聖地への道。

「ふう……」

 山を下りた。

 そこはヂャンジェゾンブーではない何処か。西洋なのだろうか?? だとしたら何処だろう。マウカでもない、エヴァでもない。家は疎らだし、何よりそこの近くならマウカ城が見える筈だ。

 肩に掛けたバッグの中には、シャルセーナ、桃姫から貰った魔導書、戦闘服が入っている。思えばまだ袴姿だった。そろそろ着替えよう……。

 といっても、着替えられる場所なんかない。見渡す限り平原。

 まあいいや! 誰もいないだろうし!! 

 袴は、着るのは大変そうだけども脱ぐのは楽だ。あたしはキュロットに履き替え、上着を着て、ポンチョを羽織る。背中にシャルセーナを差したら、よし、完璧。

 髪を元気印のツインテールにしたら、よし、完璧。

 あたしはひたすらに歩く。ただひたすらに。退屈だけども、しょうがないのだ。今頑張れば、いつかの未来で笑えるのだから。

 ——はっ!! 

 敵の気配を感じた。空気が張り詰める。

「見つけた」

 背後から聞こえてくる声にに振り向くと、そこにはムルシエラゴの配下がいた。顔には仮面をつけて、どうやらここまで来るには街を通らなくてはならないからか、変装をしているようだった。

 あたしはシャルセーナを手に持ち、きっと睨む。

「さあ、星々の従者よ、さっさとその星を渡すのだ……。ニュクテリス・スパオ!!」

 襲ってくる黒い蝙蝠。ここはあえて、ギリギリまで呪文を唱えないでおこう。あたしは余裕たっぷりにバッグのボタンに手をかける。

「……あれ?」

 ボタンが外せない。何故か外せない。焦れば焦るほどに手がかじかんで開けることができない。

 何とか外し、中から魔導書を取り出す。やばいやばい、もう黒い蝙蝠が近づいてきている。でも、魔法を唱えてしまったらこっちのものだ!!

「エステラ……」

 ……予習しなかったあたしがバカだった。

 桃姫から貰った魔導書の呪文は、「エステラ」以外は別の言語が使われている。本当は「エステラ・ヴィントホーゼ」なのだが、うまく発音できない。

 魔法を使う時はその魔法の意味をしっかり噛み締め、祈るようにしなくてはならないのに。ああ……。

「あうっ……!!」

 黒い蝙蝠に咬まれ、地面に倒れこむ。地面は思ったよりも冷たくて、頭がスーッとクールダウンされていった。地面に倒れるという屈辱を忘れない。だから次は絶対に負けるわけにはいかないのだ。

「まあ、それでも本当に星々の従者?? そのシャルセーナ、あたしが頂くわね」

 近づいてくるムルシエラゴ。ダメ……!! それだけは、ダメ……!! 

 今なら言うことができる。あの、湖で助けてもらった、「ウィリアム」と名乗る少年は本当はデニーロだったんだと。彼はあたしを心配して、わざわざあんな場所まで来て、しかもシャルセーナをあたしにくれた。渡すわけにはいかない。絶対に。

 あたしは這って、ムルシエラゴの足元に行く。そして、ガブっと足首を齧った。

「痛--っ!! ちょっと、何すんのよ!!」

 痛がるムルシエラゴ。あたしはその隙にシャルセーナを取り返した。愛する人の想いが詰まったこのシャルセーナは、あたしにしか使えないわ!! 

「エステラ・ディオース!!」

 力いっぱいに叫んだあたしの声は木霊した。あたしのもとへ帰ってきた声は星となり、ムルシエラゴの体に当たる。

「痛っ!! 覚えてなさいよ!!」

 捨て台詞を吐いて消えたムルシエラゴ。はいはい。ご勝手にどうぞ。また痛い目に遭わせてあげる。

 あたしは前髪を軽く整え、また歩き出した。


 ——ザザーン……——


「え、今のって……」

 間違いない。波の音だ。

 つまり、海のペガサスと距離が縮まっている、ということ。嬉しさにあたしは走った。

 清らかな空気が混じる平原。首のペンデュラムも青空を映し、綺麗に輝いていた。

 空の青みが薄れていく。だんだん水色となり、ついにはほとんど白となっていった空には、何物にも染まらない美しさが溢れていた。足元には綺麗な草花が生い茂った。綺麗な空気は全てを清めるようだ。

 向こうには精霊たちが遊んでいるのが見える。無邪気に、楽しそうに。

 辺りには星の様なものが宙に浮かんでいた。

 もしかして、ここが……

 ——星の聖地。

 間違いない。絶対そうだ。この空気、この空の色、この風景、聖地以外ありえない。

 向こうには丘が見えた。その上に、何かありそうな予感がする。

 あたしは聖地を駆け抜ける。星の聖地で駆ける星々の従者。その姿は、まるで星の危機に駆けつけるようなのであった。

 丘を駆け上がったあたし。丘の上から見つめる世界はとても美しく、また清楚で、いつまでも見つめていたくなるような風景だった。

 丘の頂上に置かれた魔法陣。これを見ると、様々な思いが心から湧き上がってくる。

 たった一人で広い世界に放り出された。その後、一人で海を渡り、仲間を作り、その仲間とも別れた。また仲間を作り、また別れた。

 別れとずっと、戦ってきた。けれど、あたしはこの別れを憎むつもりはない。別れがあるからこそ、人は強くなれるし、出逢いの感動を忘れないでいられる。再開を喜ぶこともできる。

 今、呪いにより眠っている、愛しい人よ。もうすぐ、目覚められるよ。頑張ったね。

 あたしは首からペンデュラムをそっと外した。見てて。あたしを救ってくれた全ての人。もう、あたしは仲間がいる。仲間がいるからもう寂しくなんかないし、助け合って生きていける。

 魔法陣の中心に置かれたペンデュラムは、早く呪文を唱えろとでも言うかのようにしてキラッと輝いた。

「エステラ・アモル・デスペルタル!!!」

 星の愛によって覚醒せよ、あたしの愛しき仲間たちよ。

 この瞬間をどれだけ待ちわびたことか……。魔法陣は光り輝き、クルクルと回転した。光はだんだん薄れていく。

「……ううっ……!!」

 涙が勝手に零れた。

 これまで、頑張ったかいがあった。全部全部、報われた。無駄じゃなかった。仲間に逢いたいという気持ちは叶い、ただその喜びに今は体を支配されているため、涙が絶えず溢れ出てくる。

「レウェリエ!」

 久しぶりに聞いた優しいアネラの声。今、その声を聞くのはあたしにとって喜びが大きすぎて。

「久しぶり、レウェリエ」

「レウェリエ!! 久しぶり!!」

 手を繋いではしゃぐ雷姫とソフィア。

 こんな時までいちゃつかないでよ、と言いたくなるが、この日常が今はとても嬉しかった。

「逢いたかったよ、レウェリエ。今度フルーツ御馳走するね」

 楽しそうに話すエレナ。早くフルーツ食べたい!!

 普通の生活というのが、こんなにもありがたかったんだ。こんなにも尊く、貴重なものだったんだ。当たり前のことに感謝し、仲間を恋しいと思った日々。辛く、大変なものだったが、今解放された。

 ……が。

「あれ……?? デニーロは??」

 涙交じりの声でそう呟く。

 今にも抱きしめてほしいのに。何故かいないのだ。デニーロが。

「……本当に言いにくいんだけど」 

 ソフィアが申し訳なさそうに呟く。

「デニーロは……今、デスグラシアのもとで囚われている」

 その言葉は心の中で冷酷に響いた。が、ショックはさほど感じなかった。こんなところでネガティブになっていては、先に進めない。考えるならポジティブに考え、行動に移すべきなのだ。

「……行こう」

「え?」

「考えていてもしょうがない。行くよ!! この先の未来までも、ずっと!!」

 あたしは希望と夢を込めて叫ぶ。ちょっと気取りすぎたかもしれないが、四人はしっかり頷いてくれた。

「レウェリエになら、どこまでも着いて行くわ!!」

「頼んだよ、レウェリエ」

「またよろしくね、レウェリエ」

「行こう! レウェリエ!!」

 四人の声をしっかり耳で味わって、またあたしたちは駆けだした。星の輝く方へ……。

 

 

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