それはあくまで結果論にすぎない

 何度かお世話になったことのあるサーフショップは、実家のような安心感があった。小学校から中学校にかけて、一番仲が良かった友人が店主をやっていた。

 お客さんであろう女性二人が受付を終えて更衣室に向かったタイミングを見計らって店に入った。

 小ぎれいな店内にはサーフィンにかかわる道具が陳列され、海をイメージした壁紙を背景に様々なサイズのサーフボードが並んでいた。これらを見ているとマイボードがほしくなる。

 デスクの上の書類を整理していた男は、僕を見るなり爽やかな笑顔を見せた。彼の顔は輪郭が角ばっていて、鼻が高かった。濃い眉と大きな二重の目は相性がよかった。両耳にはそれぞれ三連と軟骨のピアスが開けてあった。オレンジみが強めの金色のベリーショートはライ麦畑を思い出させた。

 「やあ、久しぶりじゃないか」

 ややかすれた、懐かしい声だった。

 「久しぶり、元気にしてた?」

 「もちろんさ、おかげさまで。行くのか?」

 「うーん、波はどう?」

 「そりゃあ、最低さ」

 声のトーンひとつ変わらなかった。身も蓋もない話し方をするのは彼の悪い癖であり、僕が彼を好きな理由のひとつでもあった。

 「でも行くんだろ」

 ああ、と僕が返事すると同時に、彼は慣れた手つきでデスクの下からロッカーの鍵を出した。楕円の形をしたストラップに記されたアルファベットの「K」は擦れて見えにくくなっていた。意外な偶然に僕は心の中でにやりとした。

 「お金はいいよ」と彼は当たり前のように言った。

 「そんことだろうと」僕はリュックからA4サイズの箱を取り出した。「お土産代わり」

 箱の表面には、青と緑を基調とした、広い川が流れる架空の都市を空から見下ろした夜景の上に、銀色の文字で

BUMP OF CHICKEN

WILLPOLIS 2014

 と書かれていた。

 うお、という低いうなり声が漏れた。

 「しかも、初回限定盤じゃん」箱を手に取り、脆いガラス細工を鑑賞するかのごとく、表面や裏面や側面を舐め回すように見ながら彼が言った。肉眼では確認できなかったが、きっと瞳孔が開いていたにちがいない。

 ウィルポリス2014は、初の東京ドーム公演をファイナルとするバンプオブチキンの全国ツアーを基にしていた。初回限定盤には、DVDに加え、ライブCDが封入されている。渋谷のタワーレコードで幸運にも見かけて手に入れた代物だった。


 僕と彼は二人ともバンプオブチキンが好きだった。中学一年生のときに彼が初めて教えてくれた。当時はまだスマートフォンどころかウォークマンも身近にはなく、僕の家にあった古めかしいデスクトップパソコンで肩を寄せ合ながら、一緒にユーチューブで曲を聞きまくったものだ。

 中学生の多感な心に、鮮やかで刺激的な歌詞が刺さった。その年齢に特有の、世界への反抗と、世界に反抗する自分への陶酔を、バンプオブチキンの音楽はアンプのように増幅させてくれた。

 僕は「カルマ」が一番好きで、彼は「宇宙飛行士への手紙」が一番好きだった。

 それがいわゆる「中二病」だと呼ばれる、みんなが等しく経験する通過儀礼のようなものだと知るのは、まだずっと先の話であった。当時はそんな自分を、自分たちを、ほかの誰ともちがう、特にくだらない大人たちとはちがう、特別な存在だと信じて疑わなかった。

 音楽のことは何一つわからなかったが、高ぶる気持ちは確かだった。きっと普遍文法のように、音楽に対しても何かしら本能的なモジュールがある。

 そういえば彼女は、ロックにはまったく興味を示さなかった。むしろミュージカルやディズニーの音楽を好んだ。だから二人でいるときに音楽を流すことはほとんどなく、それぞれがイヤホンやヘッドホンでそれぞれの音楽を聴いた。

 今になって思えば、音楽性のちがいは、致命的な断絶を予測していたかもしれないが、それはあくまで結果論にすぎない。


 興奮がひとしきり落ち着くと、彼は本論に戻った。三年前に聞いた説明とほとんど同じだった。

 「日が暮れるまでには戻ってこいよ。とっておきのクラフトビールがある」

 悪いことを企んでいるような、嬉しそうな目つきで彼は付け加えた。中学三年のときに担任の先生にいたずらを仕掛けるときにもそんな目をしていた。

 僕はありがとうと言い残して更衣室に向かった。彼と話すとつい陽気になってしまうのは、彼の性格のせいなのか、二人の関係性のせいなのか。そのどちらでもあるような気も、どちらでもないような気もした。

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