TRAIN RPG

紫松 まほろ

ウルイケ駅行き

 紅鏡を飾った爽やかな夏空に、早朝にも関わらず立派に育った入道雲がゆったりと流れている。線路越しに広がる向日葵の群れの隙間からは波の鱗がのぞき、眩しく景色を彩っていた。


 オレンジに黄色のラインが入った電車が来るのは1時間に1度。都会という名の異世界に存在するという、ホームドアなんてものとは無縁。ここはホームから見える勝景だけが取り柄の田舎の駅だ。

 腐りかけの1本の柱がかろうじて支えている屋根の影の下、零都れいと 貴帆たかほは色褪せたベンチに座って発色の良いその景色を眺めていた。


 彼女は誰かを待っているわけでも、用事がある訳でもなかった。ただ無人の古びた駅に朝早く来て、気が向けば行くあてもなく電車に乗り、そうでなければ終電の時間までここに居座る。貴帆はそんな毎日を夏休みに入ってから繰り返していた。世間一般の青春を謳歌する高校1年生とはかけ離れた夏休みだ。

 そんな毎日を過ごすことにこれといった理由はない。強いて言うならば他の場所は息苦しく、駅は居心地がいいからというべきだろうか。


《まもなく1番線にウルイケ駅行きが一両編成でまいります……》


 一両編成?

 ウルイケ駅?

 動き出すのが遅い田舎の駅はまだ始発の時間でもないし、そんな行先の電車は見た事も聞いた事もない。

 そんな貴帆の混乱もお構い無しに、ボロボロのスピーカーからアナウンスは流れ続ける。


 そうこうしているうちに、貴帆の目の前にすごい速さで電車が滑り込んできた。

 抹茶のような深緑に金、銀の細いラインが1本ずつ入っている。窓は大きくなんとなく鎌倉の江ノ電を思い起こさせる車体で、1両単体ではあるものの存在感があり、心做しか淡い光を纏っているように見えた。

 そんな電車から降りてきたのは、目元涼やかな車掌だった。


「零都 貴帆様、お迎えにあがりました」


 彼はスラリと長い手足を優雅に揃えて深々とお辞儀をする。さらさらと揺れる銀髪が眩しい。


 貴帆はからからと乾き掠れる声を絞り出して、

「どなたですか……?」

 と尋ねた。

 

 自分の知り合いにこんな浮世離れしたイケメンはいなかったはずだ。


 車掌は整った顔に微笑みをたたえて名乗った。


わたくしは車掌の雨虹うこう 真來まくると申します。貴帆様は私の主人であるタカホ様のツヴィリングにあたるお方です。ご同行を願いたく、ここまでお迎えにあがりました」


 いきなり現れた謎の電車に、この世のものとは思えない車掌の雨虹 真來。その彼の主人とやらは自分と同じ名前で、関係性としてはツヴィリングとかいうものらしい。

 国語は得意な方だったはずなのに、貴帆は全く理解できなかった。

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