クラスメイトにお姉様と呼ばせたいだけ

綱渡きな粉

隣の席の不良ガール

第1話 お姉様とお呼び

「何言ってんだてめえ……」


 隣の席の久坂さんは心底気持ち悪いという感情を少しも隠そうとせずそう呟きました。ですが私もその程度で退くような軟弱者ではありません。


 頬杖をついて眠たげに鋭い視線をぶつけてくる久坂さんの右手を握ってもう一度お願いしました。


「ですから、私のことをお姉様と呼んでほしいのです」


「嫌に決まってんだろうが。第一、なんで同級生てめえを姉と呼ばにゃならん」


「私が呼んでほしいからです。それと、単に呼ぶだけではなく心から慕った上で愛情たっぷりに呼んでくださると更に嬉しいです」


「注文が多いしキモい。顔が良いからって鼻息荒げんな。そんでアタシの手を摩るな気色悪い」


 久坂さんはもう一度キモいと言って私の手を振り払おうとしますが、生憎常人よりちょっとばかり身体を鍛えている私の腕力からは逃れられません。


「くっ、力強すぎんだろ……っ!」


 幾度となく逃れようと試みていた久坂さんでしたが終ぞ抜け出すことは叶わず諦めて脱力しました。


「……てめえはなんでアタシにちょっかいかけて来んだよ。ただの優等生のくせに。周りを見てみろよ、誰も彼もが不良アタシから目を背けてやがる。そんな人間にちょっかいかけんじゃねえよ」


 教室に目を向けてみれば、確かにクラスメイトたちはいつも通りのグループに分かれて談笑していますが、時折こちらに目を向けて遠巻きに久坂さんと私を観察していました。もちろん近づいてくる気配はありません。それは普段机をくっつけて共にお弁当を食べる比較的仲の良い方々も一緒でした。……いえ、一人は意地の悪い笑みを浮かべて私を見ていますが。アレは放っておいても大丈夫と言うか、関わらない方が静かに生きられるような厄介な存在なので。


「なるほど、確かに久坂さんはクラスの嫌われ者らしいですね」


「……おい、もうちょっとオブラートに包め。アタシじゃなきゃ死んでたぞ」


「じゃあ大丈夫ですね」


「大丈夫じゃねえっつの」


「ところで、いつになったらお姉様と呼んでくれるのですか?」


「未来永劫呼ぶ気はねえから安心して失せろ」


 久坂さんに拒否されてしまったので渋々自分の席に座る。次の授業に使う教科書とノートを机の横に掛けた通学鞄から取り出していると、久坂さんは机に突っ伏して寝る態勢に入ってしまいました。


 黒板の上に掛けられた時計が授業開始のチャイムが鳴るまで残り一分もないことを示しており、私は隣で眠ろうとする不良ガールを起こそうと手を伸ばします。ですがその手は横から出てきた細腕に阻まれました。


「だ、駄目だよ蒔絵ちゃん……! 久坂さんは不良なんだよ? あ、あんまり絡んだら蒔絵ちゃんが殴られちゃう……」


 誰かと思えばクラスメイトの中でも比較的仲の良い相模さんでした。


 彼女は優しくて人の痛みが分かる人間なのですが、如何せん痛みが分かってしまうのも考えものですね。痛みが理解できるからこそ怖気ついて体が動かないようです。ですから久坂さんが眠っている好機を狙ってこちらへ来たのでしょう。


 ……ただ恐怖には敏感だというのに殺気は感じ取れないらしく、相模さんの体を挟んだ向こう側では久坂さんがよく切れるナイフのような視線をこちらに向けていました。


「大丈夫ですよ、久坂さんはその程度で人を殴るような悪い人ではないので。それより早く席に戻らないと怒られてしまいます。確か次の授業は津島先生の数学ですから」


「そ、そうだね。津島先生も怒ると怖いから早く席に戻らないとっ」


 急いで席に戻った相模さんを見送ったあと、隣の席に目を移すとやはり久坂さんが私を睨んでいました。


「どうかしましたか?」


「…………なんでもねえよ」


 久坂さんは机の上で組んだ腕に顔を埋めるように潜り込み、結局その日は一度も顔を上げませんでした。ですが怒ってる様子はなかったので明日もチャレンジしてみましょう。

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