電車の次は

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 ぎったんという電車が止まる振動がして、貴帆は我に返る。

 雨虹が

「到着しました。お疲れ様でした」

 とにっこりする。呆然と曇っていた貴帆の心に光が差すような眩しく整った笑顔だった。


 電車のドアが開くと、感じたことのない空気が貴帆を包み込んだ。爽やかに澄んだ空気で、どこか緑の自然を思わせる香りがする。

 そんな空気を吸ってのろのろと見上げた外の景色はがらりと変わっていた。


 赤い空はいつの間にか薄い雲が引き伸ばされた蒼穹に変貌を遂げ、太陽が紅く映えている。さらさらと風に吹かれていた草原も、短く刈り揃えられた青い芝生と目の前に広がる高い木々の森への入口と化していた。降り立って振り返ると崖になっていて、空と一体化した水平線のない海が揺れているのが一望できる。


 そんな風に自分の立っている周囲を見回していたら、足元にある丸くて平らな石製のステージのようなものに乗るよう促された。貴帆と雨虹が乗ってもまだスペースに余裕があるそれには不思議な文字が刻み込まれている。


「これはモーントシュタインという装置で、貴帆様の世界でいう駅の代わりをしています。ここから屋敷まで行きますよ」


 その足元の石に、雨虹は掌を向けた。


「しっかり掴まっていて下さいね」

 雨虹が貴帆の手を取り、自分の腕にくぐらせる。それからステージに掌を向けた。


 ──嫌な予感がする。


「月と星の許に生きる者、風の翼を求む。ウルイケ領主の屋敷へ!」


 竜巻のような突風が貴帆と雨虹の立っている石のステージの周りに起こり四方を囲んだ。その途端両足が頼りなく空中に投げ出され、足場を失った身体は意に反して上昇を始める。それは高所が得意でない貴帆にとって非常事態も同然だった。


 つかまれるものが何も見当たらず、気が動転した貴帆は思わず雨虹の腕をぎゅっと握りしめる。すると雨虹も何かを察したのかモーントシュタインとやらに向けていた反対の手を貴帆の拳に重ねる。


 しかしそれをされてからすぐに、しまったと思った。無断で、柄にもなく、そして恥ずかしげもなくしがみついてしまった。

 とは言え足場のない恐怖に打ち勝てるはずもなく、高さが増すごとに貴帆の握る拳にも力が入る。頭の中は目まぐるしく駆ける羞恥と、意志とは裏腹に身体を捕らえて離さない恐怖で気が気ではなかった。


 貴帆の強ばった面を和風が撫でながら、しかし空の歩みは有無を言わさず進められていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る