第4話 正義のヒーロードッグ仮面①

お昼休み、華菜はなは一人中庭に置いてあるベンチに座っていた。膝の上には食べ終わった弁当箱を置いている。


まだ若干寒さの残る4月中旬、風流にお花見をしながらご飯を食べようとか粋な事をしようとしたわけではない。ただ教室でお昼ご飯を食べるのが気まずいからここにいるのである。


「……これは非常にまずい気がする」


問題は複数ある。


まず、入学式の日にいきなり見ず知らずのクラスメイト達の前で由里香を知らないか聞いたせいで、クラス内で完全に関わりあいにならない方がいい人に認定されて、孤立してしまった。その上、あんなにも息巻いて2年生の教室に入っていったのに、由里香に覚えていないと拒絶された。


クラスで浮いてしまっているのはこの際どうでもいいけど、由里香を再びマウンドに立たせることができなくなると、いよいよどうしてこの学校に難しい入学試験を突破してまでやってきたのかがわからなくなってしまう。


「ああ、もう、どうしよう……」


「何かお困りかな?」


華菜が嘆いていると、聞き覚えの無い声に話しかけられた。


俯いていた顔を上げると、そこには可愛らしい手書きの犬の絵が描いてあるお面を付けた人物が立っていた。人間の耳が来る位置に紐が付いていて、後頭部で紐を結んでいるだけの簡単なお手製の子供だましなお面。


首から下は普通にうちの学校の制服を着ているから多分うちの学校の子だろう。小柄で一目見て華菜より低いとわかるくらいのサイズ感。おかげでその容姿は何かのマスコットキャラクターとして成立しているように見えなくもない。


「誰?」


華菜は得体のしれない人物に対する素直な疑問を口に出した。


「ふっふっふ、私は正義のヒーロードッグ仮面だ!」


ドッグ仮面は戦隊ヒーローもので見かけそうなポーズをとった。華菜は幼少期自発的に戦隊ヒーロー物の作品を見ようとしたことがなかったので、ドッグ仮面というのが実在するヒーローなのか、それとも今目の前に立っているドッグ仮面のお面をつけている少女が勝手に作り出したキャラクターなのか、それすらもわからなかった。


「ドッグ仮面ってそもそも誰なのよ? 有名なヒーローか何か?」


「ドッグ仮面は正義のヒーローなのだよ。困っている人を分け隔てなく助ける正義のヒーローなのさ!」


ドッグ仮面のお面を付けた少女は腰に手を当ててふふんと鼻を鳴らして答えた。


「ふーん。で、そのドッグ仮面とやらが私に何か用なの?」


「俯きながら“どうしよう”って呟いてたから声をかけさせてもらったのだよ」


「それはどうも。でもドッグ仮面にどうにかできる問題じゃないから」


華菜は座ったまま冷めた目でドッグ仮面を見る。


「まあまあ、話すだけ話してみてはどうだ。もしかしたら何か解決するかもしれないぞ」


「いや、初対面の得体のしれない人物に話せる事じゃないし。せめてそのお面はずしてくれないと、本当の顔と名前がわからない人物に悩みは話せないから」


華菜は気付けばドッグ仮面を睨みつけていた。心配してくれる相手に取る態度ではないことはわかっていたが、他人に心を開きたい気分ではなかった。


「むっ。ドッグ仮面という名もこの姿も本来の姿なのだよ。そんな失礼な人はずっと一人で悩んでおけば良い」


そう言ってドッグ仮面は走り去っていった。華菜は小さくなっていくドッグ仮面の後ろ姿を見ながらため息をつく。


結局こうやって由里香以外の人間関係に冷えているからどんどん浮いていくのだろうと考え、自己嫌悪してしまう。せっかく声をかけてくれたドッグ仮面とやらもまた華菜の前から去って行ってしまったのだから。

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