『明日探しの探偵さん』

天 下句

起 彼は彼女に救われた

Main file.01『明日は見えているか?』

 ───────​───────

 2004年3月7日 17:00

「今日と昨日が悪かったならさ、明日を良くしよう。

 昨日と今日が悪かったのはもう変えられないけど、明日はまだ良く出来るんだよ。

 僕と君で、誰かの明日を良くしよう」


 僕の親友が夕焼けの中いきなり僕を説き伏せようとしだして、しかもそれが

 小学生が言うには随分芝居がかったものだから、純粋にこう思って、そのまま口にした。


「彬愛……どこかの本ででも見たの?」


 どこかの本に乗っていそうな綺麗な言葉を、意味も分からず、難しさも知らずに読んだように聞こえてしまった。

 実際、僕たちはこの後この言葉の意味を思い知ったし、間違っても簡単なことじゃなかった。ただ、僕の親友はこの時から子供なりに考えていたようで、借り物であっても、理屈をちゃんと組み立てて、この道を歩む意志が確かにあった。


「だってさ、……しんどかったのはもう変えられないんでしょ。

 そのままつらいままにしておけないじゃん」

 それもそうだ、と手を叩いて頷く。


「でしょ。

 僕と、虞瞳やすねろなら出来ると思うんだ。

 一緒に、誰かの明日を良くしよう」


 こんなこと、言ってたのに。

 一人で出来るわけないじゃん。

 彬愛のばーか。






 ​───────​───────

 2017年 5月27日 ……今何時だっけ。

(午後の四時ちょうどだよー)

 ありがとうございますー。

 仕切り直しってっと。

 ​───────​───────

 2017年 5月27日 16:00

 |How is your tomorrow《明日はどうですか》?

 僕、夏目 虞瞳の信条をまず言わせてもらうと、

 

 彬愛という親友の言葉で、受け売りなのだけど、僕はこれを胸に生きて、事に至って現在では私立探偵をも営んでいる。

 何故こうなったか。

 そして何故これを残したかを、今から語ろうと思う。

 ​───────​───────

 2016年 2月28日 16:40

「ん?」

 思えば、あの人はずっと2階のそのブースを見ていた。

 髪は伸びっぱなしのボサボサ 病弱そうでその上猫背。

 でもあの人は気品立ち、儚げで凛としていた。

 美しく、そして淡く華奢で朧げに、確かに人を虚絶した、空気感だった。

 そんな姿に思わず、声をかけてしまった。

「何かお探し求めですか?」


「え、あ 私ですかね」

 驚きと、少しの忌避きひを混ぜた返答が帰ってきた。


「はい、お客様です」

 前述の通りの彼女に言うなら、不親切だったかな……反省しよう。


「あ ずっと居てしまってすみませんね」

「今の市販品のスペックがどうなのかと見てたものでね」

 それで色んな所を見てたんだった。

 書いてから気づいたのだけど、意外と覚えてるものだ。


「ああ……最近の市販品は​──────


 ここから随分と会話してしまっていたらしい。

 時間で言うと30分をとうに越している程だ。


「もう結構自作されて長いんですか?」

 もうこの時点で興が乗ってしまって、仕事中なのも忘れて、会話に夢中だった。


「ええ、…まあはい」

「仕事と趣味で使っていたものが……ぜ〜〜んぜんパワーが足りなかったので、自分で作ってみようと思ったんですよ。そうして一度やってみたらど〜んどん沼の底へと…………」

 技術の沼は深い………


「はえ、お仕事はなにを?」

 少し気になったので聞いてみた。


「いろんな所の事務仕事を引き受けて…整理処理等をしてます。…特定の企業に就職してるわけじゃないから、フリーランスみたいな感じですかね」

「ああ、…僕はPCとかの知識は入ってるんですけど、自分でやるとなるとからっきしで…なので、出来る人には尊敬の念しかないんですよ」

 これの通り、僕は電子機器が使えない。

 アプリケーションは殆ど初期状態から変動してないし、所謂SNSも使えない。

 タイピングが遅いものだから、紙に書いた方が早くて今も原稿用紙をひたすら書き連ねている。

 後で安楽椅子探偵の橿之かしのさんがデジタルに書き写してくれるらしい。

 ありがたいね。


「………機会があったら、教えましょうか…?」

「是非ともお願いしたいですね…」

 だが、その機会は暫く訪れず、その上、この会話は彼女が時計を見つめた事で終わりを告げる。


「エ゛゛ッッ゛゛゛ッッッ゛゛!!?????!!!!???」

 ビッッックリした。

 本当にこの時はビックリした。

 カエルの鳴き声を数倍に跳ね上げて発したのかと思える声量と勢いだった。


「ジジッッ゛じかんが!すいません…失礼しますね!!」

 そう言うと彼女は、かなりの速度で階段に向かっていった。

 かく言う僕は、それに圧倒され、少し呆けていた。


「えっっ、あっ、はい???

 んーーー?」

 間抜けに時計を見つめる。


「30分経ってるね……うん」

 17:10である。

 30分経過しているぞ、僕。


「30分経ってるじゃぁん!!!!??

 え、ああ、ごごっご来店ありがとうございましたー!!!!

 またの機会にお待ちしていますー!!!!!」

 既にもう階段に着いている彼女に聞こえる様に、出来るだけ大きな声でこれを伝えた。


「あ あ ありがとうございましたー!」

 絞り出した様な大の声で、彼女は感謝の意を述べながら帰っていった。

 ……僕は頭を下げてお見送りする。

 これはいつも通りだ。

 でも、ここからだ。

 彼女と出会ったここから、

 僕はいつも通りの今日とは少し違う出来事に出会って、その【少し違う】は【大きく違う】に変わっていく。

 ​───────​───────

 2016年 2月28日 21:50

「今日は随分楽しそうだったね?虞瞳やすねろ君」

 先輩から冗談交じりに弄られた…僕が悪い。


 僕と先輩が働いているのは、よくある街の電化製品屋さん。

 二階建ての非チェーン店舗。


「すみません…」

「まあ、あの後しっかり働いてたし、そもそもいつも熱心だから引きずりはしないけどさ。

 本当に楽しそうだったからね」

 いい笑顔から繰り出されるとまたキツい。


「……あ、もう上がっていいですか?」

 ………こんな迷惑を重ねて申し訳ないけど、明日の細かい準備とかの為に早く帰る必要があった。


「ん…ああ、いいよいいよ。

 明日、墓参りなんだっけ?

 ……家族?」

 先日に休む事と理由は通してあったので、割とすんなり許してくれた。

 本当にいい性格で、良い人だ。


「いえ、友人…でしたね……」

「え、康弘やすひろ君19歳でしょ。

 幾つで亡くなったの…?」

「4年前だから……、そっか…15歳だったんだ…」

 そう、僕の親友は4年前にいつも言っていたあの言葉のままに生きて死んでしまった。

 なにか言い残すぐらいは欲しかったんだけど、

 生憎そんなものはなかった。


「まぁ……僕はもうほんとに気にしてないですよ」

「じゃあ お疲れ様でしたー」

「あ お疲れーーー!」

 少し強引に店の外に出る。


「…何をやってるんだろうか……」

 家への帰り道の中、そのまま帰ってしまった事を少し気に病むも、それが原因ではない、別の憂鬱さを僕は抱えていた。

『気にしていない』だなんて、とてもこの頃の僕には言えない、空元気でしかない。

 ……、彼がこの言葉のままに死んでからの僕は、この言葉と、向き合いきれずにいた。

 わだかまりが、残っていた。

 ​───────​───────

 2016年 2月29日 11:00

 彬愛あきなりが埋葬されている、冬の枯れた緑地霊園にやって来たけれど、天気は今にも雨になりそうな曇天雲だった。


「もういらっしゃったかな?

 ……まだっぽいね、先に済ませよっか」

 柄杓ひしゃくと手桶を取りに行き、水を汲み、墓を清掃し、線香に火をつける。

 いくつかの土産を供え、数珠を持ち、

 目をつぶって祈りを捧げる。


「はろー。彬愛くん。

 四年振りに友人がやってきてやったよ?

 お気持ちのほどはどうかな?」


 僕は、親友の死骸が埋まった墓石に呼びかける。

 彼からの返答は無い。

 数年振りに会いに来た知人に対しての反応じゃないだろう。


「うんともすんとも返さないなんて、

 君らしくもない。

 お前はいつも、誰かと喋ってたじゃないか。

 ほら、ここにお前の無二の友が居るぞー……

 いるんだぞー…………」


 墓石は、なにも、返さない。

 僕の声もどこにも響かない。


「言えよ、なんか言えよ……

 何やってんだって、ほら、一緒に行くぞって。

 言えよ。言ってくれよ」


 死体は喋らない。

 死人に口はない。

 骨があるだけの石は、僕に手を差し出してはくれない。


「誰かが明日また笑える………か、君がもう一度だけ話せるなら、僕になんて言うのかな?

 教えてくれないか、彬愛?」


 それは、分からない。

 まあ、言う事の見当がだいたいついている。


 このあと御家族が来たのは1時間後の12時。

 僕は御家族と会った。

 この墓地で。

 わだかまりがあると言っても、ただ1時間もいる程ヒステリーな訳じゃなくて。

 昨日のが来たからだ。


「……えっっ」

『昨日の………』

「お客さん?」

「店員さん?」


 彼女がまず声を上げて、思わず僕も、彼女も同じ言葉を喋った。

 おどろいた。

 本当になんて巡り合わせなんだろうか。

 でもこのいつもとは出来事、彼女との再開は、僕にも 彼女にとっても、とても大切な救いだったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る