第4話 何でも屋始めました

 エレンたちの家に居候する間、俺は村の人たちを手伝いながら旅費を稼ぐことにした。エミリを探すための旅費だ。

 元々村は過疎化・高齢化が進んでいて、若者が少ないらしい。さらに魔素の影響で体調を崩している人が多く、人手が足りないんだとか。


 家族のこととか、学校のこととか、友達のこととか。いろいろ不安なこともあるけど、今はホームシックなんかになってる余裕はない。せっかくエレンたちが親切にしてくれてるんだから、俺もエミリに会うためにしっかりしないと。


 そんなわけで今日も畑の野菜の収穫を手伝ってほしいとかで、朝から仕事をしていた。最近は毎日この畑で手伝いをしているような気がする。


 太陽も真上に昇ったころ、大体の収穫が終わり、依頼人のおっちゃんが俺に声をかけてきた。


「陽翔、ありがとうな。最近腰が痛くて痛くて……本当に助かった」

「いえいえ、大したことは。お金もらったんだから、やることはやりますって」


 俺は袖で汗を拭って、おっちゃんに向かって笑いかける。家の中から出てきた奥さんが、俺に「お疲れさま」とコップを差し出してくれた。「ありがとうございます」と受け取って、一息に飲み干す。


「こちらこそありがとうね。これだけ収穫出来たら、大丈夫そうだわ。明後日のパーティー、ぜひ陽翔君もきてね」

「ぷはっ。パーティー?」


 俺はコップを返しながら聞き返した。奥さんは楽しそうに頷く。


「そうよ。朝ごはんに、収穫したお芋でパンやスイーツを作って、村の人たちに振舞うの。確か他の何人かも持ってきてくれるはずだから、きっと賑やかになるわ」

「魔素のおかげで、いろいろ流通に問題が起きて、野菜が前みたいに売れなくなってなあ。余らせるのもなんだからと言って、ここ数年で始めたんだよ。タダで腹いっぱい食えるいい日だぜ」


 おっちゃんはそう肩をすくめた。魔素問題はたくさんの方面に影響を及ぼしているらしい。ちなみに「お芋」はこの村の特産品で、俺が知っているジャガイモや里芋とはちょっと違う。多分サツマイモに一番近いかな。やたら甘くて、野菜というよりはフルーツみたいな感じがする。それを使ったパンやスイーツには、ちょっと胸が躍る。


「わかりました。明日、楽しみにしてます!」


 俺はそう言って、手を振っておっちゃんたちと別れた。





 家で昼食を取り、着替え、俺は次の依頼人の元へと向かった。箒や雑巾などのある程度の掃除用具を持って、だ。今回は直接依頼を受けたわけじゃなくて、今朝家に届いていた手紙から依頼を受けた。


 俺はポケットからその手紙を取り出す。


『何でも屋さんへお願いです。

村の北東に住むガッシュの家に来て、掃除をしてくれないでしょうか。

もちろんお礼はします。家の場所は、下に記しておきます』


 その短い文の下には、手書きの小さな地図が添えられている。俺はその地図に従って、北東のガッシュさんの家に向かっていた。地図によると、かなり村の端にあるようだ。


 村と言ってもわりと広いので、少し迷いながらも辿り着いた。


 家というよりは、店に近い外観だ。入り口の付近がガラスでできていて、中の様子が見える造りになっている。ただ、中は薄暗く、営業しているわけではなさそうだ。


 俺はドアをノックして、「すいませーん」と声をかけた。反応はない。試しにドアを押してみると、少し軋んだ音を立てたのち、ゆっくりと開いた。ドアに取り付けられたベルが、濁った音を鳴らす。


「うわ、開いちゃったよ。すいません、入りますね? ガッシュさーん?」


 なんで開いてるんだよ、と内心でビクビクしながら、俺は中へと足を踏み入れた。中はとても静かだ。時計の秒針の音だけが、やたらと大きく聞こえてくる。俺はガッシュさんを捜すため、家の中を見回した。


 …………道理で、秒針の音がハッキリ聞こえてくるわけだ。


 俺は壁に目を奪われて、足を止めた。壁一面に、種類の違う掛け時計がびっしりと並んでいた。本当に小さな掛け時計から、置時計まで。それらが声を揃えて同じ時間を刻んでいる。


 そしてその前に一つ椅子があり、おじいさんが座っていた。ガタイのいいおじいさんだ。いくつもの時計を見つめたまま、動かない。この人がガッシュさんだろう。


 え、生きてるよな? この人。


 不安になって、俺は「ガッシュさん?」と声をかけた。流石に距離が近かったからか、ガッシュさんが振り返る。とてつもない速度だった。


「誰だ」

「うわっ、勝手に入ってすいません! 何でも屋の陽翔です。今回はご依頼ありがとうございます!」


 勢いよくお辞儀をして顔を上げると、ガッシュさんは怪訝そうな顔をしていた。


「何でも屋? 依頼?」

「え、はい。そうですけど……」

「そんなもの、俺は頼んでない」


 きっぱりと、ガッシュさんは断言した。認知症……とかでもないだろう。俺はすぐに手紙を取り出し、ガッシュさんに見せる。


「この手紙、貰ったんですけど」

「あ? …………ああ」


 ガッシュさんは手紙を一瞥し、状況を理解したようだった。俺に手紙を返してくる。


「確かに依頼はあったようだ。ただ、依頼人は俺じゃない」

「そうですか。えっと、どうします? 掃除の依頼を受けてここまで来たんですけど、続行します?」


 俺は持参した箒と雑巾を掲げた。ガッシュさんは、「ああ……」と呟いて辺りを見回す。ガラスは曇り、床には埃が積もって俺の足跡がくっきりとついている。汚部屋というわけではなく、使われていない感じだ。


 ガッシュさんも自分の家の惨状に気が付いたらしい。ため息を一つついて、俺の方に向き直った。


「じゃあ、頼む」





 ガッシュさんの家の掃除は、なかなか大変だった。何年掃除してないんだよというレベルで埃が積もっていたり、窓が汚れていたりした。物が少なくて片づけの必要がほとんどなかったのが、まだ良かったという感じかな。


 初めの方は俺一人だけで掃除をしていたけど、やがてガッシュさんも手伝ってくれるようになった。


「魔法は使わないのか?」

「使えないので。ちょっと効率悪かったらすいません」

「いや。こういう細かい仕事は、自分の手でやるのが好きだ」


 そう言いながら、ガッシュさんは棚の上の埃を落としている。ガッシュさんはあまり話さないけど、人と関わりたくないわけではないらしい。話しかけてもらえたことが少しうれしくて、俺は尋ねる。


「お店、やってたんですか?」

「ああ。昔は城下町で魔道具と時計を扱ってた。魔道具に詳しい友人がいたから、そいつが商品を作って、俺が売って。もう閉めちまったが、この村に帰ってきてからは時計屋だった」


 時計屋。なるほど、だからこんなに時計がたくさん並んでいるのか。


 俺は納得して、壁にかけられた時計の群れを眺める。家のあちこちには大量に埃が積もっているというのに、時計だけは磨き上げられてぴかぴかだ。相当大切にしているのだろう。


「時計、お好きなんですね」

「…………」


 俺がそう言うと、ガッシュさんは黙り込んだ。え、俺なんか変なこと言っちゃったかな。いや、でもこの人時計屋だし……。


 俺がヒヤヒヤしていると、やがてガッシュさんが長く息を吐きだした。手を止めて、時計の方を見る。


「こんな時だからこそ、時計が必要なんだ」


 家の中は静かだ。秒針の音と、ガッシュさんの声だけが聞こえる。


「魔素のおかげで、皆死に脅かされている。眠って、翌朝目覚めることが出来るだけでも幸運だ。もしかしたら二度と目覚めないかもしれない。そんな日々を送る俺たちに必要なのは、生きる実感だ」


 秒針が、チッチッと時を刻む。俺もいつの間にか手を止めていた。


「それを与えてくれるものが時計だ。時計の針は、狂うことなく一定に時を刻んでいる。秒針の音こそが生きている実感だ。俺は秒針の音を聞いているときが、一番生を実感する」


 そのとき、ゴーンと重い音が家中に響いた。さらにその上に華やかな音楽や鳥の鳴き声が重なり合って、静かだった部屋を揺らす。なんだか暴力的なまでの音だ。


 唖然とする俺の隣で、ガッシュさんが「もうこんな時間か」と呟いた。まったく動じていない様子だ。いや、それどころかその表情にはどこか安堵のようなものが浮かんでいる。


 少し経って、時計の音が鳴りやんだ。今なら多分邪魔にはならないだろう。ガッシュさんに声をかける。


「いつもこんな感じなんですか?」

「こんな感じ?」

「こうやって時計の音がいくつも鳴るの。俺今びっくりしたんですけど」

「ああ」


 ガッシュさんは軽く頷いて、時計を見上げた。


「俺の生活の音のすべてだ。朝この音で目が覚めて、この音を聞いて眠りにつく」

「それが、生の実感?」

「そうだな」


 難しい話だなぁと思った。こっちへ来て数日の俺にはまだよくわからない。何となく、椅子に座って時計だけを眺めていたガッシュさんの姿を思い出した。


 俺が考え事をしていると、「おい」と呼ばれた。ガッシュさんは時計を指さす。


「もう時間も遅い。帰っていいぞ」

「あっ、わかりました」


 俺は手早く箒や雑巾を回収すると、借りた桶の中に突っ込んだ。部屋の隅に掃除道具を置いて、部屋を見回す。随分と埃は落ちたけど、細かいところや窓はまだ手つかずだ。


 俺はドアの前で足を止め、ガッシュさんを振り返った。


「じゃ、また明日来ますね!」


 時計たちとガッシュさんに見送られ、俺はガッシュさんの家を後にした。



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