第四十五話「反撃の狼煙(逆襲 1)」

「え、僕がディレクターですか!?」


 局長室に呼び出された僕……真宵 学は、あっけに取られていた。


 出勤してキャリア開発室に向かう途中、いつものように受付で電子機器を預けていたら声をかけられたのだ。

 そのまま局長室まで通され、僕はクソ鬼頭の目の前に立っていた。


 鬼頭はいかめしい面構えのまま、局長の椅子に座って僕を見つめる。


「そうだ。そこの伊谷見があまりに無能なものでな。……まったく、自分から企画立案者を外しておいて、ろくに開発もできないとはガッカリだよ。……なあ、伊谷見くん?」

「はひぃっ。も……申し訳……ございません」


 情けない返事をしたのは伊谷見さん。

 さっきから部屋の隅で、その巨体を縮こまらせて立っていた。


「真宵くんを探していたのだが、まさかキャリア開発室に異動になっていたとは思わんでな。今まで辛かっただろう。はっはっは」


「……しかし急に呼び戻されましても、確かプリプロダクションの審査会まであと三か月も残ってないはず。こんな中途半端な時期に任命されても、まともにできるかどうか……」


「大丈夫だ。そこの伊谷見がサポートしてくれる。彼も心を入れ替えてね、真宵くんのためにしっかりと動いてくれるはずだ」


 伊谷見さんがどこまでゲームを仕上げられているのか分からないけど、ディレクターを交代させられるぐらいだ。どうせ酷い状態なのだろう。

 それなのに彼がサポートに加わっても、きっと何の力にもならない。

 いや、確実に嫌がらせをしてくるに決まってる。


 こんな負け戦、受けるわけにいかない。


「いや、僕は」

「心配するな。チームメンバーにも十分言い聞かせよう」


「違うんです。……あの、ありがたいお話ですが、受けるわけには」


 断固として拒否しようとするのに、クソ鬼頭は言葉をかぶせてくる。

 いや、拒否させる気がないのだろう。

 急激に表情が凍り付き、鋭い視線が僕の胸を突き刺した。


「自分の企画を任せてやろうというんだっ! それともなんだ、キャリア開発室を出たくない理由でもあるのか? んんっ!?」



   ◇ ◇ ◇



「やだよぉ! 真宵くんと戦いたくない……」


 いつも密談で使ってる、会社近くの公園。

 退勤後に真宵くんに呼び止められ、今日の出来事を伝えられた。


 局長さんに呼び出されただけでも恐ろしいのに、公式チームのディレクターとして『デスパレート ウィザーズ』をつくる命令を受けたらしい。

 本当なら彼の抜擢を喜びたいところなのに、局長さんの恐ろしい顔を知った今、喜ぶことなんてできなかった。


 なによりも、同じゲームで開発力を競い合うことになってしまったのだ。

 ずっと一緒だと思っていたのに、こんな風に引き裂かれるなんて思いもよらなかった。


「この話を断れば、追い出し部屋のやっていることを怪しまれる。……僕は行くしかないんだ」


「でも行けば、神野さんがされたみたいに、望まない要素を強要されちゃう……」

「だろうね。……伊谷見さんをサポートにつけてるぐらいだ。ねちっこく監視してくると思う」


 暗い表情でつぶやく真宵くん。

 彼をどうにか引き止めないと、擦り切れてしまいそうな予感がある。


「行っちゃダメだよぉ……」


「はは。大丈夫さ、別に命を取られるわけでもあるまいし。……それに、僕のアイデアはすべて田寄さんに渡してある。何も問題はないんだよ」

「真宵くん……」


 ……ダメだ。

 どう言っても、彼を引き止められない気がする。


「彩ちゃん。……こう考えてみようよ。これはチャンスなんだ」

「チャンス?」


「今までは僕らが頑張れば道が開けた。……でも、鬼頭は審査する側。良い物をつくるだけじゃ勝てないんだよ。……これは、鬼頭に近づくチャンスなんだ」


「危険すぎるよ! 神野さんだって、近づきすぎて狙われたんだから」

「大丈夫。神野さんの話を聞いてるから、心の準備はできてる。鬼頭のあらゆる要求をすべてのんで、気に入られてみせるよ」


 そして真宵くんは微笑んだ。


 真宵くんの考えがもっともだと、頭ではわかる。

 でも、心では納得できなかった。

 望まない仕事を前に、擦り切れてしまわないだろうか。大切な仲間がボロボロになりそうなのに、快く送り出せるわけがない……。


「……だめ」

「僕はいつも彩ちゃんに助けられてた。恩返しをさせてよ。……それに、これから別件の用事があるんだ。僕はもう行くね」


 そう言って真宵くんは立ち上がる。


「……どこ、行くの?」


「高跳さんの家。実は彼にずっとアニメーションを教わってたけど、もうそれも出来なくなるからね。挨拶でもしておこうかと」


 高跳さんは、私たちのチームに必要なアニメーターだ。

 聞けば、真宵くんは高跳さんが加入できないならと、仕事が終わった後に高跳さんの家でアニメーションを教わっていたようだ。

 ただ、気持ちのいいキャラの動かし方は一朝一夕で身につくものでもないようで、この機会に勉強を終わりにしようということだった。


 真宵くんが行ってしまう。

 神野さんのような酷いことをされないようにと、祈るしかできなかった。



   ◇ ◇ ◇



 ――その翌日。

 真宵は局長室で深々と頭を下げていた。

 彼の頬には殴られたような痣があり、痛々しく腫れている。


「おや、その痣は……喧嘩でもしたのかね?」


「ふふふ。機材管理室にパソコンの手配に行っただけなのに、高跳って男に殴られたんですよ」

「高跳……。ああ、あの土下座男か。せっかくキャリア開発室から出してやったのに、土下座までしてやりたかったのが機材管理だとは、よくわからん男だったな」


「ええ。もしかしたら僕が優遇されてると嫉妬したのかもしれませんね。……あんな狂暴な男、放置しておけませんよ。キャリア開発室で教育しなおしたほうが会社のためと思いますが、いかがでしょうか?」


「ふむ。まあよかろう。真宵くんがいなくなったことでキャリア開発室も人手不足だろうからな」

「鬼頭局長のご判断、痛み入ります」


 真宵は改めて頭を下げ、内心でほくそ笑んだ。



 よし。

 これで高跳さんを彩ちゃんたちの元へ送り込める。

 アニメーターさえいれば、あとは田寄さんがなんとかしてくれるはずだ。


 それに、この鬼頭との会話もしっかり録音してある。

 追い出し部屋送りにする会話、絶対に役立ててみせる。



 ――そう思っていたところ、鬼頭の声が重々しく響き渡った。


「ところでな、真宵」


「……はっ。な、何か?」

「わざわざ、キャリア開発室出身者をディレクターに任命したんだ。俺の期待を裏切るとどうなるか……分かっているだろうな?」


「……はい。必ずやプロトタイプを完成させ、審査会でユニゾンソフトの素晴らしい力を証明してみせます」


 真宵の言葉を前に、鬼頭は満足そうに笑う。

 その表情を前に、真宵は心の中で中指を立てていた。



 お前を必ず追い詰めてやる。

 僕を引き入れたことを、最後に後悔させてやる。


 追い詰められて赦しを請うた時、言ってやるのだ。

 ――もう遅い、と。

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