3 「私は寝不足でロリになる体質なの」

 朝の6時半。テスト期間以外ならまだ眠っている時間帯に、葵太(あおた)はロリ美少女と見つめ合っていた。


 天使と形容しても問題ないかわいさを持ち、幼女と言っても差し支えない幼さを併せ持つ、そんな美少女。しかも、あろうことか並んだ布団の上というシチュエーションである。


 事態を把握していない人が見れば事案も事案、青少年なんちゃら条例抵触待ったなしだが、残念なことがもうひとつあった。当事者である葵太自身が、どうしてこうなったかをまだ把握できてないことだ。


「びっくりさせたよね、葵太。でも、これは夢なんかじゃなくて現実でさ」

「現実……」

「つまり、私の秘密は」

「わかった、これなんかのドッキリだな?」


 彼女が言い終わる前に、そんな言葉が出ていた。まずは話を聞くしかないと自分でもわかっているのに、意思とは関係なく、葵太の口はそんなワードを発していた。


「俺を驚かせようと思って、昔の姫奈(ひな)にそっくりな子を連れてきて」

「……どれほど良かっただろうね。ドッキリだったなら」


 だけど、目の前のロリ美少女はやけに落ち着いていた。まんまるな目が、葵太のことをしっかりと捉えている。長い黒髪を耳にかき上げる仕草は、いやに大人っぽい。余裕に満ちていると言うよりも、覚悟に満ちている。葵太に話す前に、自分のなかで散々考え尽くした……まるでそんなふうに思える、平然とした態度だった。


「だったら証明しようか?」

「証明って、どうやって」

「んー、ふたりしか知らないこと言うとか?」

「ふたりしか知らないこと……」

「なんでもいいけど、あるでしょ色々」

「……6歳のとき、姫奈が俺の家に泊まっておねしょしたとか?」

「お、おねっ! それは言っちゃダメなやつっ!!」


 顔を赤らめ、彼女は葵太の口を塞ごうとする。しかし、目測を誤ったのか、伸ばした手が届かないまま、その場にぺたんと倒れた。柔らかい布団が、小さな形で沈む。


「いったあい……」

「だ、大丈夫か?」

「うん、布団だし……体が小さくなると、距離感リセットされてわかんなくなるんだよね」


 そう話しつつ、彼女は体を起こした。頬が赤く染まり、ぶつけたおでこも赤くなっている。


「よりによってなんでそれ言うの……他にももっとあったでしょ。そこの庭にタイムカプセル埋めたこととか、秘密基地作ろうとして葵太のお母さんに捜索願い出されそうになったとか」

「あ、たしかにそういうのもあったな」

「うー、葵太のばかあ……」

「ごめん」


 言われて思い出した。どれもが葵太と姫奈しか知らない想い出だ。


 もしなにかのドッキリで、この子が仕込みだったとしても、ここまで教え込んだりはしないだろう。


「というかさ、葵太も思ったんだよね。『昔の姫奈にそっくりな子』って。さっき言ったよね?」

「……」


 そして、彼女が核心に触れる。


 そうなのだ。今目の前にいるロリ美少女は、何を隠そう、小学生時代の姫奈にそっくりなのだ。それは幼馴染として今まで何千、いや何万時間見てきた葵太には、どうしたって認めざるを得ないことだった。


「聞いてくれるかな。私がどういう特異体質なのか。そして、こんなふうになっちゃった経緯を」


 ロリな外見とは裏腹な、落ち着いた口調で彼女が……姫奈が言うと、葵太は目を真っ直ぐ見たまま、


「ああ……聞かせてほしい」


 あり得ない現実に白旗をあげる気分で、そう言った。



   ◯◯◯



「簡単に言うと、私は寝不足でロリになる体質なの」


 場所を隣の部屋……本棚が所狭しと並ぶ図書室のような部屋に移動し、葵太と姫奈は話を再開した。


「寝不足でロリになる?」

「そう、寝不足でロリになる。私は『ロリ返り』って呼んでるけど」

「ロリ返り。赤ちゃん返り的なか」


 葵太の問いかけに、姫奈は黙ってうなずく。真面目な表情とは裏腹に体育座りだ。子供の体格なので、やけに似合っている。


「今日みたいに夜ふかしするでしょ? それで十分な睡眠を取れなかったときに、10歳のときの姿に戻ってしまうの」

「十分な睡眠って何時間くらいだ?」

「自分なりに調べたことあるんだけど、だいたい6時間眠れば大丈夫」

「意外に短いな」

「でも、眠りの深さも影響するから、いつも最低でも8時間は眠るようにしている感じかな」

「なるほど」


 理由を説明されて、葵太は色々と合点がいった。昔から姫奈は睡眠に命をかけているような節があったが、ロリ返りが原因だったらしい。


「私にとって、眠るのってある意味ミッションでさ。少しでも寝不足になると短くて1日、長いと3日間くらいこの状態になるから」

「3日もっ!?」

「そう、3日も。今日はたぶん2日かな。運が良ければ、月曜の朝には戻ってると思う。学校には行けるんじゃないかな」

「たしかにその姿で高校は行けないもんな」

「うん。まあでもいいの、学校は。困るの私だけだし。でも、プライベート……例えばほら、葵太が遊びに誘ってくれた時、私何度かドタキャンしたことあったでしょ」

「ああ、あったな」

「あのとき、体調が悪くなったって言ってたけど、実は出かけるのが楽しみで寝れなくて……それでロリになってたんだよね。えへへ」


 首元に触れながら、姫奈は苦笑した。


「えへへじゃないし。てか楽しみで寝れないとか遠足前かよ」

「だって楽しみだったんだもん……」

「でも良かった」

「え、良かった?」

「いや、てっきり俺とデートしたくないのかなって思ってたから」

「そ、そんなわけないよ! 今だから言うけど、むしろ葵太としかデートとか行きたくないし……」


 否定しつつ、小声で言い添える姫奈。恥ずかしそうに打ち明ける姿はとてもいたいけで、葵太の心をいとも簡単にかき乱した。ロリ相手にそうするのはダメな気がして自粛したが、きっと、葵太以外の男子なら抱きついていただろう。


「でも、なんでそんな体質になったんだ?」


 そして、本題に入る。姫奈の顔から笑みが消え、真面目な表情に戻った。


「やっぱ気になるよね」

「気にならないやつはいないだろ。寝不足でロリになるとか、聞いたことないぞ」

「うん、そうだよね……」


 数秒の沈黙後、姫奈は小さく息を吸い込んで言った。


「私がこうなったのには、お母さんが関わってるんだ」

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