第15話 更生

「頼む!お前にどうしても相談したいことがあるんだ!」


 同僚で航空科のハーロルト中尉だ。訓練が開けて地上に戻り、10日ほど経ったある休日のこと、17階の僕の部屋に突然やってきた。


「なんだ、相談とは?」

「実はな、俺も買ったんだよ、奴隷を」

「は? なんだって!? それは本当か! でも、どうしてそんな非道な事を……」

「おい、お前に言われたかねえよ。もっとも、俺も副長のツェーザル少佐に付き添いでついて行って、一緒に買っちゃったんだけどな」

「はぁ!? ツェーザル少佐とだって!?」


 いずれも北方出身の元貴族だと言っていた。ということは、間違いなくイリジアス王国出身の者だ。まだいたんだな、あの国の出身者が。そこでツェーザル少佐はノーラという名の、そしてハーロルト中尉はライナという名の奴隷を買ったそうだ。


 で、2人とも、街の入り口の事務所で入籍を済ませ「夫婦」になった後、すぐに車でショッピングモールに向かい、その入り口付近で服を買い揃えて、フードコートで食事を済ませた。僕の言ったことを即座に実行したようだ。

 その奴隷さん、最初は酷く怖がっていたが、1週間かけて、なんとかハーロルト中尉のことを信頼してくれるまでにはなったらしい。


「なんだ、よかったじゃないか。それで一体、なんの相談なんだ?」

「それがさ、すごい人見知りで、怖がって外に出たがらないんだ。ずっと宿舎に引きこもったままなんだ。困ったもんだよ」

「そんなことを相談されても……」

「いや、イーリスさんなら、うまく引っ張ってくれるんじゃないかと思ってさ」


 随分と虫が良すぎる相談だな。でも、確かにあまりいい傾向ではない。イーリスに相談して、パウラさんと共にハーロルト中尉の部屋に行くことになった。


「ランドルフさんのおかげで、奴隷を買うことを何とも思わない人が増えちゃいましたね!」


 パウラさんのこの言葉は、僕に対する非難なのか、それとも同胞の解放に貢献したという意味の感謝を込めた言葉なのか?どっちとも取れるから、解釈に困る。

 いや、元を正せば、最初に奴隷を買ったのはエックハルト中尉だ。どちらかと言うと僕は、エックハルト中尉のパウラさんのことを聞いていたからこそ、あそこに行ったのだ。奴隷を買う人が増えたきっかけというなら、エックハルト中尉の方だろう。僕は声を大にして言い返したい。

 さて、ハーロルト中尉の部屋にたどり着く。ベルを鳴らすと、ハーロルト中尉が出てきた。


「おう! 来たな、2人とも! 狭い部屋だが、まあ、あがってくれ!」


 僕とイーリス、そしてパウラさんが入る。ふと奥を見ればそこに、ちょっと背の高い、スラリとした女性がいた。ああ、この人がライナさんだな。


「えっ……あの、ハーロルト様……」


 突然現れた見知らぬ人物に、ライナさんは不安げな顔で迎える。そして、ハーロルト中尉にしがみついた。


「大丈夫だよ。男の方は俺の仲間だ。そしてその後ろの2人は、同じイリジアス王国の人達だよ」

「えっ?イリジアス王国!?」


 すると、イーリスが尋ねる。


「ライナ!フォー、エルテ フィア リュィキ イリジアス!?」


 それを聞いて、応えるライナさん。


「ヤー……エン、フェバー フュー?」

「ミット ナフィ エッル イーリス!」

「オグ、ミット ナフィ エッル パウラ!」

「エ……エット ファス サット!?」


 現地の言葉でちんぷんかんぷんだが、なんとなく自己紹介をしているのは分かる。


「……というわけだ、同胞よ。我々もそれぞれ伴侶を得て、この街で暮らしておる」

「あの、イーリス様といえば、ユングリアス公爵家のご令嬢で、呪術師シャーマンではないですか!?」

「その通りだ。そういうそなたは、どこの家のものだ?」

「私は、マウドムナル伯爵家の娘。国王陛下が民に殺されて、セントバリ王国軍が攻めて来て、わたくし以外の一族はことごとく殺されて、生き残ったわたくしだけが奴隷に……」

「ああ、その辺の話は我々も同じだ。私もパウラも、同じ目に遭っている。それにしても、陛下が民に殺された話をすでに知っているとはな。パウラでも知らなかったというのに」

「はい。我が父上があの場にいたものですから、そのあたりの出来事の一切を承知しております」

「そなたが部屋の外に出たがらないと聞いたが、やはりその時の心の傷が癒えておらぬのか?」

「いえ、さすがにあれから1年経ちましたし、今はハーロルト様と暮らせて、幸せでございます。思うところがないと言えば嘘になりますが、それほど気にはしておりません」

「は? ならば、なぜ外に出ようとしないのだ!?」

「私、元々外に出るのが嫌いなのです。伯爵家でもずっと家の中に引きこもってました」

「なんだと!? そなた、ただの引きこもりだったのか!?」


 なんということだ、てっきり奴隷としての生活が長いから、心に傷を受けて引きこもりになったのかと思ったら、元々引きこもりだったとは……


「ショッピングモールにも参りましたが、あそこは人が多すぎて、おまけに明るくて広すぎて、わたくしにはとても耐えられません……」

「なんというだらしない娘だ。あの程度でビビってどうする!」

「そう言われましても、わたくしはそういう性分なので仕方ありません」


 聞けば、奴隷市場での生活で、ますます引きこもり癖をこじらせてしまったという。あの檻の中の狭い空間が、かえって落ち着いて気に入ってたらしい。


「なので、ハーロルト様にも同じ檻を買っていただくようお願いしているのですが……しかも、できるだけ狭いやつを。そこで暮らせたら、最高でございます!」

「いや、そんなの売ってねえって! あっても買わねえって! そんなことしたら、ランドルフ中尉並みに変な噂が立つじゃねえか!」


 嫌な言い方をするやつだな。こう言ってはなんだが、もしかしてイリジアス王国の奴隷を買った者の中で、僕が一番まともな関係を築けているんじゃないか?なのに、どうして僕だけが酷い噂をされ続けているんだ?

 だが、なんということだ……奴隷生活のおかげで、おかしな方向にこじれてしまった人もいるのだな。困ったものだ。


「あ、でも、買い物は行きますよ」

「なんだ、外に行けるのか?」

「はい、日が沈んだ後の、近所のコンビニエンスストアであれば」


 ああ、ダメだ。ますますもって引きこもり人間だな。これはハーロルト中尉が心配するのが分かる。


「ダメだ!」


 突然、イーリスが叫ぶ。


「我々もこうして街に馴染んでいるというのに、そなただけが部屋に引きこもっていてはダメだ!」


 イーリスらしい正論が出たな。それを聞いたライナさんは、反論する。


「いえ、別に迷惑をかけているわけではありません! こうして生活できてますし、なんでわざわざわたくしが外に行かねばならないのですか!?」

「単純なこと。私は新たなまじない相手として、ランドルフを選んだ!」

「そ、それが何か……」

「そのランドルフの同僚であるハーロルト殿が、そなたの引きこもりが原因で生活に支障をきたしたとする。すると、ランドルフの乗る船も、支障をきたすことになる」

「は、はあ……」

「すると、精霊が『最良の選択』を下してしまう事になる。すなわちそれは、そなたの『死』だ!」

「ええーっ!? わ、わたくしが死ぬ!?」

「精霊がそれを是とすれば、必ずそうなる。そうなる前に、そなたは外を出歩けるようにならねばならない。外出か、死か! どちらを選ぶか!?」


 ちょっと待て。それはさすがに暴論ではないか?それって要するに、僕がライナさんを殺しに来るって言ってるようなものじゃないか。そんなことをしたら当然、僕は謹慎などではおさまらない。いや、除籍でも済まないだろう。軍法会議もの、下手をすれば極刑だってありうる。それほど軍人が民間人を襲うこと自体、大変な重罪とされている。そうなるとイーリスも主人あるじを失い、またどん底の人生に陥る。いくらなんでも、それが僕にとって「最良の選択」な訳がない。


「わ、わかりました。わたくし、外に出るよう努力してみます」


 だが、すっかりイーリスの言葉に乗せられたライナさんは、外出することを決意する。


「では、今から行くぞ!」

「ええ〜っ! い、今からですか!?」

「先延ばしにしてどうする! さっさと行くぞ!」

「あ、あの、イーリスさん、せめてわたくし、ハーロルト様にひっついていてもいいのですか?」

「もちろんだ。そのための主人あるじだ。使える時にときに使わないで、どうする!」


 あの、イーリスよ。主人あるじの概念がおかしいんですけど。ハーロルト中尉も、イーリスのこの台詞にドン引きだ。

 というわけで、エックハルト中尉も合流して、6人で合同デートということになった。


「いやあ、楽しいですねぇ。こんなに大勢でショッピングモールにいけるなんて!」


 パウラさんは大喜びだ。多分、こういう賑やかなのが好きなのだろう。

 イーリスは全く動じない。周りが多かろうが少なかろうが、これと言って何か反応することはないのが彼女だ。

 さて、そのイーリスを挟んでパウラさんの対極にいるのが、ライナさんだ。


「うう……眩しいよ、怖いよ……」


 ハーロルト中尉にへばりついている。そんなに恐ろしいのか? 昼間の世界が。


「大丈夫だって、ここは安全な街だ。道を歩いていて危険な目に遭うことなんて滅多にないよ」


 いや、僕とイーリスはつい最近、その滅多にないことに遭ってしまったのだが。まあ、それはこの場でそんなこと、とても言えまい。

 ショッピングモールに着く。すると、いきなり2階に上がるイーリス。あとからぞろぞろと続く一同。


「おい、どこにいくんだ!?」

「あやつを更生するには、あの店がいいだろう。」


 といいながらたどり着いたのは、以前イーリスがカーリン少尉に連れられてきたことのある、女性に人気のあのスイーツ店だった。

 狭い店内に、たくさんのスイーツ。いや、イーリスさんが行きたいだけでは?

 そこは男が入ってはいけないわけではないが、狭いだけに男子禁制の雰囲気がある。おかげで、男3人は外で待たされることになった。


「ああ、ハーロルト様ぁ!」

「いいから、くるのだ!」


 イーリスによってハーロルト中尉から強引に引き剥がされ、店内に連れ込まれるライナさん。パウラさんはここが初めてのようで、興味津々のようだ。

 こうして、イリジアス王国の女子3人が入っていった。あとは、イーリスに任せるだけだ。うまくやれるのかな。


「ところで、ツェーザル少佐も買ったんだよな、奴隷を」


 僕がハーロルト中尉に尋ねる。それを聞いたエックハルト中尉は驚く。


「えっ!? 副長殿も奴隷を買ったのか!? あの軍務一筋な有能な人物が、なんてことを……」


 いや、お前も人のことは言えないだろう、エックハルトよ。


「……まあ、独り身に嫌気がさしたんじゃないのか? ところで、そっちの方は、特に問題はないのか?」

「うーん、あるような、ないような」

「なんだ、その微妙な言い方は」

「いや、ある意味変な奴隷を選んじゃったからな」

「変な奴隷? なんだそれは?」

「なんていうか、妙に明るいんだよ。お前らの時にも、あの暗い店の中で笑顔で積極的に誘うやつがいなかったか?」

「ああ、そういえばいたような気がする。でもちょっとテンション高すぎて、私は引いちゃったけどな。」

「でも少佐は、その娘を選んだんだ。それが、ノーラという名前の娘でさ」

「なんでそんなのを選んだんだ?」

「いや、なんていうか、ツェーザル少佐殿が話しかけたら妙に気があって、それで選んじゃったらしい」

「へぇ。あの副長殿が、明るい娘とねぇ……」

「意外だろう?でも、ちょっと明るすぎて俺にはちょっと無理だったね」

「ああ、分かる。少し影がある方が奴隷っぽくていいんだよな」


 やっぱりこの3人の中で、僕が一番まともじゃないのかな。ますますそう思い始めた。


「でも、気があったのなら良かったんじゃないのか」

「ツェーザル少佐は気に入ってるようだけどな。だけどなんとなく、危険な香りがするんだ……なんていうかさ、まるで繕っている性格のようでさ」


 妙なことを言うやつだな。確かに、大きく変化した環境を生き抜くための処世術ってやつを編み出した結果、そうなった可能性はある。1日も早く奴隷生活から抜け出すために、なりふり構わず明るく振る舞うようになったのかもしれない。だが、それのどこが危険なのか?


 ともかく、同胞ならばいずれ、イーリスと引き合わせることになりそうだな。どんな人なのだろうか?

 と、こちらが男子会で盛り上がっているうちに、女子たちが出てきた。

 意外なことだが、ライナさんが満足げな顔ででてくる。外に出るや、ハーロルト中尉の腕にしがみつく。


「ああ、とても良いお店でした、ハーロルト様。甘くて美味しいものがたくさんあって、何よりもこじんまりとしていて、落ち着くんです!」


 うん、なるほど。イーリスの選択は正しかったようだ。


「エックハルト様! このお店、とても良かったです! また来てもいいですか?」

「うん、いいよ。カーリン少尉らも誘って、みんなで行きな」

「はい! エックハルト様!」


で、イーリスはと言うと、


「おい、なんだか物足りんな。やっぱり先日の戦艦の街のあの店が一番良かった」


 前向きなのか、後ろ向きなのか、時々わからないことがあるな、この呪術師シャーマンは。ああ、他の2人がなんだか少し羨ましい……

と思ったら、イーリスが腕にしがみつきながら、こんなことを言う。


「……やはり、そなたがいないと、物足りないな……今度は、一緒に入れる店へ行こう」


 うっすらと頬を赤くして抱きつくイーリス。前言撤回、やっぱりうちの妻が、一番だ。

 ともかくも、こうしてライナさんの引きこもり更生に向けて第一歩が刻まれた。このまま、まともになれるといいのだが……

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