my first epsode:人は善良になるように出来ている

火を灯すほどにろうそくが短くなるならば、明かりとは寿命の可視化だ。

明るくなければ蜜蝋も脂蝋も見た目において大差はなく、その傲慢なまでの臭気もかすかな甘い匂いも、まるでそれは風に揺れる光。

消える前提なのだ、炎で色づく命は。

故に。

炎上する灯りに照らされる彼女もまた風前の灯であった。(ボスの扱いこんなんかよ


「獣は生きることのみが絶対だ。そこに善悪の介在する余地はない」


火の神にも度し難い熱風が頬をかすめる。


「…でも、あの子は」


早良瑠美、火とは相性の悪い少女。

しかし炎に立ち向かうことなく逃げ回り、火に入る虫とならずに済んだとも言える。


「…彼女は人間です。獣だなんてことは…

…ことは、ない、です」

その表情は蒼白だ。


火の神、プロメテウスは言う。

「本質は変わらん。人は善良になるように出来ている。…ヤツが人間と言えればだが」


「待ってください!

…待ってください、たとえあの子を気遣うとしても、それが、ヒトじゃない扱いになってしまうとしても…それでも、あの子は良くないことをしたんです。

傷害も、器物損壊も、道路交通法違反も、もっと酷いこともあの子のしわざです」


それは悲痛な叫びであった。

擁護すれば人間性の否定となり、ヒトとして扱えばそれは悪辣になる。

善意の袋小路と言ったところか。


火をくゆらせながら、神が言った。


「落ち着きたまえよ。それに、彼女に我が国の法が通じると思うかね。

どこから来たかもわからんと言うのに」


えっ、と息を呑み。

…それでも絞り出すように少女は言った。


「ふ…不法入国…とか」


そのいたいけさと健気さに、男神の相好が少しだけ崩れた。


「ふむ…きみはそれでいい。そして君自身もまた『それで佳い』のだな。

では俺も知恵を絞ろう、こう考えてはどうか。

我が国は彼女と『戦争状態アルマゲドン下』にあると」


「はい、私達は戦っています、お互いの威信をかけて。

…ですが…これは、戦争、と呼んでいいんでしょうか」


決定的な違いがあった。

火薬に相当する火力、鋼鉄を凌駕する装甲、構造物は軒並み樹木のように倒れ。

…しかし、人間がいないのだ。

兵士も、民間人も、指導者も、国際的連盟も、国境なき医師団も戦場報道も。

それは救うものも救われることもなく、また永遠に伝え聞かれない戦いであると。

そう示唆しているかのように厳然と二人の影の前に広がっていた。


「先に越境と言ったのは君の方だ。勝手ながら前言を引き継がせてもらう」


火の中にあって、なお加熱式煙草の煙を出す。

…否。燃えぬからこそ、それは男の口唇をあやすものとして今ここにあるのだ。


「それにだな、現にこうしてこの地は侵されている。

奪われているのだ。すなわちそこがヤツの領土となる…ヤツはヤツの法に従っているだけだよ」


その言に、少女の正義感がにわかに色めき立った。


「例え話は嫌いです」


色も恥じらい、色をなくすほどの凛とした目に、街を焼くのと同じ炎が揺れていた。


「比喩は最後の手段です。直接話してください。伝わりづらいんですから」


「君にとってはあくまで比喩である。それだけのことだ。

善悪などはじめから例がなければ生まれんものということでもある」


「ぬぅう…じゃあ善良ってなんなんですか…」


「早良君、君にとって幸福とは何だ」


「お金です」


「…さようか。では、金などいらんとなったらどうする。対価がなくとも何でも手に入るぞ。幸せだろう?」


「…それは…どうかと思います。お金を使うのって楽しいし…それに、お金を受け取れない人がいることはいけないと思います」


「君もたいがい善良だな。

…つまりだ、俺はこう思う。幸福とは、全身に力がみなぎり、磨いた分だけ輝きが増し、あらゆる目的をなすに足る力があると言うことだと」


「…わかんないです」


「君はその力を金に、輝きを財力に例えたのだろう。間違いではない。

だがその輝きゆえに、金は自らの価値を守るために秩序を必要とする」


「盗まれたり、逆に無価値になったりしないようにですね」


「そうだ。

ではヤツの場合はどうか。

力はみなぎり、腕を振るえば筋肉が引き締まり、ヤツの進軍を止めるものはない。俺たちを除いて。

何より、ああも笑っているものをどうして幸福でないと言えようか?」


「…何が言いたいんです」


「つまりな、自動的なのだ。

人が善良なのは元からだが、法はその善良さに依存して作られている。法は幸福を守るためにあり、法を守るものは善良であるということになる。

これはパラドックスだ。善性をもとに作られた法が善良さを定義している。

これはすなわち、善良であれば幸福であり、幸福であれば善とするということに他ならない」


「んもーーー!全然わからん!」


「何にせよ、ヤツに我々の善悪など意味がないと言うことだ。正義などない、ただ強いから勝つという分かりやすい戦争だよ」


「そんなことはないです!私たちが正義です、これだけは絶対に譲れません!」


「フッフッフ…そうだな。では言い方を変えよう。この戦いは、両方が正義だ」


「所長、正義に対する許容量ありすぎません?」


「そうか?

善が単純なのだから正義も単純でいいだろう。わかりやすいのは何よりだ」


「わかりやすくないですからね」


「ああ、見てみろ。あんなにも笑っている。

幸福なのだろう。良いことをしている奴の顔だ。正義にぴったりだ。」


「どうするんです?」


「決まっている。こっちも笑っていればいい。

どっちが勝っても正義が勝つ。ならばこれは純粋な力比べだ。実にわかりやすいな。」


「所長!さっきからテンションおかしいですよ!」


「どうでもいい。さっさと済ませよう。

ガソリンか。丁度いい笑顔と笑顔で殴り合いだ!」


~中略~




~後略~


「人は皆、善良になるように出来ている。


…なぜ粗悪になるようにしてくれなかったのだろうな」

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