第9話 謎が女の化粧なら、ミステリアスは厚化粧

「これはさんの小説という事?」

「どうかな?」

「さぁ」

 確かに聞いて答えるくらいなら、最初から名前は書いておくだろうけれど、この期に及んでしらばっくれるのは、更なる人格への疑いをよぶだけだ。

「どうして僕のところに?」

 まるで小学生時代のエジソンみたく、ひたすらに僕は胸中の疑問を突然現れた彼女に問いかけた。質問の多い男は嫌われると、映画か低俗な、それでいて好奇心に負けて立ち読みしてしまった恋愛指南書にでも書いてあった気がするが、未知との遭遇を体験した人類が果たして、己の宗教的信条に則って博愛の精神を体現できるかどうかは限りなく怪しい。それが同胞たる人間であっても、異教徒として、悪魔に憑りつかれた哀れな者として、正義の名のもとに断罪したのだから、宇宙人だろうが、謎のメンヘラ少女だろうが、ほんの少しでも異質であれば糾弾される。

 それが議会制民主主義を権威とし、多様性が王権を得た現代であっても。


「これはきっと運命だよ」


 人間は互いに特権を認めず、四民平等であろうとしていても、大学生にだけは特権がある。それというのも、己の主義主張を柔軟に変革できるモラトリアム期間が設けられているという点だ。

 大学生であるなら、将来を夢みてバンドを結成したり、寿命を縮めると知っていても遥か先の出来事だと信じて飲酒と喫煙に手をのばしたり、あるいは教授の指導下で学識を高めてゆきつつも学外では動物よりも動物的に性交に耽ったり。動物には繁殖期があるが、人間には避妊という叡智によって、快楽のみを享受するという、これこそ特権があり、それはたとえ動物愛護団体のリーダーとして動物の権利向上をうたっていても、己の優越的身分までは放棄しないだろう。

 そして今日、僕は運命否定論者へと鞍替くらがえしたのであった。


 例えば。例えばだが、文学少女が抱える未発表の小説が書かれた原稿用紙の束が、突風によって舞ったのを、偶然、僕が歩いていたためにそれらを受け止め、『よかったら、感想聞かせてください!』と恥ずかしくも熱意のある声で頼まれて以下略な人生を歩んだとすれば、それはなるほど、運命の仕業やもしれない。

 しかし、僕が何の因果があってか、原稿用紙の入った封筒がのだ。そしてその封筒には、素性を明かさないようにと、何の個人情報も表記されていなかった。したがって、郵便局などのサービスを介さずに僕の郵便受けに、些末に、乱雑に放り込まれたのは、他でもなく彼女の手によってなされたことは事実であり、それを運命と呼ぶのは、もはやカルトの領域だ。


「どういうつもり?」

「ボクは秋君に読んでもらいたかった。それだけじゃダメ?」

 上目遣いで尋ねられても、あいにく恋仲ではないため、動機としては弱く、ニヤニヤしながら『ダメじゃないよ』なんて口から出るはずはなかった。

 僕はいっさいを忘却し、過去現在未来を焼き払うかのように、もう一度ポケットからマッチ箱を取り出す。

 しかし、僕の手には再び天然水が注がれ、100円で購入した時代錯誤な代物は、ついに使命を全うすることなく、不完全燃焼さえも起こせないガラクタへとなり下がった。僕とお似合いなので、捨てずに飾っておこうかしら。

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