だと、そう言おうとした。だが本当に彼女の求める言葉か考え、結局その言葉は飲み込んだ。その代わりに貴帆には違うことを話し出した。


 ──決着がつく数秒前のこと。


 貴帆に斬りかかったナオボルトと、目が合った。


 貴帆に勝たせてやる。


 それにはそんな意思が読み取れた。レッタは優しい奴だと呆れた。ナオボルトに戦いが終わった後、その優しさが明日の本番で仇にならないよう忠告をした。もちろん自信家な彼は豪快に笑い飛ばしたが、最後にこう零した。


「ただ俺は貴帆に、この勝利をきっかけにもっと強くなってほしかったんだ。まあ俺はね、あいつが頑張ってるのを1番近くで見てたし。……それでもやっぱり俺には勝てないけどね!」


 レッタもナオボルトと同じ気持ちだった。

 貴帆は自分に厳しい。だからこそ気づいたことが立派だとか、そんな生暖かい傷薬で有耶無耶にされたくないはずだ。同時に見ず知らずの自分の片割れ、つまりツヴィリングを助けるために初めてであろう冒険に身を置き、戦闘と領主の政治問題に片足を突っ込んでいる。


 ここは優しい人間、またはお人好しばかりだと、レッタは思う。自分は無限に湧き出る優しさの源泉など持ち合わせていないが、優しい人には優しさで応えたい。それがレッタの誠意であり、信条である。


 泣きそうな貴帆を、そっと抱きしめた。


「あなたが弱かったからでも、あなたに同情したからでもないの。さ、もう寝ましょう。勇者に認められた実力、明日出せないわよ」


 そうして運命の武闘会への夜が更けていった。

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