第5話

田島君はCoko caféの、一番奥の席に腰掛けていた。外と比べると店内は照明が薄暗く、いくらか涼しげに感じる。私が近づくと、彼は読んでいた本から顔をあげて「おう」と言った。私は彼の正面に座り、チーズケーキとアイスコーヒーを注文すると、彼の読んでいる本を覗き込んだ。

「宇宙の本だよ。いつもこういう本ばかり見てる」

 照れ隠しなのか苦笑いしつつ、ブラックホールや惑星のことを説明してくれる。だが、なかなか難しいテーマだ。私が苦悩の表情を浮かべていることに気付くと、今度は図を描いてくれた。

 よくわからないのに、何だかだんだん楽しくなってくる。

「——で、こんな感じに銀河はたくさんあって繋がっているんだよ」

「ふーん。知らなかった。宇宙、面白いねぇ。——それにしても田島君がこんな面倒見いい人だったとは」

 何気なく言った一言にどうやら彼は照れていて、顔を赤らめながらそんなこと無いよ、などと言っている。その様子を見ていると、可愛いなぁ、と思っている自分に気がついた。

(あれ、なんかおかしくない? 同級生の男子を可愛いってどういうことよ)

 一人思考の迷宮に入りこんだ私に気付くことなく、彼は瞳を輝かせて話を続けている。と思いきや、ふと話題を変えてきた。

「そういえば山戸さん、もう夏休みでしょ。予定決めた?」

「うーん。今のところバイト三昧。……て違う、長野だ。長野に遊びに行くことになったんだ」

私は簡単に優の話と、彼女の実家に行くことになったいきさつを話した。

「へー、いいな。きっとキレイな星空が見られるよ」

「運が良ければ流れ星も見られるって」

「それなら双眼鏡を持っていくといいよ。きっと役に立つ」

 田島君の提案に、私は姉の部屋に小さな双眼鏡が置いてあったことを思い出した。

「そうか。お姉ちゃんに聞いてみよう。——田島君は何をするの?」

「俺は……。恥ずかしいな、笑わないでね?」

 照れながら話してくれた計画は、バイト代で購入した中古のバイクで天文台を巡る旅をする、というものだった。荷物は出来るだけ切り詰めて最低限。コインランドリーやユースホテルなんかを利用してお金も節約。それでどこまで出来るのか試してみたい、ということだった。

「でも、天文台って大抵山の中にあるんじゃない? 道に迷ったらどうするの」

「うーん、スマホで位置を確認しながらかなぁ。あ、でも山の中だったら電波こないか……」

 あはは、と笑っている彼を見ながら私は内心こんな人だったんだな、と驚いていた。

「明日から行くんだ。一ヶ月くらいでブラっとまわれたらな、と思ってね」

「そうなんだ。帰ってきたらすっかり山男になっているかもね」

 私たちは一瞬想像すると、お互い顔を見合わせて笑った。

「宇宙ってそんなに魅力あるんだ。私も興味がわいてきたかも。ブラックホールとかは難しそうだけれど。星座を知っていたら観測するのが楽しそう」

「星座は空の地図だからね。ちなみに夏に見える星座はね——」

 それから長いこと、彼は星座について講義してくれた。夏の大三角形を目印に、こと座、わし座、そして別名のノーザンクロスと呼ばれている、天の川の上を舞うはくちょう座。

「はくちょう座なんて優雅に翼を広げた姿をしているけれど、あれは女好きな神様がね、奥さんがいるにも関わらずに別の女性に恋をしてお忍びで会いに行くっていう姿なんだ」

「そうなんだ……」

 ギリシャ神話に出てくる神様たちは何だかとっても人間味がある。恋をしたり嫉妬をしたり。私はもっと星座について知りたくなってきた。

「ねぇ、本屋さん行かない?」

突然の私の提案に一瞬彼は驚いた表情をした。でもすぐにいいよ、と笑った。

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