第漆話 その嘘、優しさにつき。

 「まずは、歩矢。歩紗からはどういう風に教えられてるんだい?」


 響香は、それがどんなものかは予想はついているが一応確認を取る。


 「儂はよく観察して、話を聞いてちゃんと考察するように言われておった。そのためにこうでなければならないという固定概念は捨てるのじゃとも教えられたの。柔軟に見聞きして考えることが大切じゃと。」

 「うん、予想通りって感じだねぇ。バイトとして探偵をしてた時からの教えだね。歩紗はずっと大切にしてたからね。じゃあ、そのやり方はほぼマスターしてると思っても大丈夫かい?」

 「昨日のことがある故、素直に頷きずらいのじゃがの。とりあえずは大丈夫じゃとは思う。曲がりなりにもずっとこれでやってきているのでな。」


 前日の依頼で醜男の前で醜態を晒した挙句に助けられたことを思い出し苦虫を噛み潰したような表情となる。それだけ歩矢にとっては屈辱的で思い出したくない出来事だった。


 そうにはならないための今回の弟子入りだ。寝起きの歩矢とは打って変わって今は別人と見紛う程の真剣な表情を浮かべている。


 「あたしはそんな顔をするようなことでもないと思うけどねぇ。確か15だったかい?その歳で母親を亡くして、父親もなく1人で1ヶ月もやって来たんだ。十分凄いことだと思うよ?」


 歩矢の両親は歩矢がまだ幼い頃に離婚してしまい、歩矢は母親の歩紗に引き取られたため歩矢には父親がいない。歩矢視点では夫婦仲は円満なもの見えていたのだが、子供には分からない気苦労があったということだろう。


 離婚後に歩矢が歩紗に尋ねても謝るばかりで何も教えて貰えず理由は聞けずじまいになってしまった。


 だが、今では歩矢は父親の顔すらほとんど思い出せず特に探そうとも思ってはいない。


 それ以来、父親は戻ってくることが無い。つまりは歩矢にも愛想を尽くしているということだろう。そんな相手を探さないのは、それが例え実の親が相手だろうと当然のように思える。


 「母が築いてきたものを失わせたくないのでな。」

 「そうかい。随分と殊勝な心がけだねぇ。」


 響香は快活に笑い本題に入る。


 「じゃあ、歩矢。あたしからはあんたに足りてないものを教えようか。」

 「うむ。頼んだ。」

 「はいよ。あんたに足りないもんはねぇ、経験と考え方だよ。」

 「?」


 考え方と言われてもピンとこない歩矢は頭にクエスチョンマークを浮かべている。


 「経験は分かるだろうから省かせて貰うよ。


 考え方ってのは自分の経験を元にして推理をやるって話だね。言ってしまえばこういう時は大体こうだっていう風にパターン化しちまうって話だね。この時にやることはまずこれだっていうのもあるね。


 ほら、現場についたらまずは依頼主の話を聞くだろう?その決まった動き,考え方をどの状況にでも当てはめていけるようにするってことさ。


 歩紗は観察して当時の状況を予想してっていかにも探偵らしいことを言ってると思うけど、大多数の人間はそんなことは出来ないからね。


 これだと経験を積む程精度が上がってく。そして、教えられれば初心者でもやりやすい。だから、歩紗に教えられた観察と組み合わせてやればかなり良くなると思うよ。


 固定観念は持つななんて歩紗のやり方とは真逆だけどねぇ。これはこれでやりやすくて良いもんだよ。」

 「そんなやり方、聞いたこともないのう。じゃが、効果はありそうじゃ。確かに、事例が似ておると犯人の傾向も似たようなものじゃの。」


 響香はあたかもそれが普通だと言わんばかりに言いのけるが、歩矢にとっては黒船来航のような驚きがあった。


 響香の言う通り歩紗に教えられた固定概念は捨てるというやり方とは逆の発想ながらも効果は抜群に思われた。そして、最初から犯人である可能性の高い人物に焦点を当てて捜査を進めていく訳だから上手くいけば時間とリソースの削減にまで繋がる。


 「だろう?これはあたしが考えたんだよ。


 今、あんたが言った通り同じような現場なら犯人も大体似たような立場の人間になる。あたしも探偵をしてた時はそんな現場を何回も見てきたからねぇ。似たような状況は全部同じにしか見えなかったからこうするようになったんだよ。


 響香は最初っから決めつけにかかるのは嫌だって言ってあまり好かなかったようだけどね。」


 歩矢にとって今一番大切なことは母の获掛留かがる探偵事務所の名を落とさずに引き継いでいくことであって、全く同じやり方であることに固執はない。


 やり方が違うだけで自分の能力がアップすると聞いて黙ってられる訳がない。それをやるだけで母の事務所を守れるならいくらでもやり方を変えてしまえるというものだ。なにせ、これだけが歩矢に形あるものとして残された唯一の誇りの象徴でもあったのだから。


 「是非、そのやり方で頼む。」

 「そうかい。散々カッコつけて言っといて何なんだけど、実際に現場でやった方が教えやすい。だから、依頼が入ったら連絡でも寄越しな。教えながら手伝ってやる。だから、今のところは京谷に家事でも教わってきな。」

 「了解じゃ。」


 歩矢は敬礼と共にパタパタと京谷の元へと駆けていく。


 こうして歩矢は探偵としての考え方を覚え、経験を積んでいった。


 時には、和州にも見せたピッキングのような探偵には必要なのかは要審議なものまで教えられながら月日は過ぎていく。


 その間に歩矢の探偵としての力はめきめきと成長していた。響香のサポートはついたままだが、1人で解決出来るほどになっていた。


 家事の方もある程度は出来るようになったが性格までは直らず、気を抜けば部屋が散らかるし、料理をしないこともしばしばだった。


 そして歩矢と和州が出会うことになる日の朝、歩矢の元に1つの依頼が入った。


 それは工事現場の監督からのものだった。


 2週間ほど前、工事中の現場で建材が落ちてしまい2人が死亡してしまった。警察は事故として処理しようとしているが、安全確認もしっかりしていたため納得がいかないから調査を依頼したいといった内容のもの。


 歩矢は依頼を受け、いつものように響香へと連絡を入れ手解きをお願いしようとしたがいつまで待っても連絡がつかない。


 「こんなのは初めてじゃのう……2週間ほど前は忙しいと言うておったがまた何かしているのかの?あまり待たせる訳にもいかんしのう。」


 京谷に電話をかけても結果は同じだったため、仕方なく現場には1人で行くことにした。


 現場に着くと警察関係者はおらず件の建材だけがその場に残されていた。隣には建設中の建物があり、その前の通りにある道路に建材がバラバラに積み重なっている状態だ。


 2週間前の話のため、被害者の死体は片付けられておりその下には何もなかった。


 これが事故なのか事件なのかを知るには調べるしかない。


 まずは当時の状況を知るために母の持つコネを使い警察から情報を仕入れることにした。


 だが、どうにも詳しくは調査もせずに事故と判断されたようだった。


 どうして詳しく調査しなかったのかと追及をしても歯切れが悪く、協力を仰げば歩紗の力で何とかなるはずなのに当時の情報の提示も何もなかった。


 「いよいよきな臭くなってきたのう。まずは現場の確認と聞き込みかの。」


 歩矢は先に現場確認を始めたが、やはり参考になりそうなものは警察が回収したのか何もなかった。だったら聞き込みだと現場の監督に話を聞くと直ぐに情報が得られた。


 「建材が落下したのは丁度俺らが休憩を取ってた時だったか。その時に直ぐに上を見た奴がいてな。そいつが言うには人影を見たらしいんだ。これを警察にも話したが関係ないだろうと聞いて貰えねえんだ。どう思うよ?探偵さん。」

 「いや、関係あるも何も本当に居たんじゃったらそ奴が犯人じゃと思うのじゃが……」

 「やっぱりあんたもそう思うか。」


 これほどまでに怪しい人間が浮上して犯人でなかった試しなど歩矢にはない。推理小説のように犯罪を犯しておいてやたら賢い人間などそうそういない。たとえ犯人が優秀だとしても犯罪を犯して冷静でいられるはずもなく、知能指数が数段下がってしまっているのが実情だ。


 なら歩矢としては響香の教えに従い、その人影が犯人なものとして進めていくしかない。


 だが、この情報で警察が動かないのは怪しい。これは警察が何か絡んでいるのかもしれない。もしかしたら何かしらの圧力があって調査を打ち切ろうとしているのかもしれないとも訝しむ。


 ここでいくら警察のことを考察しても得られるものはない。可能性を挙げるだけよりも行動へと移さない限り事態は収拾しない。


 「次は監視カメラの映像でも見てみるかの。」


 頭を切り替え監視カメラの映像を見るべく管理している人の元へと向かう。


 管理人曰く警察に見せないようにとのことだったが、歩矢が警察関係だと名乗るとあっさりと見せて貰うことが出来た。


 早速該当時間を画面に表示させる。そこはまだ事件発生前で閑散としている。


 少し時間が経つと問題の建材がまとめられて置かれている場所へと燕尾服を着た男が上がっていく様子が観察された。


 「この男は彩羽家の……?こ奴が犯人なのかの?だが、何故……」


 映像を止めてよく見ると男は見覚えのある顔で、燕尾服の襟には家紋が付いていた。


 この男のことが直ぐに分かったのは、同じ家紋を数週前にも見ていたからだ。


 この家紋は彩羽家のものだ。


 彩羽家は悪事をしていたが当時はあくまで可能性があるだけで警察は動くことが出来なかった。そのため歩矢の元へと依頼が入り、歩矢と響香,京谷の3人で事件に挑み無事解決したのだ。その後に2人は何か金目のものを盗んでいたが、勿論のこと歩矢は無視した。


 この男は服装で分かるように彩羽家の執事だ。だが、あくまで執事であるだけで悪事には関わっていなかったため何もせずに見逃した相手だ。今は捕まった彩羽家の当主に代わり他の執事2人と残された6歳の娘1人を育てながら、差し押さえられた家の代わりに住む場所を探していたはずだ。もしかするともう移り住んでいる頃かもしれない。


 だから歩矢は今カメラに写っている燕尾服の男を知っていた。


 建材が置いてある場所は高い位置にあるためにカメラの死角になっているが映像を進めていく。


 「ん……?」


 少し様子を観察していると2人の通行人が現れる。


 彼らは執事の男以上に見慣れた顔で、正に今日も現場に来る前に電話を掛けた相手の響香と京谷だった。


 工事中の建物の真下を通った時、建材が画面上部の方から落下してくる。


 「あ、危ないのじゃっ」


 その光景には、歩矢も意味がないとは分かっていても思わず叫んでしまう。


 だが、そんな歩矢の願いとは裏腹に建材は歩矢の師匠である2人目掛けて落下していき押し潰す。


 その後もいくらか見守ったが一向に動く様子はない。恐らくは即死だったのだろう。


 そして、降りてきた執事の男は何かを探しているのか死んだ2人の懐をごそごそと漁り、現場を離れていった。


 「こ、こんなの嘘そじゃ……」


 歩矢はあまりにものショックでその場から動けなくなってしまった。映像でだが自分の師が殺されるところを目撃してしまったのだから当然だろう。


 だが、ここで折れてしまう訳にはいかないと零れそうになる涙を必死に堪え、犯人の確保に動き出す。


 歩矢は念のため前後数時間分の監視カメラの映像を早送りで調べ、建材があった場所には執事以外には誰もいなかったことを確認した。


 2人の懐をあさる怪しい動きからしてもこの執事が犯人で間違いはないだろう。これで入れ替わってましたなどという事例は歩矢の記憶にもない。


 犯人が分かれば虱潰しに候補地を当たっていくだけだ。


 結果的に執事と彩羽家の娘は彩羽家の親戚に匿われていた。


 執事を捕らえた歩矢は事情を問い詰めた。最初は渋っていた執事だが歩矢の剣幕には敵わず口を開いた。


 その執事が言うには、犯行動機はやはりというか、先日歩矢が受けた依頼が原因だった。


 その時の歩矢たちは完膚なきまでに彩羽家を潰し、当主とその関係者を逮捕まで追いやった。だが、その事実に絶望に瀕した当主らは刑務所内で自殺してしまったそうだ。


 当主とその妻の身柄を引き取った執事たち3人は現状で彩羽家に使え得るコネを全て使い、死者を生き返らせることが出来る噂との死返玉まかるかえしのたまを入手した。


 結果的には死返玉で生き返らせることには成功したが、目論見は失敗だった。


 死返玉を使うことで当主夫婦の心臓を動かすことは出来た。だが、再び目を覚ますことがなく、その願いは叶わなかったのだとか。


 更にはその代償は大きく、死返玉を使った執事の1人は死に、もう1人は瀕死状態だそうだ。


 そんなことだから、響香たちが持つ道返玉で魂を生きた体に下せば夫婦も目を覚ますかもしれないと犯行に及んだということだった。


 これを聞き終えた歩矢は警察に身柄を引き渡しお縄につかせた。歩矢に証拠まで出されると流石に放っておくことも出来ず警察はあっさりと執事を逮捕した。


 こうして警察が動かなかった理由を歩矢が知ることはなかったが事件は無事解決となったのだ。





 「それで、の……あ奴らとのお主の面倒を見る約束を思い出してお主の元に行った訳じゃ。あとはお主の知っての通りじゃ。じゃが、子供にこれを伝えるのは気が引けてしもうたから事故だったという嘘をついたがの。


 それとの……お主に渡したロケットペンダント。あれを調べれば儂らの写真が出てくるはずじゃ。犯人の疑いがある儂から渡されたものを調べもしないとはお主もまだまだじゃの。」

 「そ、そんなことって……」


 雨が降る中、歩矢の話を聞き終えた和州の声は震えていた。


 「最後に忠告じゃ、和州よ。道返玉はもう使うのは控えるのじゃぞ。残りの執事のように十種神宝を使うには代償の支払いが必要なようじゃからの。道返玉にもなにがあるか分からん、から、の。」


 歩矢の声は徐々に弱々しく途切れ途切れになりながらもを力を振り絞り最後の言葉を振り絞り和州に告げる。


 「あい、し、て、おった、ぞ……わす、よ……」

 

 それっきり歩矢は目を開けることがなく、力が抜けきってしまった。


 「歩矢さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」


 悲痛に上げられる和州の声はただ虚しく響くばかりであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る