模擬戦〜準備と本音〜

 模擬戦~準備と実体~

 眩しいほど澄み切った晴天に、所々白い雲が薄く流れていく。昼下がりの宿屋の屋上からは、目下に家や店など活気あるイースタホースの美しい街並みが広がる。

 そんな日和や景色には目もくれず、貴帆達はそれぞれ稽古に励んでいた。


 その中でも貴帆の剣の上達ぶりは目を見張るものだった。本人は毎日筋肉痛やら手のひらのまめやらに苦しんでいるものの筋はよく、レッタの鬼指導にもめげずに食らいついている。

 貴帆も3日目までは感覚を掴むのに必死だった。それはそうだ。武器を手にすることさえ初めてなのだから。しかし4日目には基本的な技をほぼ会得し終えた。それから5日目は連続技の練習を積み、6日目の昨日は打撃の強さ、正確さを追求するというストイックなスケジュールだ。


 また教えているレッタの剣の腕はなかなかのものだ。正確さはもちろん、力の劣る分素早さやしなやかさに秀でている。初日に彼女の腕前を見た時、仮にも剣術を生業とするナオボルトも負けじと稽古を始めるくらいだった。


 そして武闘会前日の7日目の今日。2対2の模擬戦をすることになった。ペアは貴帆と雨虹、レッタとナオボルトだ。雨虹とレッタは回復能力を持つため、男女差のないよう考慮してそれぞれ貴帆とナオボルトについた。


 するとレッタはいきなり剣を放り投げた。磨かれた刃が太陽のもとで光り、遠くで乾いた石畳に金属音と共に打ち付けられる。


 ペアを組んでいたナオボルトが目を見開き、焦った顔をした。


「え、おい、お前馬鹿なのか!?武器捨てんなよ!」


「あら馬鹿とは失礼ね。私の武器は……」


 そう言って余裕たっぷりに懐から取り出したのは、革張りで厚みのある古そうな本だった。

 それを見て雨虹が引きつった顔で呟く。


「魔道書……ですか」


「魔道書?」


 貴帆が聞き返すと、魔道書と見抜いた雨虹は頷いた。


「はい、この魔道書は資格を持つものが魔法を使うための道具です。あの古さと厚みだと、上級の魔道士と見て間違いないはずですよ……」


 貴帆は困惑気味にレッタを見つめる。彼女は剣の腕だって尋常では無かった。明らかに剣術をかじりました、というレベルの話ではない。それにも関わらず、魔道書が専門だったということなのか。


「お前……何者だよ。只者じゃねーな」


 隣で魔道書を抱え微笑んでいるレッタに、ナオボルトが唖然として言った。恐怖さえ覚えている貴帆達3人は、楽しそうな様子のレッタを声も出さず凝視するしかない。


「何だっていいでしょう?だって……」


 燦々さんさんと注いでいた太陽の光が、ふっと陰る。


「あの人を渡すわけにはいかないもの」


 その言葉の重みが疑問と共に貴帆の心に沈んでいく。彼女は本当に何も知らないで我々を武闘大会に誘ったのだろうか。彼女には不透明な事が多すぎる。


 レッタはにっこりと笑い、舞い戻った明るさの中で身を構えた。


「さあ、始めましょ♡」

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