第4話 憧れのカノジョに告白されました

 まさかの相手だった。天宮さんが手紙の主だったとは。手紙を入れた素振りなどいっさい見せなかったのに。素晴らしい演技力だ。女優にだってなれるだろう。


 入り口から一歩ずつ、着実に天宮さんが俺に近づいてくる。そして、少し距離を取って天宮さんが立ち止まる。


「手紙、天宮さんだったの?」

「そう」


 初めて俺に向けられた言葉。あちらから話しかけられるのは入学してから初めてだ。嬉しい反面、彼女が百合であるという変わらぬ事実に胸がチクリとする。

 おそらくは、昨日のことに対する口止めだろう。颯斗に話さなくて本当に良かった。時すでに遅しと知れば、どんな報いを受けるか想像し得ない。


「昨日のことだよね? 安心して、誰にも言ってないから」


 天宮さんがスカートの裾を掴み、下を向く。よほど見られたことがショックだったのだろう。でも逆に俺で良かったんじゃないだろうか。弱みに付け込むタイプに見られていたら、それこそ大惨事だっただろうから。


「そうじゃないの」

「え?」


 そうじゃないとは、何に対しての言葉だろうか?

 呼び出したのは昨日のことじゃない、ということなのか。はたまた、百合じゃない、ということなのか。


「あたしのカレシになって欲しいの」

「えっ!?」


 まさかの告白に心臓が破裂寸前だ。

 だが、おかしい。百合な彼女が、俺のどこに惹かれたって言うんだ? 俺との接点はエロ本を取りに行った時だけだろう。あんなシーンで惚れるはずがない。


「それ……どういう?」

「カレシのフリをして欲しいってこと」

「あぁ、そういうこと」


 一瞬にして我に返る。正カレではなく偽カレか。つーか、それ何のために?


「昨日、初めてなの。千紗があんなことしてきたの」

「初めてって、それまでにも面識あったの?」


 昨日の光景に違和感を覚えた理由はもうひとつある。百合に驚いてそれどころじゃなかったが、よく考えると学内でふたりが話をしている姿を見たことなど一度もなかったのだ。てっきり面識のない関係だと思っていたが、千紗と呼んでいるところを見ると思い違いのようだ。


「うん。入学してすぐ千紗から声を掛けられて、それからずっと親友」

「親友って、ふたりがしゃべってるの見たことないんだけど」

「あたしたちが話すのはふたりきりの時だけだから。出会ってすぐに、千紗からそうして欲しいって言われたの」

「へぇ、なんか訳アリな感じだな。でも、昨日が初めてってことはそれまでは百合じゃなかった、と?」

「当たり前よっ。あたし、ノーマルなんだから。千紗からキスを迫られてビックリしたわよ」


 胸の前に拳を構え、必死に天宮さんは訴える。


「そこへ俺がやってきたってわけか」

「そう。変な本、取りにね」


 少し目を細めて俺を見てくる。


「あ、あれは友達のもんなんだ。預かってくれって言われただけだ」

「え? そうなの? 勘違いしてごめん」


 ――スマンっ、颯斗。親友を利用するような真似して。許してくれっ。


「でも、なんで俺? 天宮さんモテるし、ほかにいくらでも――」

「ダメなの」

「え?」


 ふたたびスカートの裾を掴み、天宮さんが下を向く。しかし、今度は少し頬を赤く染めている。夕日のせいじゃないとわかるほどに赤い。


 ――えっ!? それって、つまり俺じゃないとダメってこと!? 俺にゾッコンラブっつーことか。俺も罪な男だな。


「あたし、気になる男の人の前だとあがっちゃってしゃべれなくなるの。だから、いつも告白されても恥ずかしくて断っちゃって」

「え」


 なんか思ってたのと違う。その前提があって、今の俺との会話から察するに――


「キミのことは何とも思ってないから頼みやすいかなって」


 ――ですよねーー! だと思ったよ。クソ腹立ってきた!


「断る」

「え」


 さっきまで下を向いていた彼女は不思議そうな面持ちでこちらを見る。


「ほか当たってくれ」


 そう言って天宮さんの横を歩いて行く。


「待って! なんでよ!」

「当たり前だろ! そんな失礼な言い方されて、はいそうですかって引き受けると思うか?」

「ごめん。言い直す。こんくらいは好きかもしんない」


 彼女は親指と人差し指を使って距離を表す。それでも、説得力に欠ける。なにせ、その指、ほぼくっ付いてるじゃん。好きの距離、数ミリ以下じゃん。


「あとはご自分で解決してください」

「お願いっ。なんでもひとつだけ言うこと聞くからっ」


 その言葉にピタリと足が止まる。彼女の方を振り返り、一言。


「じゃあ、正カレに――」

「ムリ。言ったよね? 何とも思わないって」


 何となくわかってた。なんでもっていう言葉ほど曖昧なものはないから。結局、なんでもじゃないじゃん。まぁ、俺も身の程をわきまえろって感じだけど。

 くるりと反転し、入り口に向かって歩いて行く。


「待って! ほかには?」


 ふたたび、くるりと反転して一言。


「おっぱい触らせて欲しい」


 少しハードルを下げて提案してみた。どうせ却下なのはわかってますよ。ダメもとで言ってみただけ。


「わかった」


 そうだろう、そうだろう。ダメに決まって――ええっ!?!? 良いの!?


「いやいや、冗談だから。無理しなくて良いから」

「こっち来て」


 会話には返答せず、天宮さんは先に入り口とは反対側に歩いて行く。あまりの展開に足が動かない。


「なにしてんの? 早く」


 途中で立ち止まり、こちらを見て言ってきた。

 あの堂々っぷり。案外、ビッチなのだろうか?

 据え膳食わぬは男の恥だ。意を決して彼女のあとを追った。


 着いた先は建物の陰。建物といっても屋上の隅に置かれたコンクリートキューブのようなものだ。人の高さ以上もあるそれは何のために設置されているのかわからない。校舎内から突き出ているのだろうか。

 物陰には青いふたり用ベンチが置かれていた。その脇に彼女が立っている。


「なんでこんなとこにベンチが?」

「良いから座って」


 催促され、渋々ベンチに腰を下ろす。ここでおっぱいを触らせるというのか。結構、大胆なんだな。っつっても制服の上からだろうけど。生でなんてあり得ないから。


「恥ずかしいから目とじてくれる?」

「あぁ、良いけど」


 ベンチに座る俺の前に彼女が立っている。その光景から一瞬にして暗闇に陥る。

 目を閉じてすぐ、シュルシュルと服が擦れる音がする。


 ――えっ!? 上着、脱いでんの!? 生で触らせる気!?


 頭が飛びそうになる中、声が聞こえてくる。


「じゃあ、右手の人差し指だけ前に出してくれる?」


 言われるがままに人差し指だけを立たせて前へ向ける。


「それじゃあ、いくね?」

「はい」


 あまりのシチュに敬語になってしまう。


「――ッ!!」


 人差し指の先にとんでもなく柔らかいものが当たる。少しだけ指先に力を入れて押し返すと、張りのある弾力が指を跳ね返す。


 これがおっぱい……凄すぎ。


 右手を下におろし、目を閉じたまま呆然とする。

 ふたたび、シュルシュルと服が擦れる音がしたあと、彼女の艶めかしい声を浴びる。


「はい、目を開けて?」


 目を開けてみると、目の前には頬を赤く染めた天宮さんが立っていた。目を瞑る前と同じ構図だが、彼女の表情だけが違っている。これはマジで触ったっぽいな。引き受けるしかなさそうだな。

 彼女の決意のほどを知り、俺も決意を固めた。


「どうだった?」

「最高でした」

「じゃあ、さっきの話……」

「お引き受けします」

「ホント!? ありがとう」

「――ッ!」


 引き受けてもらえると知ってすぐ、彼女はしゃがみ、上目遣いでベンチに座る俺を覗き込んできた。彼女の満面の笑みは、ある意味、おっぱいを触る以上の破壊力だった。

 それと同時に、こんな仕草を見せるから、男女問わず勘違いさせるんだろうなぁとも思った。


 次の瞬間、あの錆びたドアが擦れる音が耳をつく。誰かが屋上に侵入してきたようだ。

 その音が聞こえてすぐ呼びかけられる。


「来たわよ、真白」


 とても洗練された声。天宮さんよりも低めのトーンだが、清楚さを感じさせる。

 誰の声かわからない俺をよそに、天宮さんが先に物陰から出て行った。


「あっ、ここ、ここ、千紗」


 ――千紗っ!? それって……。


 まだ姿は見ていないが、その瞬間、侵入者が星乃さんだとわかった。

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