第拾参話 その探偵事務所、始動につき。

 「おぉ~ここが和州の家か~」


 侑は物珍しいのかきょろきょろとしながらリビングに入ってくる。後に続く華鳴と恋奈もそうだ。


 「そんなに珍しいもんでもないんじゃないか?」

 「私の家はボロイからね~。こういうちゃんとした家に入ることって華鳴以外だとそんなにないしさ。」

 「あたしは結構広いんだなって思ったなー」

 「それは私も思いました。華鳴ちゃんと一緒なのです~」

 

 恋奈は「運命です~」と言いながら華鳴を包み込むようにくっつき、頬ずりをし始める。それには華鳴もやめろと言いつつもそこまでの嫌そうな表情はなく、楽しそうだ。


 少女たちはちょっとしたことでも話が盛り上がる。和州にとっては姦しいことこの上ない。


 普通と変わらない家に入るだけの何が楽しいのかが和州にはこれっぽっちも理解できない。よくもまあこれだけのことでこれ程までに楽しそうに出来るものだ。


 恐らくこの感覚は男にしか理解できないものなのだろう。


 「よう来たの、3人とも。改めて、儂が歩矢じゃ。探偵をしておる。」


 リビングでは入口から真っ直ぐに言った先にあるソファに微笑を湛えた歩矢がゆったりと腰を掛けて待っていた。いかにも出来る人な風格がある。


 「は、はいっ……」


 そんな雰囲気に中てられた3人は緊張で固まってしまう。侑は何とか返事できたようだが華鳴と恋奈は声すら出てこない。


 「歩矢さん?」


 次ぐ言葉があるのかと思いや変な空白だけが残り和州が次に進めと目で訴える。


 「そうじゃな。……その、まぁ、なんだ。まずは腰を掛けたまえ。先に説明をしてしまう。」


 歩矢は一度立ち上がり向かいにあるソファを指差す。


 「何、緊張してんですか、師匠。手、震えてるよ。」

 「い、いや……バイトを雇うなんぞ初めてでな。それよりも和州。今儂のことを師匠と!」

 「今は探偵の業務中だしね。……と、3人とも、飲み物は珈琲で良いか?」


 2人が話している内にソファに座って緊張も解れた様子の3人を見届けると歩矢との会話を断ち、確認を取る。


 「んー。ブラックをホットでなー。」

 「私苦いのダメだ。甘いのが良い。」

 「私は紅茶が良いのです。」


 和州と歩矢がいつもの空気感を見せたからか緊張感の欠片も残っていなかった。聞かれた飲み物を断って好きなものを注文するのは流石に自由過ぎるのではなかろうか。


 「……了解。」


 だが、何を言っても仕方ないからとため息と共にキッチンへと向かい飲み物の準備をする。


 準備が完了するとお盆に乗せ、応接間へと戻る。


 「本当にあの時は……」

 「もう良い。気にするでない。」

 「一応ですよ。これからお世話になる訳なので。」


 侑が歩矢に謝罪していた。病院でも散々していたがまたやるとは間違いでとはいえ相当にこたえたのだろう。


 「僕ももう良いと思うよ。既に何回も話してるだろ?」


 3人の前にそれぞれの飲み物と歩矢とその隣には華鳴と同じ珈琲を置き歩矢の隣に座ると和州も口出しする。


 「うん。そうだけどね。最後にってことだよ。じゃ、これからよろしくね!」

 「変わり身早すぎんだろ。」

 「それでこそ侑ちゃんです。」


 お気楽な侑に華鳴が突っ込み恋奈がフォローというもはやお決まりのようなやり取りを3人は繰り広げる。


 「そうか。じゃあ、早く本題に入ろうか。歩矢さん。」

 「うむ。そうじゃの。今からお主らにやってもらう業務を説明する。」


 和州がまた話が脱線してしまわないようにとズレそうになった話を元に戻すと視線は全て歩矢に注がれる。


 それは探偵という特殊なバイトの内容がなんなのかという好奇心の目だったり、どんなものを任されるのかという期待の目だったりする。1人分だけバイトが探偵とは関係ない視線があった気がするがそれは気にしないことにした。


 「やって貰うことは基本的には和州と同じじゃ。一通り説明するから良く聞くのじゃぞ。


 まずは何もない時は依頼主が相談に事務所へと来た時に対応する応接間のあるリビングの清掃じゃ。


 探偵は依頼が無ければ暇になるからの。その合間の仕事じゃ。


 2つ目は依頼主の対応をじゃの。依頼は電話で入ったり事務所まで直接相談をしに来たりする。


 お主ら3人は電話で要件を聞いたり直接来た時に応接間まで案内し、先ほど和州がやったようにお茶を出せば良い。」

 「私たちは話聞いたりはしないの?」

 「とりあえずはその後の依頼に直接関わる対応は儂か和州が引き継ぐ。それをやって貰うのはもっと先じゃな。」

 「分かった。」

 「じゃあ次は3つ目じゃ。お主らも現場について行き、儂と和州の指示に従って動いて貰う。


 証拠を探す時に人海戦術を使えるし、時間がかかり過ぎて1人では大変な時にローテーションで回すことが目的じゃな。必ず儂か和州が入って2人以上になるようにする故心配は要らん。」

 「僕1人でなんてやったことなんてないんだけど。」

 「これまでは念のため2人で出来る時は2人でやっておったからの。じゃが、お主のレベルも大分上がっておる故、1人でやる練習をしても良い時期じゃと思う。せっかくの機会じゃ。やってみると良い。


 とは言うてもこ奴らが少しは頼りになるようになってからにする。心配はせんで良い。」


 和州は不安そうだが歩矢は弟子の成長ためと思い、拒否がないことを良いことに先へと進める。


 「そして4つ目は依頼後に金銭の受け渡しじゃの。


 探偵と言うても職業としてやっておるもので趣味ではない。故に儂らの生活もかかっておる。金銭の受け渡しは発生するのは当然じゃな。


 最後に華鳴だけ別でやって貰いたいことがある。


 華鳴はとにかく機械方面に強いと聞いておる。じゃからメールでの受付すらない事務所を機械で色々サポートをして貰いたい。そこには依頼中にパソコンを駆使して調べものをしたりすることも含まれる。


 とりあえずはこんな所じゃ。やり方を教えるのは実際にやりながらにする。何か質問はあるかの?」


 歩矢は話し終えると3人の顔を見る。


 「はいはい!探偵事務所の名前って何?」


 侑は待ってましたとばかりに挙手をしてソファから飛び上がる。ずっと聞くタイミングを伺っていたのだ。


 「侑、お主、知らんかったのか。」


 今更なことを聞く侑に歩矢はあっけにとられる。てっきりそんなことは知っているものだとばかり思っていた。


 「玄関のドアに名前が書かれたプレートがあったはずだけど……」

 「え、そうなの?」

 「そうなのですか?私はキョロキョロとする侑ちゃんが可愛くて……」

 「あたしは見たな。あのスタイリッシュなやつだろ?」

 「そうだよ。」


 恋奈も見ていなかったようだったが、今は侑のことを思い出してデレデレしている。


 ちゃんと気づいたのは華鳴だけであまりドアを見るものではないのかと和州は疑問に思う。もしかすると和州が外観を確認してしまうのは探偵としての癖なのかもしれない。


 「儂らの探偵事務所の名前は『アガル探偵事務所』じゃよ。」

 「パリピ?」

 「そのアガルでないわい。和州と儂の師匠の阿多武と儂の获掛留を合わせたんじゃ。」

 「僕が探偵やるって言ったら大喜びで获掛留探偵事務所から変更したんだったよな。」

 「和州!?何を言わんでも良いことを言っておる。こ奴らも儂を見てにまにまとしておるではないか。儂に威厳を保たせてくれんのか!?」


 威厳など既にないも同然なはずだが、和州に昔のことを暴露された歩矢は顔が赤くなる。当時も他人には見せられないような喜びようだったためそれはそうなってしまうのも無理は無いだろう。


 そんな様子を見守る3人も楽しそうだ。にやつきを通り過ぎ笑いを堪えられていない。


 「けど、アガたんね。分かったよ。」


 落ち着いてくると侑は適当極まりない略し方をする。


 「アガたんは止めんかの……」

 「そうだな。締まりがない。」

 「え~良いじゃん良いじゃん!」


 歩矢と和州の2人は抗議の声を上げたが妙に気に入ったらしい侑は頑として譲ろうとはせずしぶしぶ折れるしかなかった。


 「他に何か質問はあるかの?」


 歩矢は咳払い1つで緩み切った空気を変えつと同時に話題をすり替える。


 「じゃあ、あたしから1個良いか?」


 華鳴が胸元で小さく手を挙げる。


 「何じゃ?」

 「あたしが使うパソコンはどこだ?一応見ておきたいからなー」

 「まだ準備しておらんかったの……支払いはこちらでする故、好きなものを買うと良い。」

 「んー、だったらうちに使ってないのあったからそれ持ってきた方が良いかもなー。新しいのより使ったことあるやつの方が良い。スペックも結構良いからこれで十分だろー」


 そして小柄な女の子1人に持たせる訳にはいかないからと昼食後に和州が一緒に取りにいくことになった。


 今はもうほのぼのとした緩めの空気感で最初の緊張感は完全に消え去っている。今後も大丈夫そうだと和州は1人、密かに胸を撫で下ろした。


 そんなことがあり和州と華鳴は住宅街にある白宮と標識のついた家の前にいた。大きくもなく小さくもない一般的な大きさの家で、和州たちが通う高校に近い位置にある。


 目的は勿論、華鳴のパソコンの回収だ。

 

 「ただいまー。和州も入って良いぞ。」

 「お邪魔します。」


 玄関を潜っていくとトタトタと廊下を走る足音が聞こえてくる。


 そして姿を現したのは1人のサモエドだった。真っ白な長い毛並みをゆさゆさと揺らしながらカールした尻尾をちぎれんばかりにフリフリしている。


 華鳴が床に膝をついて両手を前に出すと大喜びで飛びつき後ろに押し倒し顔を舐めまわす。


 「よーし、わふ。良い子だ良い子だ。よしよし。」


 華鳴はというとそんなのも気にせず、わふという名前のサモエドを抱きしめもふもふな体をわしゃわしゃと撫でまわしている。そうしている顔は和州も見たことない蕩けそうな笑顔を浮かべていて大の動物好きであることが分かる。


 そんな帰宅の挨拶も一通り終わるとわふは今度は和州の方を向き顔を見上げる。


 「頭なら撫でても大丈夫だと思うぞ。」

 「そうか。じゃあ、失礼して。」


 和州が優しく頭に手を置くと嬉しそうに目を瞑りされるがままになる。流石はサモエド。人間が大好きな犬種といったところか。


 この愛らしさには和州も思わず顔が緩んでしまう。


 「どーだ。可愛いだろー」


 華鳴はわふの大きな体をその腕に抱いて顔をうずめながら誇らしげに言う。


 「ああ。僕は初対面のはずなのに凄いな。」

 「それがサモエドだからな。侑なんかは抱き付いて離さない位に可愛がってるぞ。」

 「あ~やってそう。」


 それから暫く全く嫌がる気配を見せないわふをもふり続け、それが終わった今は使われていないというパソコンを持ち出すべく名残惜しくも場所を移しそれの前に立っていた。


 「デカいな。」

 「そーだなー。箱が必要そーだなー。ちょっと待ってろー。」


 その大きさは中々なもので所謂ゲーミングPCというやつだった。和州は実物を見るのは初めてで密かに感動を覚える。


 和州がちょっとした好奇心に負けキーボードを触ったりしていると大きな段ボールを持った華鳴が戻ってきた。


 「これなら十分だろー」

 「そうだな。じゃ、手早く詰め込んで帰るとするか。設置もしなきゃなんないしな。」

 「んー」


 そうしてパソコンが詰め込まれた段ボールを和州が持ち家へと向かって行った。


 そうした帰り道の途中のこと。和州は1つ相談を持ち掛けた。


 「なぁ、白宮。」

 「どしたー?」

 「僕さ、十種神宝を全部集めたいと思ってるんだ。」


 こうして和州は泥棒をするつもりはないこと、十種神宝を集めたい理由、十種神宝を入手するには盗みが必要かもしれないことを話した。


 「でもそれで彩羽とは揉めたくなくてな……で、相談というか……」

 「なるほどなー。あたしは別に良いとは思うけど侑はどうだろうなー」


 華鳴はパーカーのポケットに手を突っ込んだまま「んー」と唸って思案する。


 「あいつも両親には思うところがあるだろうしそれをしっかり話せば大丈夫じゃないか?まぁ、あたしもフォローはしてみるから安心して良いぞー。」

 「そっか。ありがとな。」

 「んー」


 そうして話が終わっても2人は雑談を続け歩みを進めていった。


 「ただいま。」

 「おかえり。随分と大きいのう。どこに置こうか……」

 「確か僕が前に使ってた机があったはずだからそれに……」

 「あぁ、それだと丁度良いかもしれんの。」


 そして机を引っ張り出し、パソコンを設置するだけで時間は過ぎていき日が暮れた。


 「今日は依頼も来んじゃろ。お主らも帰って良いぞ。では、明日も同じ時間にな。」

 「その前に僕から1つ良いか?」

 「和州、どうしたの?」


 廊下の方へと体を向けていた侑は回れ右をして和州に向き直る。


 「聞いて欲しいことがある。特に彩羽にな。」


 和州は華鳴にもしたような話を難しい顔をした侑に向かってもう一度話した。華鳴のアドバイス通り両親の辺りを特に丁寧にすることも忘れずに。


 「……」


 話し終えても侑は一言も発さずに下唇を噛み、何かを堪えるような顔をするだけだ。和州の話したことに不満があったのは明らかだ。


 「侑。」


 それを見かねた華鳴が約束通りにフォローに入ると侑は隣に立つ少女に目を向ける。


 「分かってやれ。」

 「華鳴……」


 2人がただ見つめ合うだけの時間が流れる。それだけで場の緊張は高まっていき時間感覚が引き延ばされ1秒1秒があり得ない程に長く感じる。


 だが、そんな時間にも終わりは訪れる。


 「少し、考えさせて。明日はちゃんと来るから。じゃ。」


 侑は和州を見るとそうとだけ告げた。侑からは考えられない暗い声で真剣に考えているのだけは和州にも伝わった。


 「じゃあ、明日な。」


 だから、和州も余計に付け足すことはせず返すのはそれだけにした。


 それを確認すると華鳴と恋奈も侑の後をついていきそこには静寂が訪れる。


 「んぐぅぅぅぅぅぅぅ。」


 不意に疲れた様子の歩矢は大きく伸びをして沈黙を破った。


 「いやー大仕事をした気分じゃ。和州もお疲れの。今日は助かったわい。」

 「こういう仕事だからね。歩矢さんこそお疲れ様です。昨日練習してたのが無事実ったんじゃない?」

 「んなっ、お、お主見ておったのか……」

 「寝静まる頃に電気を付けて一人で活き活きと話してたね。」

 「初めてで緊張しておったんじゃよ。うぅ……もう忘れておくれ。」


 歩矢は羞恥に耐え切れずソファに崩れ落ち真っ赤になった顔を隠す。


 「練習するのを恥ずかしがらなくても……」

 「見られんようにしとったのに見つかると恥ずかしいんじゃ。あぁ、何たる辱めか。」

 「散々だらしない恰好をしておいてカッコいいも何もあったもんじゃないと思うけどなぁ……」

 「最近は少しづつやってるじゃろうが。」

 「そうでしたね。……さてと、夕飯を作るか。」


 和州を見る歩矢の目が鋭くなってきている。和州はこれ以上に突くのは得策ではないと判断しキッチンへと向かった。


 それに気づくと歩矢も一緒に作るべく和州の隣に並び立つ。


 「良く、頑張ったの。」


 そしてボソッとそれだけ呟くのだった。

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