ストーリー作りに悩む作家向け!ヒット作・人気作を『神話の法則』で分析してみた

ラッコ

1作目 『心が叫びがたってるんだ。』~序盤が長くても大丈夫ってことを証明する名作・前~

最初に取り上げる作品は『心が叫びがたってるんだ。』(2015年)。A-1 Pictures制作の日本のアニメ映画で、略称は『ここさけ』。今、Wikipediaから引用しながら知ったんですが、『Beautiful Word Beautiful World』って言うらしいです。知らんかった。


『とらドラ!』『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などで知られる長井龍雪監督と、脚本家・岡田麿里さんの黄金タッグで、個人的には『あの花』より好みだったりします。


物語を簡単に説明します。黒髪ボブの女の子・成瀬順は父親がラブホテルで浮気する現場を目撃。母親に告げた結果、離婚を招いてしまいます。しかも、家を去る父親から「全部お前のせいじゃないか」と言われることに。その後、泣いていると玉子の妖精が現われ、「お喋りが招く苦難を避けるため」という理由で、順のお喋りを封印します。


「話すと腹痛が起きる」という理由で、内向的な性格になった順。しかし、担任・城嶋一基から「地域ふれあい交流会」実行委員に指名され、それを通じて坂上拓実と距離が近づくことに。そして、「歌うとお腹が痛くない」ことに気づき、「地域ふれあい交流会」でミュージカルをすることになる……という感じ。


まあこのコラムの性質上、一度見ていただくのが良いかと思います。笑


そんな『ここさけ』は神話の構造にかなり忠実な造りになっているのですが、一点だけ違う部分があります。プロローグがあって、しかも尺的にそれなりに長いことです。


◯第1幕「ヒーローの決断」

第1ステージ「日常の世界」

第2ステージ「冒険へのいざない」

第3ステージ「冒険の拒絶」

第4ステージ「賢者との出会い」

第5ステージ「第一関門突破」

◯第2幕「ヒーローへの試練と報酬」

第6ステージ「敵との戦い・仲間との出会い」

第7ステージ「最も危険な場所への接近」

第8ステージ「最大の試練」

第9ステージ「報酬」

◯第3幕「行動の結果」

第10ステージ「帰路」

第11ステージ「復活クライマックス」

第12ステージ「帰還(大団円)」


神話の構造はこのフレームなんですが、プロローグとして第0ステージを追加して、『ここさけ』のストーリー展開を表現してみると……


・第0ステージ「プロローグ」

成瀬順は小学生の頃、憧れていた山の上のお城ラブホテルから、父親と見知らぬ女性(浮気相手)が車で出てくるところを目撃する。順はふたりが「お城から出てくる王子様とお姫様」だと思い込み、それを母親に話したことにより、母が事実を理解してしまったことから両親の離婚を招いてしまう。家を去る父親から「全部お前のせいじゃないか」と言われ、ショックを受けた順は夕景の坂道(階段)でうずくまって泣く。そこに玉子の妖精が現われ、「お喋りが招く苦難を避けるため」という理由で、順のお喋りを『封印』した。


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書き手の方が迷うことのひとつに「導入はどこまで長く書いていいのか?」があると思います。創作論を読むと「いきなり事件を起こす」と必ず書いてありますし、読者の立場にたてば、前置きなしで始まったほうが楽しかったりもします。


しかし、テーマのある作品だったり、その後の伏線を仕込んでおくべき作品の場合は、大なり小なり導入部は必要です。


その点、『ここさけ』は非常にうまく、ラブホテルという性的な要素、両親の離婚という引きの強い要素を入れ込みつつ、10分近くある前置きをしれっと完遂させてしまいます。


考えてみてください。『ここさけ』は高校2年生の話がメインで、もし「いきなり事件を起こす」に忠実であろうとすると、「地域ふれあい交流会で、順が先生に当てられてしまう」的なシーンから始めてしまうんです。


こうすれば、たしかに最初から事件が起きてる感じがしますが、結果的にその後のカタルシスが失われてしまいますし、成瀬順というキャラクターにさほど感情移入する前に始まってしまいます。


ストーリーテリングは、ある意味トレードオフ(何かを達成するためには何かを犠牲にしなければならない関係のこと)です。お金を払ってじっくり見る意思があるお客さんを対象にした劇場版映画という側面はあっても、プロローグをじっくり見せるのはなかなか勇気のある行為だと感じます。


でもこのプロローグがあるからこそ、その後の『神話の法則』に忠実な、魅力的なストーリーラインが活きてきます。



◯第1幕「ヒーローの決断」

・第1ステージ「日常の世界」

時は流れ、高校2年生になった順は、「話すと腹痛が起きる」という理由で他者とはメモか携帯のメールでしか意思疎通ができない。そのため、周囲の人々からは(小さくない事情があるのを認めながらも)「ヘンな子」という扱いを受けている。


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なにかが起きる前の、日常シーンです。作品の空気感、温度感を表現するパートですね。



・第2ステージ「冒険へのいざない」

そんな順は、担任教師の城嶋一基からクラスメイトの坂上拓実・仁藤菜月・田崎大樹とともに「地域ふれあい交流会」実行委員に指名されてしまう。


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巻き込まれる形で、ストーリーが展開していきます。喋れない順にとって、「地域ふれあい交流会」の実行委員なんて、冒険以外の何物でもないですよね。




・第3ステージ「冒険の拒絶」

4人は普段から特に親しい間柄ではない上、指名されたこと自体に困惑・反発する。城嶋は会合をボイコットした大樹を除く3人に対し、出し物として過去に例のないミュージカルを提案し、順の心は動くが拓実と菜月には良い反応はなかった。


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ここですんなり順が適応すると面白くない、というか無理があるってのはさておき、良質な作品は、主人公がこれからすべきこと(冒険)を一旦拒絶します。


例をあげるとキリがないんですが、例えば『東京喰種』では、主人公の金木研くんは人肉を食べたり、喰種捜査官と戦うことに二の足を踏みますよね? 『進撃の巨人』だと、女型の巨人の正体がアニとわかったあと、彼女と戦うことにエレンが二の足を踏む……とかも当てはまります。『グッド・ウィル・ハンティング』では、ウィルは色んなカウンセラーをバカにし、ショーンに対しても侮辱的な行動をとって、自分と見つめ合ったり、変えようとはしません。




・第4ステージ「賢者との出会い」

その後、拓実からミュージカルをやりたいかと問われた順は、携帯で幼少の頃に起きた出来事を打ち明け、「玉子の妖精のかけた"呪い"のために話すと腹痛が起きる」と伝える。拓実は「歌なら呪いも関係ないかもしれない」と話す。帰宅した順は、歌うと腹痛が起きないことに気づく。


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ストーリー作りにおいて、最初から主人公が自発的だと面白くないし、共感を得られません。なぜかと言うと「前向きな人間をコツコツと努力を積み重ね、成功をおさめる」だと、当たり前すぎて、現実的すぎて面白くないからです。基本的に、創作物においては主人公(や主要な登場人物)は受動的であるべきなのです。とくに、重要な選択においては。


でもいつまでもウジウジしていても良くないので、引っ張ってくれる師匠的な人を出すことが多いです。本作では担任の先生ですね。





・第5ステージ「第一関門突破」

その夜、母親から「喋らないこと」をなじられた順は、自らの生い立ちをモチーフにした物語を携帯で拓実に送り、さらに拓実の元を訪れて自分の言葉を歌にしてほしいと伝えた。拓実は順の物語をミュージカルにすることを考え、菜月と大樹も曲折を経て賛同する。


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第5ステージでは、冒険に出る準備が完全に整います。上記のストーリーは軽く端折っていますが、この第一関門突破のための背景には、


『肩を壊して野球部で腐っている大樹。彼をなかば強制的に誘って、4人はファミレスで交流会の会議をする。すると、近くに偶然、大樹の後輩たちがやって来て、陰口を叩き始める。それに最初は怒る大樹だったが、うっぷんがたまっていた後輩のひとりが逆ギレし、酷い言葉を直接投げかける。すると、それに大樹……ではなく順が激昂。普通に言葉を発して怒っていたのだが、拓実にそのことを指摘されると急にお腹が痛くなり、病院に搬送される。その搬送先の病院で、順の母が3人と会う』


というストーリーがあり、複数のストーリーの軸(大樹の部活まわりの話、順の母との関係)が相互に影響しあっています。自分のことで順が怒ってくれたことに大樹が心を動かされ、交流会への意欲を高めるというのも、ある意味受動的で理想的な形です。



こんな感じで第1幕の説明が終了。次に第2幕ですが長くなったので後編にします。

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