持続的なメンヘラ供給記

綾波 宗水

第一章

第1話 サステイナブルでメランコリックな日常

 その日僕は、一切合切いっさいがっさいに見切りをつけた。


 この世には何も意味が無いと。ニヒリズム万歳とさえも感じない徹底的な虚無が、輝かしいキャンパスの煌々とした青空のもとでもって、今密かに発露しようとしているのであった。

 さりとて、僕はかつてのみたく、大学を完全なる悪として、己の拳と学生としての知力を振り絞って、視界に映り込む清掃のおばちゃんも教員も人生をまっとうしている男女の学生たちをことごとく破壊しようとは思っていない。

 いや、破壊衝動が皆無という訳ではないのだが、これは単純な論理の話だ。

 つまり、僕が彼らを敵対勢力として行動に出たその時その瞬間に、実は僕こそが彼らの存在を認めてしまっているという事になるのだ。

 非国民だと非難されるのは結局のところ同じ国家に属する人間なのであって、そもそもの主義主張と反するという点に気づいていない。


「ごちそうさまでした」

 行儀よく手を合わせて桜木さくらぎ先輩は僕の分まで綺麗に平らげた二つのパフェグラスをテーブルの端へと追いやって結露で濡れに濡れたお冷を飲む。

 この世に意味はない。たとえ久方ぶりにパフェを頼んだにもかかわらず、先輩と女性という特権を振りかざして徴発ちょうはつされた生クリームとアイスやチョコバナナたちにだって意味はないのだ。一切はただ過ぎ去ります。しかし無価値な世間では恥の多い生涯を送ることはありません。


「そんな目しないの、投稿できるように君の分も残してあるから」

 そう言ってお代官と越後屋との間で金子きんすが手渡されているかのようにして、パフェに乗っけられていたミントを二人分差し出される。

 一体全体、日本人の何パーセントの人間がを食べるのだろうか。

 資本主義と産業革命による近代社会は、こういう、見栄の為に無用な伐採を行うのが悲しき現実なのである。僕はパフェが搾取された被支配層として今こそ団結しなければならないのだ。立ち上がれ、ミントたちよ。


「ここで首絞めたら嫌?」

「店員さんに迷惑です」

「殺されるのはいいんだ」

「先輩が捕まる瞬間とか見てみたいんで」

「君を殺して私も死んだら?」

「その時は文豪みたいな遺書残したいんで、あらかじめ教えておいてください」

「じゃあ、今から買いにいこっか」


 二人合わせて1000円というパフェにしてはそう高くない代金を支払って、寒空に再び我が身を晒した。暖房の効いた空間でのびのびと過ごしながら、自己承認欲求を満たす為のSNS用の写真が撮れたのだから、悪くない値段だ。僕のミントには何人が『いいね』するのだろう。

 先輩は何だかんだでネットでの知り合いが多いようで、通知音が連続していた。そんな僕らは便箋と筆ペンを探し求めて、虚ろな目をして徘徊を再開した。

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