理央のおかげで俺の心は少し落ちつく事が出来た。

 ……おかげで昨日はサイゲリアをおごる事になってしまったがな。


 俺は朝の登校をしながら今後の事を考える。

 今までは昔の思い出ばかり考えていた。いつも理央にからかわれていたな。


 なんにせよ俺は振られた。盛大に振られた。あの時教室にいた生徒たちも現場を見ていただろう。

 まさか、自己紹介をしただけで振られるとは思わなかった。

 流石にどうかと思うが、渚への好意がだだ漏れだったんだろう。


 心が苦しい。当たり前だ。何年間思い続けたと思う? 今俺は17歳の高校二年生だが、12年思い続けていたんだ。初恋だったんだ。


 ……少しずつ失恋の傷を癒やすしかない。


 理屈では理解していても心が頷いてくれない。

 だが、生きるためにはどうにかするしかない。

 そうだ、いつもどおり空気を読まないで――自分の心に鈍感になればいい


 空気を読む。

 俺はそれが嫌いだった。

 だから、クラスメイトから空気の読めない奴と言われて、なかなか仲良くなることができなかった。


 鈍感になれば他人の言う事なんて気にしなくなる。俺の自己防衛の一種である。


 それに、渚は伊集院と未来に向かって進んでいる。過去の俺が関わっちゃ駄目なんだ。


 さて、学校の近くの駅に着いた。

 俺は家から歩いて行ける距離だけど、そろそろ理央が降りてくる。



 駅の外で待っていると、ふと、駅の裏側で男子が溜まっているのが見えた。

 俺が通っている高校は海からすぐである。何やらバスケ漫画の影響で、路面電車の踏切の近くにいつも観光客が溜まっている。

 流石に今の時間は観光客はいない。


 3年の男子生徒のグループが誰かを囲っていた。

 ――あれは……伊集院司がいた。

 胸がチクリと痛む。

 ……あいつは悪くない。むしろ渚を頑張って守っている。


 伊集院は涼しい顔で3年を見ながら髪を抑えている。風が強いからな。

 3年のグループは何やら伊集院に文句を言っていた。


「てめえのせいで、俺は花子さんに振られたんだ! 真実の恋を見つけたってなんだよ! この糞イケメン野郎が!!」


「お前って本当に片桐の恋人なんか? どうせ嘘だろ?」


「黙ってないでなんか喋れや!!」


 アイツらは地元組の奴らだ。ここは進学校であるが、海の街だ。気性が荒い奴が多い。


 伊集院をよく見ると……涼しい顔をしているが、足が少しだけ震えていた。

 腕を身体に回していた。


 俺の身体が勝手に動いていた。

 なぜかわからない。ただ助けなきゃって思っただけだ。


 俺は伊集院の友達のふりをして陽気に喋りかけた。


「おーい、伊集院、お待たせ〜! 早く学校行こうぜ!! ――うん? こいつらなんだ? 友達なのか?」


 伊集院は困惑顔をしていた。


「き、君は――、昨日の」


「うん、昨日約束しただろ? ほら、行くぞ」


 俺は伊集院の手を取った。うん? えらく細くてすべすべした手だな。

 まあいいか。


「ひゃ!? き、君はなにを――」


 三年グループは伊集院を連れて行こうとする俺の肩を掴んだ。


「おい、勝手に連れて――え、お前……あ、いや、わ、わりい。お前の知り合いだったのか? おい、俺達も行くぞ……」


 俺の悪名は理央のせいで学校中に知れ渡っている。

 いや、不良とかじゃないけどさ。小さな街だから噂なんてすぐに広まる。

 ま、こういう時に便利だよな。


 三年グループは逃げるように学校へ向かっていった。



 理央はまだ来ない。……今の電車に乗っている筈なのにな。

 スマホをチェックすると、理央から『ごめん! 寝坊しちゃった! 先行って!』とのメッセージが入っていた。


「しゃーねーな。一人で行くか」


「き、君!! いつまで私の手を握ってるのよ――んだ! ふ、ふん、君の助けなくても自分で解決してたよ!」


「あ、わりい、ていうか男同士だからいいだろ? じゃ、俺先行くぜ」


 俺は伊集院の手を離した。伊集院は真っ赤な顔で俺を睨みつけている。

 本当にキレイな顔してるな〜、肌すべすべだな。


「ま、待ってくれ。その――、うぅ……、あ、ありがとう」


 俺は笑顔を見せる。一歩近づいて伊集院の胸を叩いた。


「おう! 渚を幸せにしろよ!!」


「〜〜〜〜〜!!! む、胸――」


 顔を赤くしてその場にしゃがみこんでしまった伊集院を置いて俺は学校へ向かった。










 俺と理央は一応部活に入っている。ボランティア部という名の帰宅部であるが。

 ほとんど活動していないけど……まあ理央が面倒事を持ってくるから、一応ボランティアになるのか……。


 俺たちはいつもここで昼食を取る。

 弁当箱を広げて、お互い好きな具材を食べる。


「あっ、ゆーさく、これ食べていい?」

「ああいいぞ。ていうか、お前しらす食わねーのになんで弁当に入ってんだよ?」

「にしし、ゆーさく好きでしょ? 食べていいよ」

「おう、ありがとな」


 和やかな時間である。

 それでも、ふとした瞬間に片桐に振られた事を思い出してしまう。


「うん?」

「あれ?」


 俺たちは同時に教室の入り口を見た。誰かの気配を感じた。

 この部室に来る生徒は皆無だ。顧問の明美ちゃんがたまに来るだけであった。

 足音的にはもっと軽い女子生徒の――


 扉が開かれた。


「あら、先客が……? こ、この前の!?」

「渚ちゃんどうしたの? 早く入ろうよ? って、お前は!!」


 片桐と伊集院が部室に入ろうとしていた。





 気まずい沈黙が一瞬だけ流れる。

 俺はもう片桐と関わるつもりはない。俺の青春は終わったんだ。


 俺と理央は顔を見合わせた。

 理央は口角を上げて大きく笑っていた。

 あ、やばい。


 俺が理央を止める前に片桐はのんきに喋り始めた。

 なぜか視線は俺を探るようであった。


「ボランティア部の部室と聞いていましたが……、お二人は部員ですか? 私達、入部を希望していて――」


「にしし、ほーん、これが噂の片桐さんね〜。ふむふむ……」


「おい、君、渚の顔をジロジロみて失礼だろ? 全く、渚、違う部活にしよう。あいつは渚に告白した奴だぞ? 付きまとわれても迷惑だ」


 とっさの事であった。俺は動きそうになった理央を後ろから抱き止めた。

 こいつと俺は親友だ。

 友達を悪く言われて黙っているほど温厚じゃない。


「大丈夫だ、理央。大丈夫、大丈夫。俺は大丈夫だ。もう思い出になんて浸らない……。なっ、今日は家でゲームしような」


「――――う、ん。ゆーさくがいいなら……おとなしくしてるよ」


 理央の身体の力が抜けて俺に寄りかかってきた。

 これじゃあ弁当が食えない。だが、今日ぐらいいいか……。


「き、君たち、だ、抱き合うなんて!? ふ、不純異性交遊じゃないの! ……少しは見直したと思ったのに」


 顔を赤くして俺たちをガン見している伊集院。

 片桐は微動だにせず俺を見ていた。

 何かを探るような目。


 何やらブツブツと呟いていた。


「――あの目……。雰囲気……。彼女と一緒だわ……でも、いえ、もしかして――」


 心が落ち着いた理央は弁当をまとめていた。

 俺もこの場から離れたかった。もう関わらないと決めたけど、あれだけ好きだった片桐がここにいるんだ。胸が痛くなる。


「俺達は出ていく。あっ、ボランティア部は退部するから適当によろしく」


「――――ゆーさく、中庭行こ?」


 俺たちが出ていこうとした時、片桐が呼び止めた。


「待って、ねえ、あなた……葵。葵なの?」


 小さな声だけど、意思を感じさせる声。

 なるほど、やっと思い出してくれたんだ。

 嬉しさと同時に悲しさがこみ上げてくる。

 気持ちの格差の問題だろうか? いや、ここで感動の再会をしてもいいんだろうか?


 ああ、好きだったはずだ。守りたかったはずだ。


 だが、片桐には婚約者の伊集院がいる。俺が入る隙間はない。


 だから――


「葵はもういない。俺は羽柴優作だ。さよなら、渚――」


「ま、まって!! 葵!! なんで男の子になって――」


 俺は振り返らない。

 これ以上関わるつもりはない。


「あわわ、な、渚ちゃん……」

「葵――は、話を聞いて!!」


 だから、今は大切な友達と一緒にいさせてくれ。


 理央は俺を守るように扉を力強く閉めた――




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