愚にもつかない

「何言ってる、愚はただの人間だぞ」


「はァ!?」

「人間だぞ」

「説明しろ所長!」


「愚は単に肝が太いだけで常人だ。

化けてるのは後ろの二人。ヒゲのほうは1345年、ヨーロッパで確認された保菌者と同一の個体だ。細胞分裂の制御に異常をきたし現代まで生き永らえて来た黒死病の原因だ。デカいほうは更に古い。なんでも天台宗の高僧が入定に失敗して蘇生し、以後世直しを兼ねて国内を彷徨いていたようだが、愚の犯罪を止めようとつきまとっているものの彼の視力が無いことと、愚の体臭が薄いせいでいまだに「発見」できていないらしい。経歴で言えばこいつが最悪だ。ときの為政者から軍人、文民、一般市民に至るまでこいつが手を下した回数は1万回をくだらない。死体が発見された事件のうち7割はこいつが関わっているという報告があるぐらいだ。眉唾だがな」


「マジっすか…」

「『マジっすか』!?」

「どういうことなの…

ていうか、その保菌者くん放置するのヤバいんじゃ」


「…黒死病はもう排絶されてるんでだな…

まあ逆に言えば、奴が原因になる疾患を今後ペストと呼ぶことになるのだろう。そしてそれは誰にも認識されん。かかっても拡散しないし悪影響がないからだ。そもそも奴自身の健康状態がそれを裏付けている。ペストにかかっている以外は極めて健康な部類だ。肉体的精神的に満たされ社会的地位にも恵まれている。現代人のお手本のような人間だな」


「でもあいつ銃ブッパして」

「当時の欧州人にそのへんのモラル求めてもな…」

「そんなことありえます?さすがにそこまでアウトな人格、危険視されますよ」

「リンチだな。リンチリンチ」


「たまたま生き延びたんだろ。健康な上運もいいらしい。確率の魔ってやつだな」

「たまたまってなんじゃーい!」

「くさタイプの」

「いいから。

…実際は違うんじゃないですか?彼が生きている以上、意識を変化させるような経験もあったでしょうしそれで丸くなるとかは…」


「無い。」


「あ、ない」

「なんで?」

「教えて下さい」


「脳細胞は再生しないからだ。であれば最も古い記憶はすべて保持され、それをもとにその後の人格形成が行われているとすれば何百年生きようと三つ子の魂理論が利く

そしてそう考えたほうが都合がいい。そもそも人間は学習しなければ呼吸すらできんのだ。すなわち脳細胞の再生や書き換えが行われると仮定した場合、それがランダムになればその瞬間死亡する。順当な理屈だよ。そして彼は聡明だ。当時の欧州基準だが…現代よりよほど理にかなった判断基準を持ってるんじゃないか?」


「いーでしょう。そういうことにしておきます

だとしてもデカいほうはほっとけないでしょ!大量連続サイコキラーじゃないですか!なんで最初に教えてくれないんですか!さっさと仕留めればよかったじゃないですか!」


「被害者出てないじゃないか今回…

まあいい、ついでに言っておこう。おっしゃるとおりハゲがもっともヤバい。そしてそれを制御しているのは愚の人徳だ」


「…酔っぱらいリンチしたり強盗するようなやつのですか?」


「そうだ。結果的に丸く収まってるだろう。それは偶然とかではなく愚が善良だからだ。悪を嗅ぎ分ける嗅覚に関しては天才と言ってもいい。そして常識にとらわれない、擦れていない人格を持っている。子供だからな(14歳)」


「勇者かよ」

「勇者じゃん」

「勇者ですね…それは。

…では、勇者というのは本来、歓迎されるような人物ではないということですか?」


「少なくとも俺は信用している。愚と二人の三馬鹿を野放しにしておけば勝手に街は平和になるだろう。だから俺たちで平和を乱していかねばならん。火を投じるのに整列した薪は厄介だ。速やかに燃え広がり確実に鎮火するのが肝要だ。


話を戻そう。言ったとおり愚につきまとっている限りハゲは問題ない。それは奴の有り余る攻撃性と歪んだ倫理がすべて愚に集中させられているせいだ。ハゲは遺伝ではなく甘えでもない経験に基づいた犯行を重ね『正義』を自覚してきた。ゆえに狙ったもののみを始末し次に『悪』が発生する、それまではターゲットを変えんのだろう。

これはこれで聡明だ。無駄死にが出なくて済む。そしてその性質が奇跡的なことを起こし、愚のあるかぎり巨悪が野に放たれることはないのだ」

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