第6話 不幸でわがままな後輩のおねがいごと

 すると、放送が入る。

 運営委員会の女子生徒の声だろう。


『知っている方がほとんどかもしれませんが、

 初見視聴者にも伝わるように手っ取り早く簡単にルールを説明しますね』


 そうは言っても、長々と喋ることになってしまったので、かいつまんで言うと。


 一、メンバー八人にはそれぞれ役柄があり、それに沿った言動しかできない。

   逸脱した言動が発見されると、さっきのようにブザー音と共に、

   イエローカードが出され、三枚溜まると失格となってしまう。

   もちろん、勝利者報酬は受け取れない。


 一、指示された謎には犯人が設定されており、

   それが誰であるかというのを、互いが知っている情報をすり合わせることで暴いていく。

   犯人は開始時点で既に自覚している。


 一、犯人を特定したら(便宜上、探偵側とするが)七人の探偵の勝利。

   犯人が特定されず、時間内を逃げ切る、又は、

   犯人でない人物に罪を擦りつけることができれば、犯人側の勝利である。


 一、勝利報酬は、現在、実行中の契約をなんでも一つ、解除できる権利が与えられる。


 とまあ、こんなところか。


 細かいことを言えば、暴力は御法度、嘘を吐いてもいい、などがあるが、

 そのあたりは学園の公式サイトを見ていれば分かることだ。

(ネット配信でも詳細欄に書いてある)。


 なのでいちいち説明はしなかった。


『では早速ですが、今回の脱出に関する「謎」を指示します』


 その時、静かだった部屋のモニターが、暗転状態から切り替わる。


 画面に出たのは、こうだ。



『少女Aは、どうして学園を去ったのか?』



 推理というか討論というかすり合わせというか――、

 化かし合い、とでも言うのか。


 とにもかくにも、ここからが、本番である。




(五日前・月曜日)

 

 放課後のことだった。

 掃除当番である高科を待っている間、手持ち無沙汰だったので、

 購買で飲み物を買うことにし、階段を下りていると、


 上の方で大きな音がした。


 反射的に見上げると、眉間のところに水滴が当たって、「冷たっ」と思わず声が出る。


 緩く締めた水道のように、連続的に水滴が落ちてくる……、

 大きな音は誰かが水を汲んだバケツでもひっくり返したのか?


 俺たち二年の一つ上の階は、一年の教室になる。

 となると十中八九、一年が派手にやらかしたのだろう。

 ……入学してあっという間の二ヶ月。

 新一年生は、もう新という頭文字も取れるくらい学園に馴染み始めている。


 ……のだが、部活もしていない俺と面識がある一年は、実は一人だけだ。


 一年のフロアに辿り着くと、壁によりかかっている女子生徒が見えた。


 頭にバケツを被ったままの。


 制服はびしょ濡れ。モノトーンの制服ブレザーなので透けてはいないが……、

 このままだと風邪を引く。仕方ないので、

「おい」こんこん、とバケツをノックすると、


「なんであたしばっかりこんな目に遭うのよもーっっ!!」


 気付いた後輩が立ち上がって、バケツを地面に叩きつける。

 荒い呼吸を繰り返して冷静さを取り戻そうとしていた。

 彼女の場合、慣れているとは言っても、じゃあ無感動に受け流せるわけでもなかった。


「相変わらず不幸な毎日を送ってるんだな」

「あ、林田先輩。ちょうど良かった、タオル持ってきてくれますか?」


「まずは持ってますかって聞けよ。いいけどさ……、

 教室に常備されてるタオルじゃ水量的に拭き取れないんじゃないか?」


「教室に常備されてるのって雑巾じゃないですか……嫌ですよ、ばっちぃ。

 あたしを誰だと思ってるんですか? 現役女子高生アイドルですよ? 

 この前も漫画雑誌の表紙に水着で出ましたし」


「お前がしつこいくらいに宣伝してくるから買ったよ。

 おかげで漫画の方はどれも途中からで話がぜんぜん分からなかったけどな」


「漫画を読まないのに漫画雑誌を買ってなにを読むんですか……」

「だからお前の水着ページだろ」


 そもそもそれを目的で買ったのだから、それを見るだけだ。


 そのあとは、高科にあげた。

 あいつも読みたかったらしく、「貸してほしい」と言ってきた。


 俺はもう、目的のものは見れたし、

 持っておくには分厚いので、高科が持ち帰ってくれるのなら助かった。


「……水着、どうでした?」


「良かったと思うぞ。

 なんだかハプニングの瞬間ばかり撮られてたのがお前らしくて」


「そういう意味じゃ……ッッ、

 どうせあたしはアイドルでもネタ枠ですよ!!」


 それが人気に繋がっているのだから、卑下することでもないけどな。


「というか、タオル!! 

 早く水泳部から借りてきてください、厚手のバスタオルを!」


「バスタオル? いや俺、知り合いに水泳部なんかいねえぞ? 

 というか男から借りたらお前は嫌がるだろ」


「当然です!! お・ん・な・の・こ・か・ら! 借りてきてください!!」


「無茶言うな! 俺が女子にバスタオルを貸してくれって言うのかよ!?」


 ここに戻ってこれなくなるかもしれないぞ!?


「いいから早く、なんとしてでも持ってきてください! 

 じゃないとあたしは風邪を引きますよ!? いいんですか!? 

 最近、軌道に乗り始めてきたアイドルが仕事に穴を開けたら、

 そこから一瞬で忘れられますよ!? 

 これ以上、あたしを不幸にするんですか先輩は!」


「――分かったよ、取ってくるからここで待ってろ!」

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