洛陽

 翌日、大和の元へ来客があった。客が待っているという部屋に向かうと、一人の男がぽつんと座っている。見た目は二十歳くらいだろうか。茶色味のある髪のつむじから二本だけぴょこりと飛び出たあほ毛。瞳孔の大きな黒い瞳。どこか愛嬌のある顔をしたその男は、大和の姿を見つけるとぱっと顔を明るくして近づいてきた。

「突然押しかけてごめんなさい」

 彼は見た目が七歳ほどしかない大和に対しても決して軽蔑することはなかった。隋式のお辞儀をする彼には、柔和であると共にどこか礼儀正しい爽やかさがある。そんな彼につられたように大和も思わずお辞儀を返した。男はそれを見て顔を緩めると、しゃがんで目線を合わせてくる。しかし大和が戸惑っていることに気がついたのだろう。「ああ、名前もまだ言ってなかったね」と苦笑するとにこにこと笑いかけてきた。

「初めまして。僕は洛陽らくようと申します」

 澄んだ黒い瞳が大和の顔を捉え、楽しそうに輝く。明るい声と共に耳に入ってきた名前に、大和は驚いたように目を丸くした。

「らくよう、さん?」

 ぱちくりと一つ瞬きをする。しかし直ぐに嬉しさが込み上げ、赤子のように頬を染めた。

「えっ! わざわざ挨拶に来てくださってありがとうございます!」

 それは隋の東の都・洛陽の化身であった。彼は昨日、長髪の男と共に倭国の使節たちの観察をしていたのだが、それに大和自身が気づくはずもない。顔を近づけ目を輝かせる大和の勢いに、洛陽は少し気圧された様子であった。しかし直ぐに目を細めると一緒になってほわほわと笑う。

「気にしなくていいよー。僕、倭国の子に会うのは初めてなんだ。君に会えて嬉しいよ」

 現在も洛陽市としてその名を残す彼は、当時の都・長安ちょうあんにも並ぶ大都市である。特に現皇帝である楊広は、首都を洛陽にしたといっても過言ではないほどその存在を重要視していた。

 そして、そんな偉大な彼こそが、大和にとって初めて出会う同じ人となった。人間の身体と人間ではないその命。神とも人とも妖とも言えぬ特別な存在である土地の化身として、大和は初めて同じ生命ひとに出会ったのだ。

 大和は洛陽を応接間に案内して軽く自己紹介をする。そこからはたわいもない会話が弾んだ。隋のこと、倭国のこと。政治のこと、文化のこと。それぞれが互いに質問し合い、自国について語り合った。どれも興味深い話ばかりで、大和は夢見心地にうんうんと頷く。

「何か聞きたいこととかある?」

 話が落ち着いてきたところで洛陽がそう問いかけた。それに少々きょとんとすると、大和は「うーん」と首を捻る。するとその時、脳内に昨夜の小部屋が思い浮かんだ。

 ──貴方は一体何者なのか······それを教えて頂ければ全て話してもいい。

 無機質で冷たい妹子の声。それが耳によみがえる。ああ、そうだ。まだ知らないことはたくさんある。彼は知っているのだろうか。自分たち土地が何者なのか。そして、これからどう生きてゆけばいいのか。

 洛陽が大和を見つめている。どうやら応答を待ってくれているようだった。そんな兄のように優しい瞳を見て、大和は拳を握ると意を決した。












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