旅立ち

「本気ですか、貴帆様!」


 早足で廊下を歩く貴帆を雨虹が慌てて追いかける。だが貴帆は立ち止まる気など微塵もなかった。


 どんな理由だろうと、貴帆は自分の片割れを探しに行くべきだと思った。


 理由らしい理由は、特にない。

 ただツヴィリングは生死を共にすると雨虹は言っていて、それが怖い訳では無いけれど、自分達の生死を他人に預けこの広い屋敷でふんぞり返って過ごすことはまず考えられない。

 政治形態がどうだとか、政務が何だとか詳しいことも知らないけれど、領主がいないとウルイケ領の人達は困り果てるだろう。そんな自覚も責任もなく、注意散漫とばかりに誘拐された隙だらけのタカホには若干腹がたつ。


 階段をずんずん降り、玄関までやってくる。そこでやっと後ろをふりかえった。


「貴帆様……本当に行かれるのですか?」


 案の定、雨虹が心配そうな顔で聞いてくる。

 多分こんな丸腰で、今日初めてこの世界に来たばかりの貴帆が心配で仕方がないのだろう。そんなこと貴帆自身が1番わかっている。

 だが他に誰が行くというのだ。下手したら領主の命が危ないというのに。


「自分の片割れを助けに行くのは当たり前でしょ?自分を助けるのと同じことなんだから」


「ですが貴帆様にもしもの事があったら……!」


「雨虹さんが守ってくれますよね」


 にっこり笑う貴帆の顔を見て、雨虹の口から諦めたような吐息と共に笑みが零れる。

 これで電車に乗せられた時の借りは返した。──借りにしては少しばかり重いかもしれないが。貴帆もそう満足する。


「そうですね、この命に替えても2人の『たかほ』様をお守り致します」


 翌朝。

 準備を整えた貴帆と雨虹は、屋敷の者に囲まれて玄関に立っていた。

 貴帆は高校の制服から、昨晩のうちに揃えてもらった冒険者向けの服に着替えた。そして腰には軽くてまだ扱いやすいであろう細身の剣を携えている。

 一方雨虹は特に変化はなく昨日とほぼ同じで、糊のきいたシャツにタイ、滑らかな生地の黒ベストとパンツ姿だった。強いていえば右腰のあたりに皮のポーチが着いたくらいだろう。


 昨日来たばかりの貴帆を優しくもてなしてくれた屋敷の人々にお礼を言い別れを惜しんでいると、「あの」と声をかけられた。

 声の主は昨晩手紙を手渡してきた瑠璃色髪の使用人だった。改めて顔を見ると、左目の下に逆三角を描くように小さなホクロが並んだのが特徴的な、綺麗な顔だ。


「これどんな傷にも効くお薬です。どうか旅にお役立てください」


「あ、ありがとう……」


 すごく嬉しかった。

 今まで無意識のうちに孤独を感じていた貴帆には、染み渡るような優しさだった。

 その使用人だけでなく、この屋敷の人は貴帆に優しかった。こんな騒動があった昨日でさえ、余裕が無いはずが貴帆には屋敷の一員であるかのように接してくれたのだ。

 優しさを噛み締め、同時にタカホを救うと心に誓った。

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