第3話

 北山は山とは名ばかりの小高い丘になっていて、全体が大きな公園として整備されていた。その一角、見晴らし台に幽霊はいるらしい。

 僕らは無料駐輪場に自転車を止めてから、真っ直ぐに見晴らし台を目指した。

「幽霊が出るんだっけ。夜の方がよかったかな」

木々が茂り、ここもやはり蝉の大合唱だ。

「幽霊に昼も夜もないよ、多分」

なんて志麻は言うのだが、やはりこの雰囲気では出てきそうもない気がする。とは言え、せっかく来たのだ、探検だけはしておきたい。

 「お化けってどんな見た目なの?」

「ええと、それが声だけなんだって。なんか唸り声を上げて、物とかめっちゃ倒すらしい」

「なんだそれ」

「出てきたら嶋が守ってね」

「僕より志麻の方が強いけどな」

まあ、例のお化けの正体は不審者かも知れないし、その時は防犯ブザーを鳴らして威嚇しようとは思っているが……。

 額の汗を拭いながらえっちらおっちら丘を登ると、すぐに見晴らし台まで辿り着いた。

 北山公園見晴らし台は、大きくひらけた広場となっていた。見晴らし台、まあまあ確かに見晴らしはいい方で、公園をぐるりと見渡せる。いくつかのベンチ、ゴミ箱、自販機が並んで、端っこの方に蔦にまみれた箱のような建物がひっそりと建っていた。公園自体に人気がまるでないので、だからこそ、それっぽい噂話がついて回るのだろうけど。

 ドアノブに手をかければ、容易く中へと踏み出せる。埃っぽくて、電気はついてなく、薄暗いのだが、窓越しに陽光が入っているので探索ぐらいはできそうである。

 地下一階地上二階建てで、コの字型に廊下が走っているが、奥行きはそんなにない。なんだかんだですぐ終わりそうだった。

「此処が一番幽霊でそうだけど、此処探すか? なんか涼しいし」

「そうだね。なんか、地下は降りちゃダメっぽいけど」

志麻が貼り紙を指さした。

『老朽化につき、地下立ち入り禁止』

との文字が躍り、黄色と黒色のロープがかかっている。下はもっと薄暗いし、与太話ではなく本物の幽霊が出てきてもおかしくなさそうだ。

 別に怖いとかそう言う話をしているのではない。

 「じゃ、一階と二階だな」

「そうだねー。此処って休憩施設だよね?」

「一階はそうみたいだな。ベンチに、雑誌に、テレビに。まだ現役の型だし、どれも古いけど廃墟ってわけではないな」

「埃っぽいけど、掃除もされてるしねえ。なんか夏祭りのポスターも今年のものだし、準備とかで使ってるとか」

「あー、子供会とかのやつな。小さい時やったわ」

 懐かしい記憶をぼんやり思い出しながら、一つずつ部屋を見て回る。昼間だし、人の形跡もあるし、そこまで怖くはなかった。それに、すでに何人か、僕らと同じような輩が来たのであろう靴跡もいくつかあった。

「鈴、もう誰かに見つかってたりして」

ちぇ、と志麻は口を尖らせた。

「そんなに叶えたい願い事なん? テスト前だし仕方ないか」

まあ、僕としても叶うなら叶えてもらいたいが、まだ神頼みする時期でもない。

「うーん、まあ、叶えば良いのになあ……くらいだけど。テストはもう諦めたから願いの対象外」

「じゃあ、美味しいタピオカ食いたいんだっけ? ならわざわざ鈴頼みじゃなくて舞が言ってた店行こうよ。美味い店、駅前にできたんだって」

妹の顔を思い浮かべる。

「わお、本当?」

「奢らんけどな」

くだらないことを話しながら一通り部屋を覗いて、窓も開けたりしてみたが、なんてことはない、ただの部屋が並んでいるだけだった。どれも人が使っている形跡はあるし、なんなら『利用申請は管理人室へ。当日申請可能。(携帯)xxx-xxxx-xxxx』との貼り紙があちこちにしてあるのだ。放棄されたとか、汚れているとか、怪しいものが息づくとか、そんなこともない。そりゃあ夜に来るのは不気味だし、良からぬ輩も好みそうな具合だが、少なくても今はお化けの「お」の字もなさそうだ。

 「そんな広くもないけど、手分けする?」

「別にいいけど、別行動はホラー映画だったら真っ先に死ぬパターンだよ」

志麻は笑いながら、いいよと笑った。

「地下はいけないし、二階と外をぐるって見て回る感じか」

「まあ、三十分もあれば何もないか、何かあるかくらいかはわかるんじゃない?」

 話しながら、携帯を出そうとポケットをまさぐる。すると、はずみで何かが飛び出した。

「あっ」

 軽快にポケットから落ちて跳ねたのは、先程駄菓子屋で購入したスーパーボールだ。床を軽快に跳ねて、あっという間に階段の底へ消えていってしまった。

「しまった、折角買ったのに――――」

 綺麗だったし、後で志麻に自慢しようとしたのに。階段を見下ろしても、その球体はすでに転がっていってしまったようだ。

「ありゃりゃ、残念。危ないし諦め――――」

 志麻が肩越しに階段を見下ろそうとした時だ。


うー。うー。


低い唸り声が聞こえた。地の底から響くような声がして、続けて、りん、りん、りん、と鈴の音色が微かに聞こえる。

「これって……」

思わず顔を見合わせた。

 低い唸り声に鈴の音色とくれば聞いた噂話にぴたりと合致する。

 とは言え、音はすぐに聞こえなくなってしまったので、正確な音の発生源は追えなかった。なんとなく、地下のような気がする。落としてしまったボールに反応したのかもしれない。地下は此処と違って、人が立ち入れない領域だ。

 「ど、どうする?」

思わずどもるが、別に怖気付いたわけではない。志麻は少しだけ考えてから、

「時間、十分にしよう。私は外を見るから、二階をサッと見てきて、また此処で集合しようよ」

要は怪しい鈴が落ちてないか、やはり別行動で見てこようと言うのである。

 そう言われては仕方がない。少しだけ食い下がったが、怖がっていると思われるのも心外だ。さっさと見て合流しようと志麻を見送ってから、僕は階段の上に足を伸ばした。

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