第拾伍話 その認識、勘違いにつき。
和州たち2人は歩矢と合流し、陽と明が翔馬と行ったことがあるというネカフェの前にいた。
歩矢が明から得られた情報も和州と同じものだった。それを踏まえ2人の考えをすり合わせた結果、翔馬がいじめを受けていたかもしれないという同じ結論に行きついた。
だから翔馬はここにはいないかもしれないがその事実確認のためにもこうして足を運んだのだ。
「さて、入っていくとするかのぅ」
歩矢は外観を見上げるのを止め入口に向かって進んでいく。何故地元のネカフェを見上げてたのかは、ただ単に歩矢にとってそこが縁遠い場所だったからなだけで特に深い意味はない。
歩矢に続いて和州以下3名も店内へと入っていく。
ここは個室の店のため、店内は受付のカウンターにバイトらしき若い女性の店員が1人居るだけで他に人は見当たらない。
カウンターに近づいて行けば「いらっしゃいませ」と洗練された営業スマイルを向けられる。
「悪いが、儂らはここを利用しに来た訳ではなくてな……」
「では、どういったご用件でしょうか?」
店員は仮面を張り付けたままニッコリとする。
「儂らは探偵をしておってな。今、ちょっとした依頼を受けておるんじゃ。人間関係を探るためにも店内の監視カメラの映像を見せて欲しいのじゃ」
「申し訳ございませんが当店ではお見せ出来ないことになっておりますのでお引き取り願います」
面倒臭そうに突っぱねられた。一考の余地すらもないといった様子だ。
店員の目には迷惑客としか映らないだろうから仕方ない。
「お引き取りでなくての」
「当店では応えられないものとなります。申し訳ございません」
もはや歩矢が話しかけてもそんな対応しかされなくなった。店員にとっては面倒事以外の何物でもない。そんな対応をされるのも当たり前と言えば当たり前だ。
歩矢1人でも何とか出来るだろうが任せきりにしては時間がかかることを察知した和州は1歩前に踏み込む。
「少しだけで良いので協力して頂けませんか?ね?」
和州はカウンターに少し身を乗り出しニッコリと微笑んでみせる。若い女性を欲に溺れさせようとする色気が満載にしてだ。
自分の武器を完璧に理解した対応と言える。
「い、いや……しかし……」
美少年と言うのが相応しい和州の色香に中てられ、歩矢に鉄壁を見せた流石の女店員もあたふたし始める。
顔も朱に染まり完全にメスのそれだ。
「僕たちって結構凄いんですよ?警察とも関りがあるんです」
「あ、あの……責任者に確認を……」
「はい。お願いします」
それだけ言うと店員は顔を赤らめたまま裏の方へと引っ込んでいった。
まさか誰もそんな表情の店員が駆け込んでくるとは思わないだろうから責任者とやらもさぞ驚きを覚えることだろう。
「和州、ずるくない?警察なんて適当なこと言って」
「店員さんにえっちなことを考えさせたのです」
それを見送るとそれまでは大人しくしていた侑と恋奈が和州に茶々を入れる。ちょっとしたことでワイワイと騒げて正しくJKといったところだ。
「狙ったことではあるけどずるいって程じゃあ……警察のことだって嘘は吐いてないし。師匠、変なコネ持ってるから。今回は関係なかっただけで適当じゃないから」
「和州、怖いわ」
3人がそんな話をし侑がケラケラと笑うのを歩矢がそれを眺めていると女性店員が入っていった所から小太りの中年のおっさんが出てきた。
胸元には責任者と書かれたプレートが付いているためこの人が店員が呼びに行った人であることは一目瞭然だった。
「お待たせしました。えっと、警察、でしたか……」
「あくまで儂らは探偵で繋がりがあるだけじゃよ。で、じゃ。監視カメラの映像は見せて貰えるのかの?ちょっとした依頼を受けておっての」
「そういうことでしたらご確認下さい。こちらです」
店長が勘違いをしていることを和州も歩矢もそれには気づいていたがあえて指摘はしない。その方が話がスムーズで、それを目論んだ話運びだったのだから狙い通りといったところだ。
探偵とは私的なものであって公的なものではない。多少情報に誤差があっても何か問題がある訳ではないのだからこれで良いのだ。
そのまま4人は店長に付き従って後に続いていくと店員の休憩する場所が兼ねられた小部屋へと通された。その一角には監視カメラの映像がリアルタイムで移されたモニターとパソコンが設置されている。
「個室の映像はございませんが」と前置きを受けると、早速歩矢は確認を始めた。その手つきは何回も弄ったことがあると分かる程に慣れたものだ。
そこには確かに前に陽,明,翔馬の3人で遊びに来ている様子が写されていた。そして、1ヶ月程前から姿を見なくなったことも。
そして家出してからの映像も隈なく洗ったが姿は確認されなかった。
「あ奴らにいじめか何かを受けたのは1ヶ月前じゃったか……ともあれ、思った通りじゃったの。これで予想の裏打ちが出来たわい」
店の外に出ると歩矢が見てきた映像を頭の中で確認するように言う。
「そうだね。でもそうなると探す場所の情報が……」
和州だけがそう返す。
侑と恋奈は右も左も分からない状態でただ見ているだけになっている。話す歩矢と和州についていけず、なんか探偵って凄いんだなーくらいの感想しか出てきなそうまである。
「そうじゃが、SNSは見つかっておるのじゃろ?儂らで探すよりも何倍も速い。助かるの!」
「それもそうだね。華鳴が入ってくれて本当に良かった。僕たちでやると徹夜で探して数日かかかる訳だし」
その経験を思い出し薄く笑みを浮かべた所で侑のスマホが着信を告げる。
「あ、華鳴からだ。私、出るね」
盗聴でもしていたのかというタイミングの良さだ。侑は侑でそんなことは気にした様子もなく画面をスライドし、スマホを耳に当てる。
「薄々思っておったが、華鳴は侑が大好きじゃの。このタイミングなら報告じゃろうが、儂ではなく侑に入れるんじゃからの。相当なものじゃ」
「それでこそ華鳴ちゃんです~。可愛いですね~」
「2人は幼馴染ってのもあるだろうしな」
そう賑やかしていると侑はスマホを手に持ちこんなことを言いながら戻ってくる。
「華鳴、照れて怒ってたよ。そんなんじゃないーって」
その声音は華鳴を守ろうとする優しさに包まれたものだった。勿論、それに気づかない3人ではない。
「お主も華鳴が好きなんじゃの。やはり、仲良いのぅ」
「2人はいつもこうだから」
「そんな侑ちゃんも可愛いです~」
「いやっ私は違うから!」
今度は侑が顔を赤くしてそう叫ぶ番になった。
「そ、そんなことよりも。華鳴と話して」
「やはり儂に話があったのか。……儂、歩矢じゃ。なんじゃ、電話位儂に直接入れれば良かろうに」
歩矢は侑のスマホを受け取ると耳にあて華鳴と話し始める。
「いや、慣れない相手にそうすんのは気後れしてなー。けど、まぁ次からそうするわー」
「それで構わん。どうしても侑の声を聞きたいというのなら別に良いんじゃがな」
「だからそんなんじゃないっての!」
電話口から恥辱に悶えている声が発せられる。華鳴が顔を赤くして侑に電話してしまったことを後悔していることがありありと伝わってくる。
「そ、それよりも報告だ」
華鳴は咳払いを1つ入れると報告を始める。
「まずは翔馬って子、今もSNSが更新されてるなー。ゲームの話だ。位置情報は切ってあるからどこにいるかは分かんねー。が、ゲームが出来る環境に居るのは間違いないなー。んで、リアルの人間関係でトラブってたみたいだなー。1ヶ月前くらいから愚痴が散見される」
「ゲームが出来そうな環境に居るのもトラブルを抱えておるのも予想通りじゃの。関りがある者が居たりはせんかったか?」
「そこまで分かってたか―。その予想も大当たりだ。市内に住んでる人で仲が良いフォロワーが居るみたいだぞー。ゲームの話をするし愚痴に付き合ってるなー。しかも、一昨日に家出の呟きに反応を見せてたなー」
「それは朗報じゃ!そ奴のことは何か分かっておるかの?」
フォロワーの家に転がり込んでるという可能性は浮上したがその人物を特定できそうな情報がなくじれったくなる。手が届きそうで1歩届かないというのは何とも歯がゆいものなのだ。
「ほとんど誰かのリプに反応するかゲームの話だからよくは分かんないなー。けど1個だけ。そいつはこの辺では一番大きい大通りにある喫茶店の常連みたいだぞー」
「なんと!了解じゃ。助かったわい。お主は翔馬君とそ奴のSNSを見張っておくんじゃ」
「んー」
それから華鳴の言う喫茶店へと駆け込み翔馬との接触はないか確認に向かうことにした。反応を見せたということはDMか何かに移って話を進めたということだろうから。
翔馬はトラブルを抱えて家出をしたのだ。その常連の喫茶店で愚痴に付き合ったりしていても何ら不思議はない。
むしろいきなり知らないであろう家に立ち寄るよりも先にそうする方が自然だ。
実際に店を訪れて監視カメラを確認してみればそんな歩矢の予想を裏付けするように翔馬は瘦せこけてもさっとした男と会っていたことを確認出来た。店を出ても2人で連れだち、徒歩でどこかへ向かっていくこともバッチリ映されていた。
急遽、紗耶香に写真で男を確認して貰った所知らない人だと言う。そうすると現時点での可能性は華鳴が見つけたアカウントしか候補はないことになる。
ここまで確認出来ればあとは歩矢には簡単なことだった。
この一帯は店が多い。結果として監視カメラの目も多くなる。そのためある程度は2人の動きを追うことが出来る。
更に市の中心に居ながらも徒歩で移動していることから自宅の範囲を絞ることが出来る。そのため、監視カメラで追いきれなくなったら予想の範囲内で聞き込み調査を徹底すれば良いだけだった。
そうして調査を続けその男の家を見つけ出し、紗耶香を既に夜の帳が落ちている現場に呼び出していた。
「この家じゃの……住民に聞いたところ名前は
「ここに息子、翔馬が……」
「2人が途中で別れたりしておらなければの」
歩矢は躊躇いなく呼び鈴を押す。少し待つと足音が聞こえてきて映像の中でも見た男が顔を覗かせる。
「えっと……どちら様っすか?」
「儂らは探偵じゃ。丸井吉峰、単刀直入に言う。『パカパカ』なる名前のSNSアカウントの子供を匿っておるの?」
「え、いや……俺はそんな怪しい奴ではいというか……少し話したら向こうからお願いしてきた訳で……」
未成年を自宅に招いたことで犯罪になったから追いかけてきたとでも勘違いしたのか吉峰はしどろもどろになりながら言葉を継ぐ。
「別に取って捕まえようなんざ思っておらん。こちらは母君じゃ。儂らは依頼を受けて彼を迎えに来ただけじゃ」
「あの、息子は無事なんですよね?そうなんですよね?」
歩矢が紗耶香の紹介を入れると心配が爆発したかのように吉峰に縋りつく。音沙汰もなかったと思えば知らない男と居たのだから親の心理的には相当な心労があったはずだ。
「は、はい。今呼んできますんで……」
吉峰は紗耶香の様子に狼狽えて家の中へと一度引っ込んでいく。
吉峰は家出のフォロワーを保護しただけでそれ以外のことは考えていなかった。まさかこれ程に心配する相手が居たとは想像だにしなかった。家出をするくらいなのだからろくでもない家庭環境なのだろう、そう決めつけていた。
後にはまだ落ち着くことのない紗耶香の声だけが残っている。
「お母さん……?」
「翔馬っ」
玄関に顔を出す翔馬に紗耶香は駆け寄りその頬を叩く。感動の再開と思いきや暴力が発動しその場の全員が度肝を抜かれた。
「な、何すんだ」
翔馬も紗耶香に対抗し拳を作って力を籠め、勢いよく振り上げる。
「何で、こんなことをしてるのよ。心配したじゃない」
「えっ……」
だが、続いて紗耶香はしっとりと呟き翔馬をひしと抱き寄せる。そんな紗耶香に翔馬の拳は弱々しく空を切り下に垂れさがる。
「どうしてこんなことをしたのよ……」
目を合わせて再度尋ねる。
「だって、だって俺……もう、無理だって思って」
翔馬は涙ながらに事の顛末を話し始めた。
転校して最初は1人だったが笹森の声掛けと好きなゲームが同じだったこともあり陽と明とは打ち明けることが出来た。一緒にゲームをするだけでなく、学校では話をして他にも人を集めた輪の中に入ってと楽しく生活を送れていた。
だがそんな生活が一変したのが1ヶ月前のこと。陽と明からいじめを受けるようになってしまった。
いじめを受けるようになったきっかけは翔馬がずっとはまり込み、仲を深めるきっかけにもなった流行りのFPSゲーム。
1ヶ月前、そのゲームでそこそこ大き目なイベントが開かれていた。このゲームが好きな3人もチームを組んで漏れなく参加していた。
どうしても負けたくなかったその戦い。だが、翔馬の一手のミスであと1歩の所で試合に敗退してしまった。
陽と明はそれが許せずそれまでの翔馬との関係は切り、組んでいたチームから追い出しリアルでもゲームでも関係性の一切が失くなったと思われた。これで終われていたのならまだ良かったのかもしれない。
しかし、2人の怒りはそれだけでは治まる所を知らなかった。
そんな2人の態度は学校でも続き集団の輪に入れて貰えなくなるどころかいじめが始まった。
だから翔馬は2人と仲直りを出来るようにと原因となったゲームに打ち込み腕を上げようとした。
だが、そこでネックになったのが紗耶香だった。
夜にゲームは止めろと言われて止められてしまいいつも以上の時間は確保できず中々腕は上がらない。学校ではいじめが加速していくばかり。
以前と変わらない腕では仲直りをしようとも思えず、ましてや誰かに相談など2人が怖くて出来るはずもなかった。
そんな人間の最終的に取ろうとする行動は学校を欠席すること。
しかし、紗耶香はそれを夜にゲームをしていたからだと勘違いしてしまい、尚更ゲームを制限されるようになってしまった。
そんな板挟みの状態が続き昨日、限界を感じ家出を決行した。
そしてSNSで助けを求めた所、仲良くしてくれていた吉峰が手を差し伸べてくれた。吉峰は一定の信用における上、同じゲームを愛するもの同士で楽しめるだろうと頼ることにしたんだとか。
「そ、そんな……私……」
翔馬の告白を聞き遂げると紗耶香は口を押えて崩れ落ちる。
息子のため、そう思って行動したことが余計に息子を苦しめていた。紗耶香には辛く、何よりも耐え難いことだった。
「今は19時を過ぎた所か……先生もまだ学校に残っておるじゃろう。それを踏まえて報告してくると良い」
時間が経ち落ち着きを見せ始めると歩矢はそっと声を掛ける。
「ええ。そうさせて頂きます。今日はありがとうございました」
紗耶香は翔馬の頭をお辞儀するように押し下げながら深々と頭を下げ謝辞を述べる。
「礼など要らん。これが儂らの仕事じゃからの。いじめの件も学校に言えば対応して貰えるじゃろう。それでもダメならば教育委員会に言うと良い。それで解決するはずじゃ。警察に行きたければ追い詰められて不安を感じるとでも言うと動いてくれるはずじゃ」
「分かりました。ありがとうございます」
再度頭を下げ、再び顔を上げると言葉を続けていく。
「では、私たちは学校に行ってきます」
最後にそれだけ言い残しお辞儀をして乗ってきた車に乗り込み、学校に向けて出発していった。
それを見届けると4人も吉峰の家を離れ一度アガたんへと戻ることにした。
和州はアガたん結成初の依頼達成の満足感に大きく背伸びをしていると大人しかった侑が疑問を投げかける。
「私、ずっと考えてたんだけどさ。ゲームで失敗した位でいじめになんてなるもんなのかな?しかもそれがずっと続くっておかしいなって思うんだよね」
顎に指をあててそんなことを言う。移動中も大人しくしていたのはこれを考えていたからだろう。
「僕らから見ればたかがゲーム。けど本人たちにとっては本気だったんだろ。それでもただの遊びの戦いなら良かったかもしれない。が、ことが起きたのはイベント本番だった。それで取返しのつかないことになってしまった、と。
それに、プライベートなことはほとんど分かんないって言ってただろ?そんなんだから学校でも庇ってくれる人なんかは居なかっただろうし輪の中から居なくなっても誰も気にしなかったんだろうな。
ただでさえ転校生なんて奇異な存在なんだ。守りが固かったらそうなるわな。」
「そっか……」
侑たちは不慣れなため精神的に影響を受け、なんとなしに暗い雰囲気が流れてしまう。最初は誰しもこんなものだ。
「ま、翔馬君も大丈夫じゃろ。学校とそれにあの母親が付いておる。問題は無いはずじゃ。
さて、夕飯どきじゃ。お主らも食べてくじゃろ?」
歩矢が雰囲気を変えるように明るい声で話し始める。
「じゃ、僕たちで作るか。3人は初めてで疲れてるだろうし休んでて良いよ」
「うん。甘えさせて貰うよ!」
「あたしはそんなんでもないがなー。頼んだー」
「私はクタクタなのです~」
和州がそれに乗じると空気は一変し、お喋りが始まる。
「全く、あいつらどこにそんな元気があったんだよ」
「本当じゃの。……儂らも始めるぞ」
そして2人はキッチンに並び立ち、また楽しい一時が流れ出すのだった。
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