第16話 実像共有


俺は、六月さんと共に、いつもの学習室に入る。

そこには、唯、七花さん、奏さん、享の4人が既に居た。

「お、来たね!」

唯は嬉しそうに、俺の隣にいる、六月さんを視た。

他の三人も、優しい表情で六月さんを見ている。

……享は、一応まだ大丈夫なようだ。

「えっと。私は六月雪。よろしくお願いします」

六月さんは、礼儀正しく、言葉の後に一礼した。

唯が席を立って、六月さんに近づいてくる。

「ずっと、喋りたかったの!六月さん!」

「……そ、そう。ありがとう」

六月さんはすこし狼狽しながらそう答える。

「とりあえず、座って話そう」

「確かに、そうだね」

「……ええ」

そうして、全員が席についた。

この部屋は、果たして何人はいるのを想定しているのかわからないが、結構広く、俺たち六人程度なら、場所が余るくらいには広かった。

まぁ、ここにはいれるのはA組限定ではあるが。

俺の隣には唯、その隣には奏さん。

俺の正面は六月さんで、その隣は七花さん、その隣は享。

こういう席順となっている。

「私は、転校生の七花莢。六月さん、よろしく」

「……ええ、七花さん。私こそ、よろしく」

「じゃあ次は私!四谷唯です。よろしく!」

「よろしく」

「私は三栖奏。奏って呼んでほしい。六月さん、よろしくお願いします」

「三栖さん……じゃなくて、奏さんだったわね。よろしくお願いします」

流れ的に、全員の視線が享の方を見る。

「お……俺は、い、五日沢 享。よ、よよよよろしく……」

「……えっと……よ、よろしく」

……享。

最初は良かったのに、最後凄まじい勢いで噛んだな。

しかも、視線は完全に明後日の方だ。

六月さんもさんな享の様子に驚いており、返答も曖昧になってしまっている。

……これでも、かなり喋れるようになったと思うのだがな。

実は、土日の間に、享は奏さんと唯の三人で、特訓をしていたそうだ。

駅前のファミレスで、練習したらしいが、到達点はこんな感じらしい。

でも、成長しているなら、良いことだ。

素直に、享の努力を褒めるべきだろう。

「享は、女子が苦手だから、すまん」

俺が享の代わりに六月さんに伝える。

「……なるほど。よくわかったわ」

「翔、ありがとな……」

「ああ。」

全員の紹介が終わったところで、七花さんが、口を開いた。

「……今日はね、唯ちゃんと、翔くんには話したけど、他の三人には伝えていないことを、話そうと思う」

俺は、ごくん、と唾を飲む。

六月さんには、一応、事前に、俺達がある計画を画策していることを、伝えている。

この三人が果たして、この話をどう受け止めるのか、それが問題だった。

三人は、それぞれの表情で、七花さんを見つめた。

「……伝えてないこと?」

奏さんは、そう言って首をかしげた。

「……うん」

「……」

享は無言。おそらく、話の腰を折らないために、敢えて喋っていないのだろう。

「……わかったわ」

六月さんも、そう言って頷いた。

「……実は私、未来人なの」

七花さんは、神妙な面持ちでそう告げた。

「「「……え?」」」

三人の表情、反応が、完全にシンクロする。

ちょっとおもしろかったが、ここで俺が笑うと嘘を言っているようになってしまうため、きちんと飲み込んだ。

唯は、ちゃんと真剣な表情をしていた。

「……性格には、私の中の人格が、未来からきたものなの。とある人物に、とあることを頼まれて、私はここにやって来た」

奏さんと享は言葉を失っている。

六月さんだけは、きちんと話を理解しているようで、こく、と頷いた。

「そう、その人物は、未来の翔くん。私は、未来の翔くんの研究室の助手。純粋な教授と助手の関係だった。……でも、翔くんには、全く友達がいなかった。その未来を回避するために、私はここにいるの」

流石の六月さんも、理解に苦しんでいるようだった。

奏さんと享は、相変わらず呆然としている。

そりゃそうだ。

俺たちだって同じだったのだから。

たった一週間前程度を思い出す。

あの時は、こんなに多くの人を巻き込むとは思わなかったが、今思い返さなくても、間違いなくいまの状況は七花さんのおかげだ。

俺の「運命」を動かしてくれた七花さんに、俺はいたく感謝をしていた。

「……わ、わかったわ。いくつか、質問してもいい?」

「うん、でも、あまり核心ついたこと聞くと、タイムパラドックスで私が消されちゃうから、ほどほどにしてね」

七花さんは冗談めかしてそういう。

この言葉の真偽は不明だ。

何か言いたくないことがあって、それを「タイムパラドックス」という都合の良い言葉で補完している可能性もある。

しかし、それに対して、本当に七花さんが消える可能性もあるのだ。

だから、ここで疑う、ということは、七花さんが消えてしまう可能性を鑑みるに、良くない。

だから、俺は反論をせず、ことの成り行きを見守った。

奏さん、享、六月さんの三人は、七花さんの「消える」というワードに、反応を示した。

おそらく、理解してくれたのだろう。

「……うん。じゃあ、未来の一ノ瀬くんはどんな人なの?」

「え?」

思わず俺が反応してしまう。

そこは重要なのか?

俺としては、聞きたくないかもしれない。

「未来の翔くんは、すっごく頭が良くて、とても優しかった。それは現在の翔くんにも通ずるけどね。今より少し背が高くて、大人びていたね」

「……なるほど。七花さんは、一ノ瀬くんのことどう思っていたの?」

「……」

七花さんが返答に詰まる。

「……えっとね、凄い人だなぁ、って思ってた」

七花さんは、笑顔でそう告げた。

俺の目には、その仕草がどうしても儚げに映る。

「……わかったわ。ありがとう。もうひとつ。なんで、七花さんは、初日、一ノ瀬くんに抱きついたりしたの?」

「……。……そのぐらい、久しぶりだったの。未来では抱きついたりしたことなかったんだけどね。こんな過去に来て、見知った顔があったから、つい安心しちゃったの」

「そういうことなのね。わかった、ありがとう」

六月さんはちゃんと理解したようだ。

「じゃあ、次は私。七花さんは、どうやってこの高校に編入したの?」

奏さんがそう問う。

確かに、これは重要かもしれない。

「……たまたまこの地域に別荘があって、今はそこに住んでる。この高校に編入しないと何もできないから、お父さんを頑張って説得して、実力でこの高校に入った。元々は、東京の女子校だったから、「女子ばっかなのは嫌だ」っていう、ある意味不純な言い訳で……だけどね。この高校は日本で一番の高校だったから、それが手伝ったのもあると思う」

「……なるほど!わかった。ありがとう!」

そういうことだったのか。

俺も、知りたかったことが知れた。

「……五日沢くんは何かある?」

「……そ、そそそそうだな。な、七花さんは、翔に、ちゃ、ちゃんとした、とっとととと友達が……で……きたら、どどどうするつもりなんんんだ?」

心配になるぐらい噛んでいる。

だが、しっかりと七花さんにその内容は伝わったようだ。

「……そうだね。まだ、例の違和感に関する謎は残ったままだから、これからはそれを解消することから、始めないとね。……それが終わったら、私は、普通の女子高生として、青春を謳歌したいな」

七花さんの返答が、以前と変わっている。

どうやら、俺と唯の説得が効いたようだ。

俺と唯は、顔を見合わせて、笑った。

「……あ、ありがとう」

享はそう言った。

「七花さん、一ついいか?」

「うん、翔くん。どうぞ」

俺は息を飲み込んで、聞く

「……未来の俺は例の違和感について、何か言っていなかったか?」

「……。……実はね、そのことなんだけど。」

七花さんは、一息ついて、決心したように告げる。

「……未来の翔くんは、違和感があって人と喋れない、なんてことは一回も言っていなかった。研究室の人たちとは、普通に会話できていたの……」

「……違和感がない、か。それは本当に俺なのか?というか、違和感がないなら、なぜ友達ができないんだ?」

「……それはね。言いたいんだけど、言えないの。ここで翔くんにそのことを言えば、もしかしたらバタフライ・エフェクトが起きるかもしれないから。そのくらい、重要なことなの。でも、未来の翔くんも、間違いなく翔くんだから、そこだけは安心してほしい」

七花さんの真剣な眼差しを信じて、俺は問い続けるのはやめることにした。

「……ありがとう、よくわかった」

その後の時間は、質問はやめて、談笑することにした。

六人で談笑する(一人は、少しアレだが)のは初めてで、楽しい時間だった。

そんなこんなで、俺の4月、春は瞬く間に過ぎ去っていくのだった。



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