第25話 ファースト・コンタクト

「だから、もういいっスよ。林田先輩を誘ったのはジョークっスから。

 すいませんでした――もう勝手に取ろうと思ったりしないっスから」


「少女Aは親友の女子と喧嘩したんだよな? なら、その後は仲直りをしたのか?」


 降伏宣言をした後輩を前にしても、高科はまだ続ける。

 恐らく、高科は立花を追い詰めようと企んでいる、というよりは、

 単純に推理の方に比重が寄っているのだろう……気になったから会話を続けたのだ。


 少女Aと親友の女子による、兄の奪い合い。


 それによって二人は喧嘩をして、俺たちが知る状況ではまだ仲直りはしていない。


 はずだ。

 高科はそれを追求しようとしているだけだ。


「仲直りなんてしないっスよ」


 立花が言い切った。それは彼の役柄でなく、彼の意見なのだろう。


 ……滅多に見せない彼の本音が垣間見えた気がした。


「一度壊れたらもう、直せないっスから」


 そうだろうか。

 壊れ方にもよるが、壊されたのならまだ直せるだろう。


 厄介なのはそうでない場合。

 ――壊したのが『俺』だったら、直すのは難しくなる。


 自分からもういらないからと突き放しておいて、

 必要になったからまた一緒につるもうぜ、とは、とてもじゃないが言えない。


 たとえその相手が、かつての親友だったとしても、だ。

 壊されたのなら相手を許せばいい……こっち次第とも言える。


 ただこっちが壊したとなれば、許す許さないは向こうが決める。


 裁かれるのはこっちだ。

 俺だ。


 ……立花には偉そうにアドバイスなんかできないな。


 裁かれるのが恐くて足踏みしてる俺には、なにも言えない。


 だけどそれに目を瞑ってでも、言わなければならないと思った。

 俺みたいにならないためには、必要な言葉だったんだ。


「後悔する前に、やりたいことはやっておけよ」


「そっスねー」


 温度差を感じたものの、たぶん、俺たちはどちらも熱くなかった。

 冷めた感情で問題を傍観しているからかもしれないな……。


 すると、会話が切れたそのタイミングで、運営委員からの放送が入った。



 ゲームは残り、三十分を切ったらしい。




(日常パート)


 二年生に進級し、一週間が経った頃。

 新一年生に、まだ落ち着きがない頃とも言える。


 やけに視線を感じるなと思い何度も振り向いて確認するが、

 相手は察知するのが早いのか、視線の主を中々見つけることができなかった。


 その頃はちょうど、階段の上から落下してきた尼園を受け止め(思えばこれが初対面だ)、

 軽くない捻挫をしていた時で、俺の動きも少しばかり鈍かったのもある。


 松葉杖をつくほどではないが、

 壁に手をつきながらでないとびっこを引いてしまう歩き方だったので、

 視線の主を遠くまで追って探すこともできなかった。


 そんな日々が何日も続いて、さすがにストレスが溜まってきたので、

 現役アイドルである尼園に相談してみることにしたのだ。


 彼女は俺に捻挫をさせてしまったことに罪悪感があるみたいだし、

 これで彼女の罪滅ぼしになるなら……。

 この点で言えば、しつこいストーキングも大海に木片だった。


 で、実際に尼園に相談してみると、爆笑された。


「あははははははははっ! 

 先輩に!? ストーカー!? ないない! ないですよ!」


 男で顔もそう整っていない俺には、そりゃいないだろうと思うのが普通だが……、

 それにしても笑い過ぎだ。

 恥を忍んで一年の教室に訪問したってのに、

 そう大声で笑われて、否定されたら、俺の事情が拡散されるだろ。


 周りの一年生女子も、こっちを見てひそひそと内緒話をしてるし……。


 お願いだから変な噂だけは流さないでくれよ……?


「ないと思うならそれでもいいから。仮にいたとしてだ。

 シミュレーションとして尼園の経験談から対処法を教えてくれよ」


「冗談ですって、信じますよ。先輩ってなんでも屋って噂ですし、

 一年生なら先輩に話しかけたいけど話しかけづらくて、

 タイミングを伺っている内にそれがストーキングっぽくなっちゃった、って感じもしますし」


 ああ、そういうこともあるのか。

 あと、俺はなんでも屋じゃないし、なんでもするわけじゃない。


 そこは間違えないでくれ。困ってるなら手伝うけどさ。


「尼園もストーキングされるだろ? される、よな……? 

 だって現役アイドルで可愛いなら……あ、でも変装するから気付かれないか? 

 でもマスクやサングラスをしてる高校生の方が逆に目立つから……、

 でも、変装しないとそれはそれで可愛くて浮くだろ?」


「ふふん、分かってますね先輩は。あたしが可愛いってことが!」

「アイドルなんだから当然だろ」


 アイドルこそ、そこには自信を持てと思う。

 逆に謙遜されたら印象が悪い気もする。

 アイドルは威張ってこそだ。


 こいつが調子に乗らなかったら、誰がいつ、調子に乗っていいのか基準が分からない。


 同姓からは嫌われてそうだが、アイドルなら通る道じゃないのか?

 分かった上でアイドルにならないと、堪えられない気がする。


 まあ、尼園は心配しなくても頑丈な心臓をしてるだろう。


「先輩、あたしのこと鈍い女って思いました?」

「思ってない。俺の捻挫をいつまでも気にするお前は充分に繊細だろ」


「それは……だって、あたしのせいで先輩が怪我をして……」


「お前のせいじゃないよ。

 お前だって、生まれたくて不幸体質で生まれたわけじゃないんだから。

 それに、お前を受け止めたのは俺が自分から着地点に走ったからだ。

 誰も怪我することなく解決させることもできたかもしれない。だから俺のミスだ、悪かった」


 尼園にいらない責任を感じさせてしまったのは俺の実力不足だ。


「そういうとこですよ、先輩」

「…………? なんのことだ?」


「ストーキングされる原因ですよ……、それで、対処法ですか? 

 というか先輩はどうしたいんですか? その相手と話したい? 

 それとも正体が分からなくてもいいからやめさせたいだけですか?」


「そうだな……、どうして俺をストーキングするのか知りたいから……前者だな。

 犯人を突き止めたからって相手をどうこうするつもりはない。

 尼園が言うように俺にお願いしたいだけなら、ちゃんと聞くし、

 内容によっては協力もしたいと思ってる」


「いやだから、ストーキングの理由は……まあいっか。

 じゃあ先輩、放課後はあたしのところにきてください。教室にいると思うので」



 放課後になって尼園を訪ねてみたが、

 彼女のクラスメイトが尼園は図書室にいると教えてくれた。


 言われた通りにいくと、今度は図書委員の女の子から、美術室にいると。

 その次は音楽室、理科室、体育館と、

 怪我をしているって言うのに動き回された結果、

 結局、一番最初に訪れた尼園のクラスに戻された。


 これ、ここで待っていれば無駄な労力を使わずに会えたのでは?


 扉を開くとさすがに放課後になってからしばらく経っていたので、

 残っている生徒はいなかった。

 下校なり部活動になりに向かったのだろう。


 しかも、本命の尼園さえいないし。


 これじゃあ尼園がどこにいったのかも誰にも聞けない。


「なにしてんのよ」


 尼園の声に振り向くと、教室に入ってくる尼園と、見たことのない男子生徒がいた。


 整った顔立ちで女子受けが良い童顔……、

 こうして美少女の尼園と並ぶとベストカップルって感じがするな。

 それほど、尼園に尻を蹴られている男子生徒はイケメンだった。


 ……でも、どうしてここに?


 尼園が促したようだが、どうしてその男子生徒を俺と引き合わせた?


「先輩も鈍いですね……あたし『も』鈍いって言ったわけではないですから!」


「いいから、そいつは?」

「先輩をストーキングしてました」

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