第三十六話「仮面の職人 3(終)」

「別れ際の言葉。……その真意が聞きたくて、待ってた」


 そう言ったのは女性の姿の創馬さんだった。

 会社に向かう路上で、私をまっすぐに見つめている。


 創馬さんの言う「言葉」とは、昨日の帰り際のやり取りのことだ。

『クリエイティブの力の証明。それだけじゃ……なくなったのかもなって』

 ……私がそんな風に曖昧に答えたのは、近くに真宵くんと高跳さんがいたから。

 創馬さんは話の続きがしたいのだろう。



「……創馬さんの完璧な女装。そのこだわりの理由は何だろうって考えてみたの」

「だから、それは『かわいいは作れる』っていう証明で……」

「じゃあ、なんで今も女性の姿なんだろう?」


 彼女の顔をのぞき込む。

 その可愛さは相変わらず完璧で、不自然さのかけらもない。

 私があんまりにも見つめるからか、創馬さんは目をそらしてしまった。


「ほ、ほら。ここは会社の近くだから、知り合いにバレちゃダメでしょう?」

「変装するだけなら、帽子とマスクで顔を隠すだけで十分だと思うなぁ」


 図星であろう指摘に、創馬さんが苦笑いするのを見逃さない。

 私は通行人に聞かれないようにそっと耳打ちをした。


「創馬さんは気づいちゃったんだよね? ……本当になりたい自分に」

「本当の……自分……」

「女の子になりたくなっちゃったんだよね? 知り合いにバレると恥ずかしいから、出社できなくなっちゃったんだよね?」


「言葉にされると恥ずかしいよ」

「当たってた?」

「……図星。……なんで気付いたの?」


 気付いたきっかけを聞かれても、説明が難しい。

 昨日、企画書の自分の絵を見た時、自分が『男性イラストレーター・イロドリ』として活動していることを思い出した。

 そこから急にひらめいただけなのだ。

 心と体で性別が逆転することはあり得るもんな、と。

 そう思っただけなのだ。


 どう説明しようかと思いあぐねる。


「んーー……。私が同じだから、かなぁ?」

「えっと……? 夜住さんもそれ、女装なの?」

「ふぇっ!? ……違う違う! 私は女だけど、中身は男の子なの」

「……え。……えっ??」


 創馬さんは戸惑ってるけど、それも無理はない。

 私が『イロドリ』本人だと知ってる人は少ない。

 しかも男性のフリじゃなくって、それが素の私だと知ってる人は皆無と言えた。



「なんていうのかなぁ……。これ、見てみて!」


 私は自分のスマホを手渡した。

 画面にはSNSアプリのホーム画面が映っていて、私が『イロドリ』としてつぶやいてるコメントが並んでいる。


「それ、私なのっ」


 創馬さんは戸惑った顔をしながら、私のつぶやきを眺めていく。


「……なんていうか、中高生の男子が好きそうなゲームやマンガ、アニメ、特撮の話ばっかりだね。……あとカップ焼きそばのレビュー日記とか、美少女フィギュアの購入報告とか、川で拾った面白い石の自慢とか、新作カップ麺のレビュー日記とか……」


「あああ……口に出して言わないでぇぇ……」

「あのさ、カップ麺ばっかり食べすぎ。もっと果物や野菜を食べようよ」


「ふぇぇ、怒られたぁぁ……」

「怒ってない。心配しただけ。……ただ、一人称が『ボク』ってだけじゃなくって、書いてある感じも本当に男の子っぽいね。……まあ男性っていうか小学生の男の子っぽいけどさ」

「むぅぅ。子供じゃないもん!」


 私が幼稚って言いたいんだろうか? 心外だなぁ~。

 創馬さんは納得してくれたのか、うなずきながらスマホを返してくれた。

 私は改めて彼女に向き直る。


「……そんなわけで、創馬さんの気持ちは分かる気がするんだ。そんな人に『頑張って出社しよう』なんて言えないよ」

「普通に男の格好すれば……とか、言わないの?」

「言いたくない。そんな簡単な話じゃないって思うもん。だって私も――」


 言いかけて、さすがに歩道の真ん中で立ち話が長いことに気が付いた。

 誰かに聞かれてるわけじゃないけど、ちょっと場所を移したほうがよさそうだ。


「ちょっと移動していいかな? 近くに公園があるから、そこで……」



   ◇ ◇ ◇



 私、夜住 彩は男の子だった。


 ……少なくとも小学生の頃は、そう思ってた。

 当時は髪も短かったし、いつもクラスの男子と一緒に遊ぶ活発な子だった。


 だけど中学生になって周りが思春期を迎えた頃から、周りとのズレに気が付き始めた。

 男子は私を女子扱いするし、女子は男子とばかりいる私を「男に媚びてる」、「アピールしてる」とか言って、意地悪するようになったのだ。

 私はただ普通にしてただけなんだけど、私の普通は普通じゃなかったらしい。


 ――そして、家に引きこもるようになった。



「……そうだったんだ。でも、今は会社に行ってるんだよね? 家から出れるようになったきっかけは何だったの?」


 ブランコに座りながら創馬さんは訪ねてくる。

 私はお気に入りのストラップフィギュアを握りしめながら、苦しかった当時を思い出す。


「髪をね、伸ばしたんだ……」


 元々は男の子のような短髪だったけど、時間をかけて肩まで髪を伸ばしてみた。

 一人称を「ボク」じゃなく「私」に変えた。

 スカートはいまだに抵抗があるけれど、服も多少は女の子らしさを意識してみた。

 そうやって自分なりに『普通』の仮面を作ってみたのだ。


「……今ぐらいの長さになるまでに二年ぐらいかかっちゃった。『髪が伸びるまで待つのはおかしい』って親には言われたけど、私にとっては心の準備期間だったんだよね」


「……大変だったんだね」


「えへへ。まあさすがに二年も引きこもってると暇だったから、その頃から『男性イラストレーター・イロドリ』として活動し始めたんだ。ネットはいいよ~。顔を見せなくていいもん」


 創馬さんは神妙な顔をして私を見る。

 ああ、いけない。別に同情を誘いたいわけじゃないんだよ。

 ただ、「気持ちは分かるよ」って言いたいだけ。



 私は創馬さんに笑顔を向ける。


「だからね、『普通に男の格好して出社すれば?』なんて言えないよ。特に創馬さんは自分で自分に驚いてるところだろうしねっ」


「……ありがとう。気遣ってくれて……」


 晴れないままの彼女の顔を見つめて、世の中の難しさを思い出してしまう。

 『らしさ』なんてもので自分を縛る必要なんてないのに、私自身も他人が定義する『らしさ』に縛られてて嫌になってくる。

 私はたまらなくなり、思いっきりブランコをこぎ始めた。


「なんか私ね、思うんだ~。みんな『男らしさ』とか『女らしさ』にこだわり過ぎてるんだよ。それよりも、それぞれの自分らしさの方が大事だと思うの。こうあるべきって型にはまる必要なんてない。自分自身がいたい姿でいいと思う!」


 叫ぶと同時にブランコから飛び降りる。

 そして創馬さんを振り返った。


「そんなわけだから! 私は応援してる。創馬さん、元気でねっ!」


 彼女の門出を邪魔したくない。

 ゲームの企画は私が言い出したんだから、自分で責任もって作り上げよう!

 私は一歩を踏み出す――。



「ちょっ! 待って待って。引き止めてよ!」


 走ろうとした瞬間、創馬さんが私の手を握りしめた。


「ふぇ? だって、辞めるって」

「辞めるだけなら、わざわざ会いに来ないって! 引き止めて欲しいからに、決まってるでしょ!?」


 なんという予想外の展開だろう。

 私はすっかり諦めてたのに、当の本人がよくわからないことを言ってくる。


「えぇ~……。だって、そういう話の流れじゃなかったよぉ?」

「女心を分かってない!」

「むぅぅ……。難しい……」


 ホントに女心はよくわかんない。

 創馬さんはなぜかプンプンと怒りながら、自分のショルダーバッグに手を入れる。

 すると数枚の紙が出てきた。


「せっかく徹夜して作ったんだから、コレ見て!」


 そして見せられた紙には、驚きの絵が印刷されていた。


 それは私が企画書に描いたキャラを立体化したもの。

 企画書は昨日はじめて見せたはずなので、一晩で作り上げたということになる。

 細かい装飾は手が付けられていないものの、すでに特徴的な部分は出来上がっていた。


「ふぇっ!? これ、私のキャラ……立体になってる!! 一晩でここまで!?」

「テクスチャは未完成だし、かなり粗いけど」

「そんなことないよぉ。流石はプロ……。すごすぎる。でも、なんでわざわざ?」


「昨日お話をして、夜住さんのことが知りたくなったから。……わたしはね、デザイナーさんを理解したいときは実際に自分で作ってみるんだ。筆跡や造形を追いかけることで、何を良いと思ってるのか、何を考えてるのかを感じられるんだよ」


「……それで、私のこと、知られちゃったのかな?」


 ごくりと唾を飲み込み、次の言葉を待つ。

 創馬さんは胸に手を当て、とても優しく微笑んでくれた。


「すごくお客さんへの想いを詰め込んでる人なんだなって思った。ターゲットのお客さんのことを考えてて、造形の一つ一つ、輪郭のバランスにまで気を使ってる。……この人はとても優しくて誠実だなって」


「どこにいますか、そんな聖人みたいな人!?」

「わたしの目の前にいるんだけど」


「お、お、お世辞はいらないよぉ……」


 色々と考えてデザインを作ってるのはホントだけど、そんなことを言われるとムズ痒くなってくる……。

 私は照れてるのに、創馬さんは強引に私の手を握った。


「君に興味がでた。もっと知りたい。もっと話したい。……だから、ここに来ることを決めたんだ!」

「あの、あの、創馬さん……」

「わたしは君と一緒に仕事がしたい!」


 なんという青天の霹靂へきれき

 諦めるつもり満々だったのに、創馬さんはすでに気持ちを決めていたらしい。

 いや、最後のひと押しが今日のお話だったんだろうか。


 とにかく私は嬉しくなる。


「私こそ、よろしくお願いしますっ!」



 改めて手を握り合ったその時、視界の横に誰かが立っていることに気が付いた。

 見ると、そこには金髪ピアスのお兄さんが驚いた表情で立っている。

 それはアニメーターの高跳たかとび羽流はねるさんだった。


「……創馬。出社してくれる気になったのか!?」


「羽流……どこから聞いてた?」

「え、なんでそんな怖い顔してんの……?」


「どこから?」

「……さっき創馬が夜住さんの手を握ったところ……」


「マジ? それ以前は聞いてない?」

「マジマジ! ……っていうか創馬、ここまで来たんなら、一緒に出社しようぜ!」


「いや、でも。女装したままだし……。一度帰って出直すよ」

「ああ、そっか。ごめんごめん。オレはもう慣れちゃったからさ~。新生創馬って感じだな!」

「なにそれ、意味わかんないし~」


 二人の騒がしいやりとりを、私は横から眺める。

 創馬さんは清々しく笑っていた。

 高跳さんもさすがに昨日は驚いていたけど、今日はすんなり受け入れてるみたいだ。

 友達っていいなと思った。

 それに、もしかしたらモノづくりの人特有のおおらかさかもしれない。


 創馬さんは出社したら、初めは普通の男の人っぽい格好をするんだと思う。

 だけどきっと、そんなに時間をおかずに自分らしさを発揮する。

 目の前の二人を見てると、そんな予感があった。



 ――こうして追い出し部屋に素敵な、そして最強のキャラクターモデラーが帰ってきた。

 私たちの開発は、一気に進み始める。

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