第三十一話「老兵の夢 5(終)」

「ほう……。このドット絵がそんな感じに見えてるんだな」

「ゲームの筐体に描いてある絵もいいんですけど、ドットを元に解釈するとこんな感じになるかなって」


 勝手な解釈で絵にするのは失礼かなって思ったけど、オールドゲームの可能性を感じてほしくて、思い切って長さんの作品を今風の絵柄で表現してみたのだ。

 長さんは不愉快そうな感じもなく、興味津々で私の絵を見てくれている。


 それにしても、ドット絵の少ない情報からイメージを膨らますのは思った以上に楽しかった。


「ドット絵って解釈のし甲斐があって面白いです! ……ちなみに、今の流行りの女体化させてみると……こんな感じ?」


 ちょっと試しに、普段の絵柄で描いてみる。

 すると長さんは恥ずかしそうに顔を引っ込めてしまった。


「これは……俺には刺激が強すぎだ。……し、しかし可能性はアリだな。下手に保守的になるよりもいいかもしれん」


「原作ファンに怒られないかな?」

「別のファン層の開拓ととっていいだろ。原作ファン向けって言えば、最初の方向性がよさそうだな」


 長さんは最初に描いたほうの絵をしげしげと見つめる。


「……ただ原作ファン向けを狙うんなら、頭身やシルエットのバランスはもっとドット絵に近づけたほうがいいだろうな。お客さんは大きさやシルエット自体もキャラクター性と認識してるらしいんだ。オールドゲーム出身で今も成功してるキャラクターは、そのあたりを維持してる傾向があるな」

「おぉ~、勉強になりますっ!」


 確かに有名なゲームキャラをいくつか思い出すと、ドット絵と最新の絵でバランスが近い感じがする。

 長さんのお話を受けて、改めて描きなおしてみた。


「このぐらいの頭身だとどうでしょう? 手足の末端肥大もこのぐらいのバランスがいいかなって」

「そうそう! いっそのことカートゥーンっぽくしてみるの、どうだ?」


「あ、いいですねっ。……こんな感じ!」


 長さんにアイデアをもらい、さささっと描いてみる。

 それを見た長さんは感心したように目を丸くした。


「おおー、いいじゃねえか! 元の特徴もありつつ、ポップで明るく仕上がってる。……っていうか尋常じゃなく上手いし、手がはえぇな! 嬢ちゃん、ひょっとして物凄くできる人なんじゃねぇか?」


 長さんの私を見る目が明らかに変わってる。

 私も期待に応えられて、なんだか嬉しくなってきた。



「えっへへ~。他にドット絵の作品ってありますか? もっと描いてみたいなっ」

「おいおい、終電逃したからって、徹夜でもする気か~?」


 長さんはそう言いながらも、なんだか楽しそうだ。

 いそいそと本棚からぶ厚い本を取り出す。


 それはアルバムらしく、ゲームセンター用の筐体の写真がたくさん並んでいた。

 画面のドット絵もしっかりと撮られている。

 写真のいくつかには長さんも笑顔で写っていた。


「……もしかして、これ全部作られたんですか!?」

「まあな。ヒットしたものも、ボチボチだったものも色々だ。……まあ、そういう話はいいよ。資料としてはこんな写真でいいか?」

「もちろんですよ~」


 アルバムを受け取り、横目に見ながらイメージを膨らませる。

 そしてパパっと五枚ほどイラストを描いてみた。


「こんな感じかなっ。どうでしょう!?」


 我ながら会心の出来だと思って振り返る。

 すると、長さんは目頭を指でつまみながら鼻をすすっていた。


「あれ、泣いて……る?」

「うるせえ。見るんじゃねぇよ」


 そう言いながら、長さんはもう一度大きく鼻をすするのだった。



   ◇ ◇ ◇



「おう。これでも飲みな」


 そう言って、長さんは缶コーヒーを持ってきてくれた。

 深夜の誰もいない会社の中で、私たちは向かい合って椅子に座る。

 一通りの作品を絵に起こしきったので、ちょっと休憩することにしたのだ。


 長さんはお茶をすすりながらアルバムを開き始めた。


「……俺は昔、プログラマだったんだ。その頃の開発は規模も小さくて楽しかったよ。グラフィッカーとプログラマがいれば一本作れた。今日みたいな感じでな」


 その話を聞いて、真宵くんと一緒に企画書を作ったことを思い出す。

 あれは部活みたいに楽しかったし、確かにとっても身軽だった。


「今は一つの作品をつくるだけでも、何十人と必要ですもんね……。長さんはもうゲームを作ってないんですか?」


「開発は二十年も前に引退したさ。……時代についていけなくてな、ここで定年までの余生を過ごしてるわけだ。室長って言っても、別にこの部署で一番能力が高いわけでもねえ。ただこの会社に長くいるだけだよ」


 そう言って長さんはまた寂しそうな目になる。

 そんな目をされると、私もたまらなく寂しくなってくる。


「改めて言いますけど、引退なんて必要ないですよ~。こういう昔のゲームも、今でもすっごく楽しいし、むしろ新鮮だもんっ!」

「おいおい……」

「今の時代でも、こういうタイプのゲームがあってもいいと思うな。原作を復刻しながら、それを元にした新しい企画を作ってもいいと思う!」


「……かはは。それもいいかもな」

「ねっ! 作品にもモノづくりにも、定年はないと思うのっ」


 長さんは笑う。

 それを見て、私も嬉しくなった。


 だけど、ひとしきり笑った後の長さんはフッと熱が冷めたように遠くを見つめてしまった。


「……一瞬でも夢が見れたよ。俺も、このゲームたちもな。……ありがとう」

「ふぇっ?」


「仮に作品を復活させたとしたら、今のクソな経営層に利用されるのがオチだ。わざわざ奴らを喜ばせたくねぇ」

「クソな……経営層?」



 私が問いかけると、長さんはだんだんと怖い顔になっていく。


「……うちの今の経営層は金儲けにとり憑かれてるんだ。もちろん会社だから儲けは大事さ。……だが、奴らはお客さんを自分の財布としか考えてねぇ。儲けるためなら汚い手を平気で使うんだ」


 そして長さんは指折り数え始めた。


「……例えばフルプライスで未完成品を売ってからのダウン ロード コンテンツ商法に、完全版商法。他にもクソとわかっていながら広告でだますわ、ソシャゲで確率を優良誤認させるわ、ガチャ確率を操作するわ。……そういや、ガチャフェスで搾り取った直後に最上位レアリティ実装とかも記憶に新しいな」


 その暴露された悪行の数々に、聞いてるだけで頭がクラクラしてきた。

 なんか、後半の悪行は本当に真っ黒な闇じゃないかな?

 阿木内さんもうちの会社ユニゾンソフトは無能って言ってたけど、想像以上に闇が深くて怖くなった。


「あのぅ。……うちの偉い人って、悪人なんですか?」

「そりゃあもう、悪も悪。極悪よ」


「嫌だなぁ……。それを知ってて、なんで会社にいるんです? ……残ろうとしてる私が言うのも変ですけども」


「おかしくなったのがここ数年ってこともあるんだろうが、きっと俺も諦めきれないんだろうな。……俺は腐ってもエンジニアだ。まともな開発者が少しでも残ってる限り、支えたいんだ」


 そして長さんは私を見据える。


「クソみたいな奴に頼まれた機材でも、届ける先にお嬢ちゃんみたいな奴がいるかもしれねぇ。……そう思うと手は抜けねぇだろ? だから、俺はここを離れねぇのよ」



 ……うわわ。

 なんか、心がブルブルって震えた気がした。

 長さんの心意気がかっこよくて、同時にうれしい。


 そういえばこの機材管理室のエンジニアさんたちも、不満を口にしながらも終電まで頑張ってくれていた。

 託された想いを前にして、身が引き締まらないわけがない。


「私はお客さんをだますようなゲームは絶対に作らないっ! むしろ悪い人をやっつける。会社に逆らってでもっ。現に、今も絶賛逆らい中だから!」

「おいおい、若もんは怖い物知らずだな……」


「ううん。私だけじゃないよっ。追い出し部屋の全員が同じ気持ちなんだから!」


 心が今にも走り出しそうで、たまらず立ち上がって拳をふるいあげる。


「私たちは戦うのっ!」



 ……私が叫んだ瞬間だった。

 長さんが「ぐうぅぅぅ……っ」と唸り声を上げ始めた。

 ビックリして視線を送ると、背中を震わせて泣いている……。


 そして、充血した目で私に視線を送ってきた。


「ばっか野郎。好きなだけ持っていけ!」

「ふぇ!?」


「機材だよ、開発機材! ガサ入れで見つかるとヤベーだろうから、隠しやすいノートパソコンにしておくぜ。……特に今は時期がいい。家庭用コンシューマの開発局の奴らが大量に新品を発注するもんだから、古い機材が余ってんだよ。古くてもパワーあるヤツを見繕ってやる! 俺に夢を見させてくれた礼だっ!」


 長さんは興奮しながら機材の棚に手を伸ばし始める。

 私はいきなりの提案についていけなくなってしまった。


「えっ? えっ? いやあの。私はそれが目当てで絵を描いたわけじゃなくて……」


「うるせぇな。気が変わんねぇうちにうなずいとけ! どうせ古いマシンなんざ、いずれ倉庫に埋もれるか廃棄するだけだ。ここにあるだけでも人数分はどうにかなるぜ。……本当は最新の爆速マシンにリボンをつけて渡したいぐらいだが、新規購入は金の流れから足がつくからな。これで勘弁してくれ! ……そんなマシンでも、田寄ちゃんならなんとかしてくれるはずだ」


 長さんはまくし立てるようにしゃべりながら、次々とノートパソコンを取り出してくる。

 しかも、今夜中にセットアップをしてくれるそうだ。


「機材を横流ししたことは年に一度の機材調査でバレるだろうが、次の調査は半年以上先のことだ。お嬢ちゃんたちのプリプロ審査までは使えるだろ。……その時点で追い出し部屋の待遇が変われば奇跡だし、念のため調査前に返却しておくってのもいい」


「えっと、えっと。……どういうこと?」


「なにも心配すんなってことだ!」


 長さんはグッと親指を立てる。

 その頼もしい一言が、何よりも嬉しかった。



 ――あくる朝。

 追い出し部屋には巨大なダンボール箱が届けられた。

 貼られた付箋には『雑用のための備品』とだけ書かれている。


 しかし、出社した真宵と田寄が開くと、箱の中には大量のノートパソコンが入っていた。そして安らかに眠る彩も。

 彩は抱き枕を抱きしめながら、とても嬉しそうな顔で眠っていた。

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