第49話
サーラが帝国に移住してから、一年が経過していた。
元婚約者のカーティスは王太子に復帰し、必死に頑張っているようだ。
偽聖女に騙されてすべてを失った彼は、まず信用を取り戻すことが何よりも大切だと知っているようだ。貴族達と交流しながら、その意見に耳を傾けているようだ。
もう彼とサーラの道が交わることはないけれど、今のカーティスなら、人の話を聞かずに勝手に思い込んで行動するようなことは、二度としないだろう。リナン王国の国王はすっかりとおとなしくなり、もうすぐ譲位するのではないかと噂されていた。
リナン王国ほどではないが、新皇帝が即位したばかりのソリーア帝国も、落ち着かない状態が続いていた。
さらに、新しい皇妃にピエスト侯爵の失脚というできごともあった。
そのため、妹の遺言になってしまった言葉の通り、新皇帝となったレナートを支えると決めたルーフェスも、かなり忙しい日々を送っているようだ。
その婚約者であり、皇妃の義妹であるサーラも、王城で妃教育を受けていたときと同じくらい忙しかった。
生まれ育ったリナン王国とソリーア帝国では、伝統や儀式がまったく違う。公爵夫人となる身としては、知らないではすまされない。
さまざまなことを、義姉となった皇妃が丁寧に教えてくれた。
彼女の義妹となったことで、ルーフェスとレナートも義兄弟となる。
もともとエリーレが皇妃になっていれば、そうなっていたはずだった。
だから、彼の婚約者であるサーラを自分の義妹にしたのだろうと、皇妃は語っていた。
レナートがエリーレのことを忘れることはないのだろう。皇妃は、そんな彼を傍で支えると決めているようだ。
「あなたもわたくしの義妹なのだから、何でも頼ってね」
彼女は、サーラにもそう言ってくれた。
サーラは共和国出身の平民だと言うことになっているが、義父母と彼女にだけは、本当の出自を伝えている。
義姉はカーティスの過去のふるまいと、父の娘に対する態度にとても怒ってくれた。義父母も、これからは自分達が家族だからと、サーラを抱きしめてくれた。
今までのつらかった思い出がすべて消えてしまうような、優しい温もりだった。
ロードリアーノ公爵家の領地に孤児院が完成し、院長たちが移住してきたのは、二か月ほど前のことだ。
院長とキリネは、ロードリアーノ公爵の婚約者として美しく着飾っているサーラを見て涙ぐみ、その幸せを喜んでくれた。
「最初から訳ありだとは思っていたけれど、まさかルースが公爵様だったなんて」
キリネはとても驚いていたが、サーラが公爵令嬢だったことは話していない。貴族の娘だったことは彼女達も何となく察しているだろうが、皇帝の好意で皇妃の義妹になり、彼と婚約することができたと説明している。
サーラが悪名高いエドリーナ公爵の娘であることは、帝国では秘密になっている。彼女達に余計な重荷を背負わせるわけにはいかない。
「アリス。すっかり綺麗になって……」
ひさしぶりに会ったアリスはとても成長していて、再会したサーラを驚かせた。背も高くなり、顔も大人びている。
「サーラさんも、とても綺麗です」
アリスはドレス姿のサーラを見て、うっとりとそう言ってくれた。
「ありがとう。似合っているかしら?」
「うん、すごく」
彼女は最年長として、子ども達の面倒を見ていたが、そろそろ仕事を探したいと思っているようだ。
そこでルーフェスと相談し、彼女は帝都にあるロードリアーノ公爵家の屋敷に連れて行くことにした。しっかりと帝国式の読み書きを教え、行儀見習いをさせるつもりだ。
一緒に移住したウォルトやキリネの家族も、希望する者がいれば公爵家で働くことができるように、ルーフェスが取り計らってくれた。
それぞれの新しい生活がうまくいくように、サーラも心を配っている。
キリネに手作りのパンも披露した。
ティダ共和国では、短い時間だったが、パン屋で働いたこともある。そう伝えると、キリネの驚いたようだった。
「これは上達したね。最初の頃が嘘のようだよ」
「頑張って、何度も練習しました。働くのも、とても楽しかったわ」
パン屋で働くのは、サーラの夢だった。
自分の働きで家を借りることができたのも、嬉しかった。
それを手放させてしまったことを、ルーフェスはまだ申し訳ないと思っているようだったが、今のサーラはあの頃よりもずっと幸せだ。
ルーフェスの腕に掴まって、甘えるように擦り寄る。
公爵家当主に復帰した直後、彼にも見合い話が山ほど持ち込まれたらしい。以前の婚約者はもう他の人と結婚していたが、その妹との縁談を持ちかけられたりもしたようだ。
だがルーフェスは、すべてきっぱりと断ってくれた。
公爵家の当主として、貴族との繋がりはとても大切だろうに、サーラ以外の女性を妻にするつもりはない。そう言ってくれたのは、とても嬉しかった。
今となってはサーラも皇妃の義妹であり、社交界にも積極的に出るようにしている。
たとえリナン王国とソリーア帝国の違いはあっても、王太子の婚約者として妃教育まで受けていたサーラの立ち振る舞いは、義姉のお陰もあって完璧だ。
初めて、妃教育を受けていてよかったと思ったくらいだ。
今では友人と言えるような人も増えてきた。
こうしてすっかり帝国での生活に馴染んだサーラだったが、もうすぐ正式に、ルーフェスの妻になる日が近付いていた。
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