第5話〜初めての王都〜


 馬車で揺られること五日。

 俺達は無事に王都へ辿り着いた。

 送ってもらった爺ちゃんと馬とも別れ、俺達はまずロウエンの用事を終わらせに向かったのだが…


「どうした?」

「あ、王都来るの初めてでさ」

「…珍しいか?」

「うん」

「王都に来れば何でもあるからな。金だけじゃ無い。実力さえあれば夢を叶えられる。一旗あげようと田舎から出向く奴等だっているからな」

「それは、俺みたいにか?」

「近からず遠からずだな。まぁここに来れば大抵の物が揃う。それこそ、あぁいった物もな」

「…あれって」


 ロウエンが指差した先にいるのは、地面に打ち付けられた木の杭に鎖で繋がれた数名の男女だった。


「一言で言えば、奴隷だな」

「初めて見た……って、奴隷って良いのか?」

「あぁ。ここじゃ王様の許可さえ貰っていれば出来るぞ」

「そうなのか!?」

「奴隷と言っても酷い扱いは基本されん。まぁ今は繋がれているがあくまでパフォーマンスだな」

「は!?」

「じゃあ聞くが、奴隷といえば何を思い浮かべる?」

「ボロボロの服、鎖で繋がれているとか」

「だろ?だがよく見てみろ。あそこの人達の肌艶、悪くないだろ?」

「……本当だ」

「商品だからというのもあるがそういう扱いをこの国の王が禁止したからな」

「へぇ……」

「他にもこの国じゃ身分が明らかになっている者しか購入できないルールが作られているし、値段もそれぞれだ。メイドを雇えない家がメイドの代わりに買って迎い入れる形が多いそうだ」

「そうなんだ…」


 ロウエンの言う通り奴隷として繋がれている人達の肌の艶は良く、髪もしっかり手入れされている。

 それに皆笑顔で元気なのだ。

 なんなら店主よりも呼び込みしている子もいる。


「ただまぁ……非正規の奴隷商がいるのも問題なんだよなぁ」

「非正規?」

「許可を取らずに奴隷商をやっている奴等がいるんだ。そいつ等が売っているのは彼等とは違って魔族の様な通常ルートではまずお目にかかれない種族を売っている」

「魔族を?」

「そうだ。誰が買っているかは知らんが買う奴がいるからそいつ等もいなくならない。需要がある限り供給は止まらん」

「……」

「王都は王都でそれを取り締まってはいるんだがな……まだ元締めまでは辿り着けないでいるんだ」

「そうなのか……」

「ま、それは国の仕事。俺には関係無いが見付けたら捕らえて小金稼ぎしようぜ主!!」

「そ、そうだな」


 ロウエンと話しつつ自分が選ばれる様に客の呼び込みをする奴隷の一人と目が合う。

 艶のある髪は肩より長く、先端が僅かにウェーブしている。

 出身地は日差しが強いのかその肌は小麦色に焼けている。

 ニッと笑った時の八重歯が眩しい。

 背も高く、大人びた表情から歳上だと思う。


 そんな彼女と目が合ったのだが何と彼女、俺に向かってウインクを飛ばして来た。


「……っ」

「…どうした主?」

「い、いや何でも無い。早く用事を済ませるぞ」

「……成程ね。はいはい。行きますよっと」

「なっ、ロウエン!?」

「大丈夫大丈夫。見惚れていたとは思っていねぇからよ」

「ロウエェェェン!!」


 俺の叫びをカカカカッと笑いながら聞き流すロウエン。

 まだまだ俺は彼に敵いそうに無い。




 それから暫く歩いて俺達が向かった所。

 そこは直ぐに着いたのだが……


「ここか」

「ここだ」

「ここなのか」

「ここなのだ」

「……王宮なのかよ」

「驚いたか?」

「…あ、あぁ。王都に来た時以上に驚いた」


 ロウエンの用事とはなんと、王宮に来る事だったのだ。


「さて、と。んじゃいつも通り正面から行くか」

「ちょちょちょちょっと待とうぜ!?そんな急に行って良いのか!?」

「あぁ、問題無い。と言うのも」


 とロウエンが理由を話そうとした時だった。


「だーかーらー!!俺は勇者なんだから王様に会ったって良いだろ!!」

「謁見の予定に入っていない者を通す訳にはいかない。帰れ」

「んだと!!」


 と、門の前で衛兵と揉めるカラト御一行がいたのだった。


「はいはい、通りますよっと」

「なっ!?テメェは!!」

「ちょっと困りますよ」


 そんな彼等をスルーして通り抜けようとするロウエンに食ってかかるカラトと慌てて止める衛兵。


「何だいたのか。聖剣無しの勇者さん」

「そ、それはこれから取りに行くんだよ……それよりテメェこそ何でここに」

「俺か?俺はここにちょいと用があってな。だからだよ」

「お前、ここの人間だったのか?」

「ここの人間では無いな。ただ近い者だ」

「なんだと……」

「あ、あの〜」

「ん?何だ?」

「貴方は一体?」

「あぁ、そうだったな。謁見者のリストに載っていないと入れられないもんな。俺の名は」


 とロウエンが名乗ろうとした時だった。


「ロウエン!!久しいじゃないか!!」

「おぉ〜、ジンバ。久し振りだな〜」


 奥から出て来た男性の声にロウエンが反応する。

 ジンバと言う名らしい奥から出て来た男性は真紅の鎧を着込んでおり、背中には身の丈を越える程の大剣を背負っている。


 蓄えた髭と髪は白くなっているが染めている訳ではなく、加齢によるものだ。

 ただその目に宿した覇気は衰えておらず、未だ現役である事を語っている。


「今日は何の用で来た?全く連絡もよこさんで」

「ハハハッ、それは済まなかったな。ちょっとばかし野暮用でな」

「そうか。野暮用か」

「あぁ。ま、すぐに終わらせるさ」

「何だ。すぐ終わってしまうのか。久方振りに手合わせを願いたかってんだがなぁ」

「カカッ。そんな事してみろ。またメイド長に怒鳴られるぞ?」

「ふむ、違いない……して、その少年は何者だ?お前の息子、とは思えんが?」

「彼か?あぁ、今の俺の主だ」

「主?お前今は何をやっているんだ?」

「…ちょっと色々とな。まぁ傭兵だと思ってくれれば良い」

「傭兵、か。いっその事俺の下で働かないか?お前なら即戦力だろうに」

「よせよ。俺には宮仕えは合わんよ」

「…そうか。まぁ良いか。おい、この二人は通して構わん」

「は!?」

「え!!し、しかし!!」

「こいつが中で暴れた時は俺が責任を取る。通せ」

「しかし」

「命令だ。通せ」

「…は、はぁ」


 ジンバの命令で渋々俺とロウエンに道を開ける衛兵達。


「ど、どうも」

「どーも」


 衛兵に軽く頭を下げてからロウエンを追いかける様に中に入る。


 ジンバと名乗った真紅の鎧の男性と対等に話すロウエン。

 その様子から察するに長い付き合いの様だが見た所歳は離れている様に見える。

 下手すれば親子程離れている様に見えるが、一体どういう繋がりなのだろうと気にしつつ置いていかれない様に歩く。


 城内は清潔に保たれており、塵一つ落ちていない。

 床に敷かれた赤い絨毯、歴代の王を模した胸像、豪華な調度品。

 初めて入った王城は予想通りの内装だった。


 中に入ると先導の兵士に連れられ進むのだが、王様の趣味だろうか全ての兵士がマントを付けている。

 更にそのマントは階級で色が違うらしく、俺達を案内している兵士のマントは白だ。

 他にも黒、オレンジ、赤、青のマントを付けた人とすれ違ったが、その時の様子から見るに、青と赤が同等でその次にオレンジ、白、黒の順になっている様だ。


 ジンバは赤いマントを付けていたので、相当上の立場の人の様だが……


(い、一体ロウエンってマジで何者なんだよ……)


 とますます思ってしまった。


 そのまま連れてこられたのは何と玉座の間。

 真っ赤な絨毯に玉座。

 ただその玉座は俺の想像とは違い、真っ白だった。

 イメージでは金ピカで宝石が散りばめられた豪華な椅子を想像していたのだが、どうやら違った様だ。


 と思っていると


「……椅子が変わってるな」

「え?変わっている?」

「あぁ。前に来た時はキンキラだったんだがな。趣味でも変わったか?」

「趣味で椅子が変わるのか?」

「ま、まぁな……っと、来たな」


 サッと慣れた様子で片膝をつき、下を見るロウエン。それを見て俺も慌てて真似る。


 直後戸が開けられ、男性が一人入って来る。染み一つ無い真っ白な服に紫のマントを付けた男性。王冠を乗せた頭は綺麗に切りそろえられたサラサラの金髪。真っ直ぐ前を見据える眼は透き通った青。


 彼はそのまま玉座に座ると俺達を見て


「面を上げよ」


 と良く通る澄んだ声で話した。

 その言葉から一拍置いて顔を上げるロウエンとそれに続く俺。


「久しいなロウエン!!余の戴冠式の日に何故来なかった?」

「これはこれは。お久しぶりでございます。申し訳ありません。行きたかったのですが遠方にいました次第。間に合いませんでした」

「そうか…なら仕方ないな」

「それにしても大きくなりましたな。以前会いました時はまだ……このぐらいでしたか?」

「おいおい、もう少し大きかったぞ?」

「ハハッ。そうだったかもしれませんな」


 ロウエンと笑いながら話す王様。


(思ったより若いな……)


 俺と歳はそれ程離れていないだろう。

 せいぜい離れていて三つ程だろう。


「して、隣の青年は誰だ?まさか息子ではあるまい?」

「ジンバと同じ事を言わないでくださいよ。今の私の主です」

「ほう、主か。そなた、名を何と申す?」

「は、はぁ。カザミ村のハヤテと言います!!」

「カザミ村か。あそこは絶えず良い風が吹くと聞く。申し遅れたな。この国の主をしているウゼルだ。よろしく」

「は、はぁ……」

「ロウエンとは昔からの付き合いでな。剣の稽古をつけてもらったものだ」

「そ、そうですか……」


 ダメだ。どう話したら良いか分からない。


「ここにはどれ程滞在する予定なのだ?」

「まだ分かりませんが、それ程長くはいないと思います」

「そうか、残念だな。いや、私以上に姉様方が寂しがりそうだな」

「彼女達もお元気ですか?」

「それはそれは元気だぞ。ほら、噂をすれば……」


 バンッ!!と音を立てて開けられる扉。

 その向こうから一人の女性が現れると真っ直ぐロウエンへと向かって来る。


「ロウエン!!会いたかったわー!!」

「これはこれは姫。お元気そうで何よりです」


 そしてそのまま何と飛び付いて抱き付いたのだ。

 青いドレスに身を包んだ女性。

 歳はウゼルより上だろう。

 ウェーブのかかった長い銀髪にハツラツとした目。

 多分、おてんばさんだ。


「クルア姉様。ロウエンが困っていますよ」

「フフン。ウゼルの言う事なんか聞こえないわ。ねぇロウエン、また外の世界のお話を聞かせてよ」

「外の話ですか。申し訳無い。今はまだ姫様に話せる程の話が無いのですよ」

「あらぁ……それは残念ですわぁ」


 分かりやすくヘコむクルア様。


「お、お待ち下さい!!」

「ええい鬱陶しい!!」


 続けて部屋に入って来るのは黒いドレスの女性。

 ただそのドレスは鎧としての機能もあるらしくドレスと鎧が合体したデザインとなっており、胸と肩は金属製だがスカート部分は動きやすい様に革製になっている。


「これはローザ姉様。兵士達の指導は良いのですか?」

「よい。皆軟弱過ぎて飽きた!!誰か私を満足させられる男はいないか?そこにいるロウエンの様に」

「流石に我が兵団の中にそこまでの手だれは……」

「フンッ!!ジンバは相手をしてくれぬし、エンシは手を抜いて来ると来た。皆私を馬鹿にしおって……」


 両腕を組み、不満を口にするローザ…様。


「おいロウエン。誰か腕の立つ奴は知らんか?」

「いきなりの無茶振りは相変わらずか。ならこのハヤテはどうだ?槍使いだが、伸び代は存分にあるぞ」

「ほう?」


 ロウエンの言葉に目を細め、俺を値踏みするように見るローザ様。


 黒紫色の目で真っ直ぐ俺を見ている。

 その長い黒髪は夜の様に黒いが艶があり、戦いで邪魔にならない様に後ろ髪は頭の後ろで一つに纏められている。

 纏め方は俺と同じでうなじ付近で一つにしている。


「ふむ……面白いかもしれんな」

「え?」

「おい貴様、ハヤテと言ったな」

「あ、は… はい!!」

「次会う時までに槍の腕を上げておけ。その時に手合わせをしてもらうからな」

「え、マジですか」

「大マジだ。良いな」

「は、はい」


 うん、出来れば二度目は会わないで欲しい。

 絶対怪我させたら大変な事になるもん。

 絶対に手合わせとかしたくねぇ。


「んんっ。してロウエン、今回はどうした?何か用か?」

「おっと忘れる所だった。野暮用で寄ったんだが、父君は息災か?」

「父か?あぁ、元気にしているぞ。父に用か」

「はい。父君に、会いに参りました」

「そうか……ふむ。今なら父も暇であろう。よし、付いて参れ」

「ありがとうございます。では……主は先に集会場に行っていてくれ。終わり次第俺も向かうから」

「お、おう。分かった」


 玉座から立ち上がったウゼルに続き玉座の間を去るロウエン。

 ロウエンがいなくなるや興味を失ったと言わんばかりにさっさといなくなるクルア様。


 だが残ったローザ様は俺に近付いて来る。


「あ、あの……」

「一人で帰れるか?」

「……いえ、多分迷うかと」

「そうか。なら案内しよう。立て」

「…え?」

「聞こえなかったか?立てと言っている」

「あ、は、はい!!」


 ローザ様に言われ慌てて立ち上がる。


「よし、付いて来い」


 俺が立ち上がったのを見るや背を向けて歩き出すローザ様。

 やはり王族なだけあってか歩く姿も品がある。


 鍛えているのか、鎧と一体化したドレスを着たままではあるが決して重たそうに見せない。

 普通のドレスを着ているとすら思える程スタスタと歩いている。


 玉座の間を出る為に扉が開けられるが、そのドアも豪華でデカい。

 キギッという音と共に扉が開けられるのだがそこでローザ様は歩みを止めた。


「……貴様、退け。歩けぬだろ」

「申し訳ありません。ローザ様には公務がありますので客人の案内は私が引き受けます」


 ローザ様の前に立つ一人の女性。

 ジンバの鎧とは対照的に深い海を思わせる濃い青の鎧と青のマントを身に付けた女性。

 キリッとした目。

 所々外側に跳ねてはいる髪。

 氷を思わせる水色の目に藍色の髪。

 中性的な顔の女性だ。


「おいエンシ。公務はダルイから今日はやらんぞ」

「いえ、やって下さらないと困りますので」

「そうなんだけどさぁ……」

「そうですね。公務が終わりましたら手合わせをしてあげても宜しいですよ」

「…ホント?」

「はい」

「手、抜かない?」

「約束しましょう」

「よし!!今すぐ公務に戻る!!エンシ、彼の案内を頼むぞ!!」


 凄い生き生きとした表情で俺達と別れ、廊下を歩いて去るローザ様。


「…では」

「あ、ハヤテです」

「ハヤテ殿。門まで案内しよう。参れ」


 氷の様な目で俺を一瞥して歩き出すエンシ。

 ジンバとは同じ立ち位置である青のマントを着けた彼女だが、所属は違うらしく中には挨拶すらしない兵士もいる。


「……不思議か?」

「え、まぁ…はい」

「中にはいるのだ。私の様な者の下に着くのを面白く思わない者がな」

「…そんな」

「私にはまだ目立った功績が無いからな。一つでも功績があれば変わってくるのだろうがな」

「……」

「すまないな。変な事を言ってしまって……これでも城内警護の近衛兵を纏める立場なんだがな」

「え、そうなんですか?…え、じゃあ門兵って」

「私の部下だ。だから本当なら私の許可無くお前達は入れなかったのだがな……まぁジンバ殿なら仕方あるまい」

「あの…ジンバさんって何者何ですか?」

「ジンバはな、王族護衛騎士団団長何だよ。私より凄い役職なんだ……」

「……すみません」

「ふっ、謝る事じゃ」

「凄すぎて想像がつきません」

「……ふっ、ハハハハハッ!!そうかそうか、凄すぎて分からないか。ククッ。簡単に言うとだな、王様やローザ様、クルア様の護衛を主な仕事にしている騎士達のトップなのだ」

「あ〜……成程。って凄いじゃないです!?」

「そうだ。彼は凄いんだ……そして彼はそれに見合った功績を持っている。悔しいが、勝てる気がしないんだよ」

「……」


 それっきり黙り、ただ歩くエンシ。

 ただおかげで迷う事無く門まで戻ってくる事が出来た。


「さて、これでもう良いな」

「はい。ありがとうございました」

「構わん。これも騎士の役目だからな」

「いえいえ、助かりましたよ」

「…そうか。では私はこれで」

「……あの!!」

「ん?どうした」

「…エンシさんはエンシさんですよ。だから、周りの事気にする必要無いと思いますよ!!」


 思わず言ってしまってから後悔する。

 俺がそう思っていてもエンシがそう思っているとは限らない。

 それを考える前に励まそうと言ってしまった事に俺は激しく後悔する。


 後悔したのだが


「…ふふっ。ありがとう」


 エンシさんは笑ってそう言うと城の中へと入って行った。


(笑ったって事は……言って良かったのかな?)


 う〜んと考えつつ俺は集会場へと向かうのだった。



「さーて、集会場は確かあっちだったな……」


 向かう道中で買った果実水を飲みながら集会場へと向かいながら町の様子を見る。

 やはりと言うか当たり前と言うかカザミ村と比べて賑やかだ。


 カザミ村には無かった市場が王都にはある。

 その分働く人もいるし、売っている物も色々とある。

 魚に肉に野菜をそのまま売っている店もあれば加工して売っている店や、調理して売っている店もある。


 そして質の悪い事に調理している店から当たり前の様に、腹に悪い程美味そうな匂いが漂ってくるのだ。


 他にも菓子を売っている店もあるが、今は先に終わらせなければならない事があるので何とかその匂いを吹っ切って先を急ぐ。




 市場を通り抜けると建物の向こうに目的の集会場が見えた。

 やはりデカい。

 レンガ造りのその建物はパーティーの正式登録だけで無く、宿泊所も兼ねているのだ。

 しかもそこで買い物も出来る。

 一通り揃える事が可能と言っても過言では無い。


 ただ正式登録の際には登録料が発生する。

 金額にして100Gと結構高いのだ。


(ギリギリ払えるが……痛い出費だな)


 ただし必要な出費なのでここは堪える。

 が、高い事に変わりは無い。

 登録が終わり次第何かクエストに行って稼ぐとしよう。

 幸いな事に集会場には無料で泊まる事が出来るので宿代は節約できる。


「さて、後はロウエンと合流して登録して……」


 どんなクエストを受けようかと考えていた時だった。


「ごめん!!」

「あだっ!?……っておい!?」

「だからゴメンって!!」


 ボロ布をマントの様に纏い、更にその布をフードの様にして顔を隠した女性とぶつかったのだが、女性は止まる事無く謝罪の言葉を言って走り去ってしまった。


「ったく……何だよあれ。ってのわっ!?」

「邪魔だ退け!!」

「退け退け!!」


 その女性を追っているのか、お揃いのフード付きマントで顔を隠しながら三名の男性がドタドタと走って行く。


 何だったんだろうと思いつつ、集会場の戸に手を伸ばす。

 が、伸ばして止める。


 追われていた女性は何をしたんだろうか。

 悪い事をしたのか。

 だったら追っているのは衛兵だろうか。


 でも、とてもじゃ無いが衛兵には見えなかった。

 悪い奴に追われているのだろうか。

 だったら誰か助けるだろうか。

 誰か助けなくても逃げ切れるだろうか。

 そんな事を考えてしまう。


 見捨てて良いだろうか。

 いや、赤の他人だ。彼女からすれば俺はただぶつかった通行人の一人だ。

 助けても助けけなくても文句は言われないだろう。


 でも、見捨てられる事の辛さを俺は知っている。なら見捨てて良いだろうか。


「……良い訳無いよな」


 母さんから、兄さんから、モーラから見捨てられた。セーラからも見捨てられて兄さんに持って行かれた。


 独りぼっちになった時にロウエンと出会えた。

 だから分かる。助けて欲しい時に、一人の時に誰かに手を差し伸べられる時の温かさ。

 それを俺は知っている。

 独りよがりでも良い。


 断るならきっと後で彼女が断るだろう。だから俺は走り出す。

 村一番と言われた俊足は何と王都でも驚かれた。

 彼女達が走って行った方に向かい、風を巻き起こしながら駆ける。


 ロウエンが俺に雇わないかと誘ってくれたおかげで俺は今一人では無い。

 それがどれだけ助かっている事か。

 過去も不明、不思議な所だらけのロウエンだがある種の憧れを抱いている。そんな彼に少しでも近付く為に俺は走り続けた。


 そして幸いな事に彼女達はすぐに見つかった。やはり彼女を追っていた者達は衛兵では無く、その手には鎖付きの首輪が握られており、彼女を囲む様に三方向に立っていた。


 ので俺は


「何だ!?」

「風が…っ!!ダメだ、目を開けてられん!!」

「動くな!!ここで囲んでいれば逃げられんはずだ!!」


 大きく跳躍し、彼女の目の前に着地すると同時に突風を上空へ向けて巻き起こしたのだ。


「ええい小癪な……捕らえたら一通り楽しませてもらうからな!!」

「へぇ〜、楽しむってのは」

「!?誰だ、誰かいるのか!!」

「こっちでか?」


 風が止むと彼等の目の前には槍を構えた俺が現れる。

 両手で槍を持ち、腰を落としていつでも目の前の敵に突撃できる様に構える。


「何だこのガキは。緑の髪か……顔もなかなかの上玉だな。おい、おコイツも連れて帰るぞ」

「マジかよ。結構抵抗されそうだぜ?」

「構うかよ。ダメなら足でも折ってやれや」


 鎖付きの首輪を持ちながら笑みを深くする男達。

 正面から戦えば、勝てる事は勝てる。


 ただ守りながら戦う経験は皆無な俺としては、男三人を戦っている間に彼女を連れ去られでは意味が無い。


 だから俺は慣れないながら一計を案じる。


「別に折っても良いがよ、やるなら早くやれよ?」

「何だと?」

「ここに来る時に衛兵を呼んだ。じきに来ちまうぜ?」

「ふん、どうせ出まかせだ」

「で、でも本当だったら」

「おいおい。やるなら早くやろうぜ……走ったせいで体も温まってんだ。来ねぇならこっちから行くぞ?」

「っ…お、おいお前等!!構わねぇ、やっちまいな!!」


 リーダー格が唾を飛ばしながら叫ぶ。

 だが決断が遅かった様だな。

 ただ相手を追い払う為なら衛兵を呼んだと言って戸惑っている間に仕掛ければ良かったのだ。

 でも俺はその前に必要な一手を打っておいた。


 そう。

 着地の際に吹かせた突風だ。

 それは狼煙の役目をしてくれたのだ。

 そしてその狼煙を彼は見てくれたのだ。


「うおぉぉおっ!!やってやるぜ!!」

「へぇ。やるって、誰をだ?」

「へ?」


 到着と同時に彼はリーダーを手下の一人に向かって蹴り飛ばす。


「と、頭領!!」


 突然の事に驚く手下だったが、彼の前に驚いたらダメだ。

 そんな暇があったら動いた方が良い。

 ただ止まらなかったからと言ってやられない訳では無いがな。


 彼はそのまま地を蹴り、残る手下へと接近。

 仲間がやられた怒りから殴りかかる手下だったが彼はその手を掴むと軽く足払いをかけて手下のバランスを崩させ、そのまま投げ飛ばした。


「…ふぅ。全く、探したぞ我が主」

「来てくれると信じていたぞ。ロウエン」


 そう、助けに来たのはロウエン。

 王城から見えるか少し心配だったが、無事に見えた様だ。


「で、コイツ等は」

「おそらく違法な奴隷商だな。衛兵には突き出せ。来る時に呼んで来た」

「それは助かるよ…っと、抵抗すんなよ?抵抗したら突くからな」


 衛兵が来る前に逃げられぬ様、槍を突き付けておく。

 が、そんな状況にも関わらずリーダー格は起き上がるや


「そ、そんな……ロウエンの兄貴!?」

「あん?……テメェは、どっかで見た顔だな」

「お忘れですか!!俺の顔を!!兄貴の部隊にいた、モグリですよ!!」

「モグリ…モグリ、モグリ。って、あのモグリか!?」

「へい!!そのモグリです!!」


 フードを取り、その顔を露わにするモグリ。

 厳つい顔をしており、左目に切り傷の痕がある。


「バカな。お前は死んだはずじゃ……」

「すんません。何とか逃げ延びる事ができまして……あの時、兄貴に殿をしてもらったんですけど、すんません。早く挨拶に」

「いや…それは良い」

「お、おい。ロウエン」


 様子が変わったロウエンに思わず声をかけるが彼は構わず、背負っていた刀を引き抜き


「どうしてお前がこんな事をしている」


 怒りを宿した声と共にその切っ先をモグリと名乗った男性の喉元に突き付けた。


「そ、それは……その」

「…挨拶に来なかった事は良い。だが何故、お前がここで違法な奴隷商をやっている。言え、モグリ」

「……それは、できません。兄貴はもう、俺の兄貴じゃねぇ。その命令を聞く義理はねぇはずだ!!」

「そうか。なら、残念だが……」

「お、おいロウエン!!」


 そのままスーッと上に刀を持ち上げるロウエン。

 何とかやめさせようと声をかけるが届いていないのか視線がズレすらしない。


「向こうで、アイツ等に詫びろ……」


 カッと目を見開き刀を振り下ろすロウエン。


「こらそこ辞めろ!!」


 だが寸前で届いた声にロウエンは反応し、紙一重の所で刀を止めた。


「はぁ、はぁ……やっと着いた〜」

「は、速いっすよ先輩」


 やって来たのは三人の衛兵。

 彼等は俺達の様子を見ると何があったのか即座に理解し、違法奴隷商の三人を縄で縛り上げた。


「では彼等はこちらで」

「…モグリ」

「……すんません、兄貴。本当に」

「……もう俺とお前は関係無い。さっさと、牢で償って来い」

「……すんませんした」


 衛兵には連れて行かれるモグリ達。

 だが俺はロウエンが感情を剥き出しにした所を初めて見た事に驚いていた。




「さて、当初と予定は変わっちまったが……」


 その後俺達は集会場へと向かっていたのだがロウエンはあの後すぐに何時もの様子に戻り、いつも通りに俺に接していた。


「んで、アンタはどうすんの?」


 歩きつつ後ろを歩く女性に尋ねるロウエン。

 女性は先程モグリ達に追われていた女性だ。

 その目と髪は青く、耳は尖っていた。


「……」

「ダンマリか……おい主」

「ん?…見捨てる訳にもいかないだろ」

「全く、助けるのならその後の事も考えてだなぁ」

「悪い悪い。いてもたってもいられなくてな」

「…はぁ。まぁ、仕方無いか。集会場にもギルドの人間は当然いる。ソイツに渡して故郷に帰ってもらうか」

「まぁそれが無難かなぁ……」


 と俺達で彼女の今後を考えていた時だった。

 後ろを静かに歩いていた女性が口を開いたのだ。


「よし、私決めたわ!!」

「ん?決めたって……」

「そこの槍使い!!」

「槍使い?って俺か。何だ?」

「私の護衛になりなさい!!」

「…はい?」

「だから、私の護衛よ。うん、悪く無いわね」

「ちょ、ちょっと?」

「何よ。助けたのなら最後まで面倒見なさいよ」

「いやだから故郷に送り返して…」

「私が故郷に帰りたがっている様に見えるの?」

「…違うの?」

「違うわよ!!私は旅の途中だったの。その途中でさっきの奴隷商に目を付けられて追われてたのよ……それで、まぁ」

「我が主に助けられた、という訳か」

「その通りよ。それにパーティーに女性がいた方が楽しそうじゃない?」

「すっげぇ飛躍したな……」

「安心なさい。どちらか片方に惚れてもう片方が居心地悪くならない様にするから!!」

「別にそんな事気にして無いんだがなぁ」

「俺も恋愛はしばらくはゴメンだ」

「はぁ!?私じゃ不満な訳!?」

「まぁな。俺はもう少し大人な女性が好みだ」

「俺はまぁ……古傷を抉らないでくれ」

「な、何よ……何かあったの?」

「ま、まぁな」

「主は双子の兄に女を取られて傷心旅行中なのさ」

「おいロウエン!?」

「カカカッ、済まない済まない」


 俺の傷をさり気なく抉り、更に笑うロウエン。

 油断も隙も無いとはこの事を言うのだろうか。

 と二人で話していると


「で!!私はパーティーに入れてもらえるのかしら!?」


 と俺とロウエンの間に割って入って来る女性。

 そうだ、余り長引かせずにそろそろ決めた方が良いだろう。


「うーん……どうするかな」

「ま、入れるも入れないも決めるのは主次第だからな。俺は主の意思に従うさ」

「え、マジで?」

「マジだ」


 と俺に選択権の全て放り投げるロウエン。

 その隣で俺に早く決めろと睨み上げる女性。


「はぁ……分かった分かった。来いよ。その代わり、怪我とかしても知らねぇからな」

「ふふん。そのぐらい覚悟しているわよ!!さ、正規登録しに行くわよ!!」

「お、おい待てよ!!名前ぐらい教えろよ!!」

「え?あぁそう言えばまだ言ってなかったわね。私の名前はミナモ。種族はエルフよ。えっと貴方達は」

「ロウエン。見ての通り、刀使いだ」

「ハヤテだ。見ての通り槍使いだ」

「刀使いのロウエンと失恋のハヤテね」

「マジでそれはやめてくれ……」

「あぁ悪かったわよ!!ほら元気出して。助けてもらったし、今夜は何か奢るから。ね?」

「お、おう……」


 ミナモに落ちこまされたのにミナモに励まされながら集会場へと向かう俺達。

 集会場に無事に辿り着いた俺達は一人100Gずつ払い、風月の群狼を正規登録する事ができたのだった。


「んじゃまぁ、これからよろしくなってロウエンはこれからもか」

「あぁ。引き続きよろしく頼むよ。我が主」

「えぇ、よろしくね!!」

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