第30話 用意周到な罠

「なあ高科、これ、上手くいくと――」


 高科の耳元に顔を寄せた時だ。

 いきなり警告音が鳴り響き、


『林田二年生、警告ですよ』

「お、俺か? でも、なんで……」


『役柄からの逸脱です。

 あなたは現時点の情報で、少女Aの友人の男子に、そんな風に話しかけますか?』


「…………確かに、そうだが……厳しくないか?」


『本来ならこのレベルです。

 最近は役になりきる参加者もいなかったので、あってないようなルールでしたが、

 こうして復活させてくれたならこっちも張り切りますよ!』


 どうやら、眠れる獅子を起こしてしまったようだ。

 役によっては、理由をつけないと喋ることもできないことにもなってしまう。


 それが役になりきるってことなんだろう……、嫌いな奴とは喋りたくない。

 逆に、実際に嫌っていても役によっては喋らなければならない場合もあるわけで。


 こういう側面を利用するのも、一つの戦術なのだろう。

 運営側が盛り上がる反面、やはり慣れていないことで警告音ばかりが鳴り響いていた。


 参加者である俺たちは急な方向転換で四苦八苦である。

 気付けば全員がイエローカードを持っており、

 迂闊な尼園と茜川に関しては既に二枚を持ち、リーチになってしまっている。


 比べて、さすがと言うべきか、既に二枚を持っていた鳴滝先輩は、

 役になりきってからパーフェクト、一言のミスもなかった。


 自然と口数が少なくなってしまうが、喋らなければ前に進まない。

 喋りづらいものの、ようするに役柄から逸脱しなければいいだけの話だ。


 自分の置かれた状況、情報を把握していれば、そう難しいことでもない。



「少女Aには学校には通っていてほしいっスね、将来的なことも考えて。

 あと、アイドルには反対っス。ただ、両立ができるなら頑なに反対ってわけでもないっスよ」


「勘違いされたくないが、言い寄ってきたのは母親の方だ。

 教師の矜持として、生徒にはもちろんだが、

 生徒の母親にも手を出すつもりはなかったんだよ」


「ちょっ……ッ、そ、そうだけど……! 先生も途中から乗り気だったじゃん!」


「少女Aをストーキングしてたのは信頼を得るためさ。

 自作自演で少女Aを追い詰めて、困った彼女を助けることで、

 自分の存在を味方だと印象づける……今のところは成功していないけどね」


「ストーカーが出てしまうと、あの子の精神状態も良くない……、

 正直、学園にい続けることを良くは思っていないというのが、事務所としての見解だろうね」


「少女Aを振ったのは妹との絆を壊してしまうかもしれないと思ったからで……、

 だからもしも妹と仲良くなければ、受け入れていたな……。

 ただ妹がいなかったら、少女Aと知り合えていたのかも怪しいもんだ」


「小さい頃からお兄ちゃんが好きだったもん。

 少女Aが、お兄ちゃんのことを好きだってことを知って対抗しようとしたわけじゃなくて……本当に、小さい頃から大好きで、わたしの方が先だったの! 

 少女Aに、奪われたくなんか、ない!」


「だったら兄貴と結婚したら?」


 少女Aの妹役の木下が、少女Aの親友の女子役の茜川に質問をした。

 茜川が答える。


「するよ、絶対にする!!」


 なんてことない会話。

 妹と親友女子だったらあってもおかしくはないやり取りだろう。


 本気でも冗談でも、あり得ないわけではない。

 だからこそ、警告音が鳴らなかったのだ。


 しかし、だ。



 …………なんだ、この違和感は。


 役同士の話のはずだ。


 なのに、どうしてか――軽く流してはいけないような気がして。


 ……思えば、初めてじゃないか?


 探せばあるかもしれないし、俺の勘違いである可能性の方がずっと高い。


 それでも。


 木下が茜川に、分かりやすく質問をしたのは、これが、一回目じゃないか……?


 木下を見ると、




 じっ――――と、こっちを見ていた。




 目が合う。言われているようだ、あなたなら分かるだろう? と。


 そして気付いてしまった。


 ああ、くそ、くそくそくそッ! 

 そういうことか――用意周到に、準備期間中に仕込んだ罠に、

 時間経過によって忘れていた茜川が、まんまとかかってしまった。


 受け取り方が違うのだ。

 茜川はもちろん役同士の会話だと思って答えていた。


 しかし木下は違う。

 木下の方は役柄でなく、陽葵代学園一年の木下鳶雄として聞いていた。


 その質問に、茜川が、頷いた。


 頷いたということは、

 この学園でその行動がなにを意味するのか――。


 口に出してしまった後では、もう遅い。

 取り消しはできない。


 既に茜川は、判を押してしまった状態だ。

 契約書に――いや、この場合は、に。



 そう、結婚。


 木下鳶雄の実の兄貴と結婚するという約束が、今の会話の中で交わされていた。



 彼は断ってくれてもいいと確かに言っていた。

 木下にとっても茜川にとっても公平な仕込み。


 文句なんて言えるはずもない。

 勝負を仕掛けた木下が、正当に勝利を収めただけのことだ。


「頷きましたね、茜川先輩」


「え?」

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