人間性の対価

「……今ごろ起きたのかよ。前回も言ったような気がするんだが、普通に帰れてない時点でだめなんだわ。もうちょい早く来てくんねえか?」

「すまない、私に作業時間管理の権限がないため、自由に時間を作ることが難しい」

「毎回言ってるが、それはお前なりのジョークのつもりなのか?」



 私が意識を取り戻したのは、管理組織所属の機械技師の工房だった。どうやらヘリコプターで仮眠に入った後、私は正常に目覚めなかったらしい。再起動を何度も繰り返したらしく、体の一部が省電力モードのまま動いている。右中指の稼働が著しく悪かったため、私は検査台の上でひたすら指の上下運動を繰り返していた。

 しばらくして、機械技師がタブレットを片手に私を覗き込む。彼は目をバイザー型の多機能センサーに置き換え、口元は防毒マスク型大型フィルターと一体化している。そのため、見た目ではどのような心境なのかを察するのは困難だ。代わりに呼吸量や肩の上下で判断をする必要がある。肩を落として強く息を吐く状態……これはおそらくため息か。



「まあ見たんだけどよ、やるなら首と肺置き換えねえとダメだわ。あんた、金は持ってんのか?悪いが数年分の賃金じゃ足りねえぞ」

「そうだな……組織提供換金はまだ使えるか?今出ている一番安いモデルで構わないから、足しにしてくれ」

「……もうあんまし取る所もねえが、それが一番金にはなるな。とりあえず応急処置だけしたから二日後に特別休暇を入れろ。サイバネ手術を理由にすれば取れるんだから、ほんとお前ら良いご身分だよなあ」

「その発言をジョークと捉えていいかは判断が付かないが、手術を担当してくれる事には感謝する」



 ようやく全ての体内センサーの再起動が終わり、右中指もまともに動くようになった。視界にノイズが入らないことを確認して、私は機械技師に頭を下げ、工房を後にする。



「ヒュウ……奴ぁ、いつ見ても恐ろしいな」



 集音機能を備えたマイクが、壁を挟んで100 m離れた先からの機械技師の言葉を拾う。内容と発言タイミングから類推すると、私との対話を望んでいるわけではないらしい。特別反応する必要性がないと判断して、私はそのまま自室へ歩を進める。



(……空腹が悪化している)



 作業が終わったころに感じた「空腹」は、いまだ癒えていない。




**********




 あてがわれている部屋に戻り、私は不調個所を自分で把握するためにメンテナンスに入る。私は衣服を全て脱ぎ、鏡の前にデジタルテスターとドライバーと共に陣取った。



 私が最初にサイバネティクス手術を受けてから、数十年。仮に生身の人間であれば、体力的に限界が来ている頃のはずだ。仕事を続ければ同じ生活を続けられるとだけ考えた私は、求められるスペックのままに体を機械に置き換えていっていた。

 その結果、現在私は人の姿をしていない。ある程度人と同様の行動ができるように、体の大きさと過剰な装備こそ抑えられてはいる。しかし、既に防護服ありきで作業を行うことが多いため、人に寄せる理由がなくなってしまっているからだ。

 デジタルテスターを当てては電圧を確認しつつ、私は自分の姿を部位ごとに再確認する。



(まずは、摩耗が激しい手足だ)



 油圧式で動く手は中指を中心に左右に分かれるようになっており、親指と小指の先に本来は存在しない指が2本ずつ備えられている。衝撃吸収のために異様に肥大している大腿部を支えるために、膝関節単位で足を増やし、現在は全部で3対の膝が生えている事になっている。

 膝から下は結合させることで二足歩行を実現しているのだが、ボールねじ式の並行駆動装置アクチュエーターが可動範囲を超えて動くようになってしまっている。おそらく外部からの振動で共鳴し、ねじ山が削れてしまっている。替えのねじに差し替えながら、私は作業の度に浴びるあの振動を思い出していた。不快と感じる原因は、体の摩耗と結びついているからだろうか。



(手の稼働、異常は無し。足については異常は1カ所、リカバリー済み。視認検査を顔に移行する)



 シルエットがわかりやすく逸脱しているのは手足だが、特に他者からの言及が多いのは顔だ。目は非対称な位置に5つ埋まっており、いずれも本来あるべき目の位置にはない。鼻は前面、背面に開けられた排気口の奥に嗅覚センサーを実装した際に取り外された。口は何度目かの手術を境に細いフレームが広がることで横に開くようになり、顎を超えて喉元まで続いている。ここまで大きく変わっている以上、人だった名残はどこにあるかと問われると、明確な答えを返すことが難しい。



(視認検査終了。内部スキャンの結果を参照する)



 外側だけではなく、内臓も同様だ。体の重さに耐えきれなくなり、自重で生体組織は潰れてしまう。そのため、現在臓器は全て機械に置き換わっている。対毒性や低温地での作業を実現するために、人にはない機能をさらに付加している臓器も多い。人にできないことができている点では、人間の臓器の再現を目的としてはいない。

 スキャン結果を、指に取り付けられた通信コネクタから脳にダウンロードする。十数年前、不運にも汚染区域で頭部を損傷してしまい脳に汚染物質が入ってしまったことがあった。手術費の返済が完了していないからと強制的に延命措置が施され、その際に7割ほど、私の脳は機械に置き換わっている。良い点を挙げれば、人工知能による脳機能の拡張が非常に強力だ。人間の視野への焼き直しを挟まなくても5つの目を直接処理することができるようになっている。視認と思考を挟まなくてもスキャン内容を理解できるのも、簡易的な電脳化では実現ができない事の一つに挙げられる。



(首の姿勢制御装置スラスターにひび有、肺胞内フィルターの洗浄機能が4割のパーツで停止している。入れ替えと言ったのはこの部分か)



 一方、思考にも影響は出ている。は、粗野な言動を繰り返し、他者へ手を上げ、コミュニケーション能力も著しく低かった。さながら獣のようだと評されていたことが記録に残っている。脳への手術を行う前は、はずだ。

 現在はというと、情報を多く処理できるようになった反面、一言一言が説明調の話し方になっているらしい。昔の私の行動は、記憶としては思い出せるのだが、なぜそのような行動に至ったかの思考回路が不可解だ。明らかに、以前の私との断絶が起きている。……ならば、そもそも誰を何と呼ぶのが正解だろうか。



(……)



 人間性。工房から離れた後の、機械技師の言葉を思い出す。彼が棘のある言葉を使う時は、警告をしている事が多い。関連する事例を、ちょうど先日聞いたばかりでもあった。


 サイバネティクス技術導入当初の頃からの作業員は、ついに私一人になったと連絡がきた。最後の同僚、慟哭の後に、機械化した腕で自分の首をもぎ取ったという。狂乱の中で自ら命を絶つか、仲間を殺害して鎮圧されるか。過度のサイバネティクス手術を受けた者たちの末路は、殆どがこの2つに分類される。

 人を超えた身体能力を得る技術に、精神的悪影響が懸念されることは説明があったものの、皆メリットだけを重視していた。彼らの言い分を借りると、「自分から求めているから大丈夫」と思っていた。ところが、自分がいざ巻き込まれると楽観的な視点は瞬く間に崩れていった。今までできていたことができなくなる、他者から奇異の目で見られる、自分の根幹を自ら疑う。それだけで人は壊れるのだということも、最初は誰も思っていなかったのだろう。

 この傾向が発覚してから、サイバネティクス手術を受けることを「人間性を失う」と揶揄やゆする者が現れ始めた。機械技師がまさにそうだ。過度に手術を受けるなという点で、この皮肉は作業員を守る際には非常に効果的に作用した。今では人のシルエットを逸脱しない範囲で手術を止める者が大多数だという。

 そして、この考えが多数派になった時点で自明なことだが……そうではない私に恐怖の目は集中する。お前はいつまで耐えられるのか。なぜ耐えられるのか。耐えられるお前は人間なのか。多く寄せられる言葉は、私からの返答を求めていない。物理的な攻撃性を含んでいない点で、機械技師は冷静で理知的であると私は判断している。


 答える機会は訪れないが、それらの問いに対する心当たりが、一つだけあった。

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