Episode 1.3

「それでね、とーっても大きなリンデマンボウが生け簀で泳いでたの。この辺でも滅多に釣れないんだって! でも調理が難しいって言われたから、別のお魚にしちゃった」


 合流するや否や、フィーネは魚屋で見かけた希少な魚について興奮気味に話した。ヘレナは抱えて帰ってもいいと言ったらしいが、流石にそれはフィーネに止められたようだ。東方から伝来した『みたらし団子』という甘味を、装備の調達から戻ったエイミとサイラスが美味しそうに頬張っている。ヴァルヲも魚の切り身を貰ったようでご満悦の様子だ。

「全員揃ったみたいだな。俺たちはいつでも出発できるぞ。アウイルはどうだ?」

「俺もいつでも大丈夫さ。船乗りに話はつけてある。お前らの荷物の積み込みも間もなく終わるみたいだ」


 全ての準備が完了し、一行は船へと乗り込んだ。ザルボーに着くまでしばらくは海の上だ。


 リンデを出発して少ししてから、一同はテーブルを囲んで落ち着いて話すことにした。

「さて、なにから話したもんかね」アウイルがあれこれ考えを巡らせながら、ひとつひとつ丁寧に話し始めた。

「既に話したように、俺の親父は冒険家でな。あちこち巡っては旅先での冒険話や珍品を持ち帰って俺に残してくれた。膨大な記録には不自然に抜け落ちた箇所とその存在を示唆するメッセージが織り込まれていて、俺はそれを探す旅に出ることを決意し、鍛錬を積んだんだ。親父に直接聞くなんて野暮なことはしたくなかったし、いつ帰って来るかも分からなかったしな。なにより親父自身がそれを望まなかったはずさ。これは親父からの挑戦状だと俺は受け取り、自分で探す道を選んだんだ」

 アウイルは静かに、しかし力強く話を進める。


「ある日旅先で、親父が深傷を負って帰還したとの報せを受けた。俺は急いで古郷に帰ったよ。人が心配して帰ったってのにさ、当の本人はあっけらかんと『なにか面白い冒険話を聞かせろ』、と来たもんだ。グーに握った拳をぐっと堪えて『なんて格好だ親父! ざまぁねぇな!!』って笑い飛ばしてやったぜ」親父さんとのやりとりになった途端、アウイルは子供のように楽しげに話した。


「親父はずっと療養の日々で一緒に過ごす時間が増えた。互いに旅に出ていて長い間会っていなかったせいもあり、まるで失われた親子の時間を埋めるかのように互いの冒険を語り合った。そんなある日、親父がポツリとこぼしたんだ」また真剣な眼差しに戻り、話を進める。


「『俺にはどうしてもやらねばならないことがあった。でもこの身体じゃとても成し遂げられなさそうだ。だからお前に託す。やるもやらないもお前さん次第だ。お前の人生は、お前がやりたいように自由に生きろ』・・・そんなことを言っていたかな。そんなの分かってるさ、俺は好きに生きる。って言ってやった。親父はきっとその時、自分の死期を悟っていたんだろうな。程なくして逝ったよ。家族に看取られながら安らかに眠った」落ち着いた口調で、アウイルは尚も続ける。


「俺は親父の死後、残された日誌を頼りに親父が歩んだ道を辿りながら旅した。行く先々で親父と共に旅した仲間や、親父たちに助けられた人たちと出逢った。リンデの灯台守のおっさんもそのひとりだな。人だけじゃない、親父が各地に残した珍品・財宝なんかも探し当てた。古の魔力を秘めた指輪なんて逸品を親父はセレナ海岸に隠していて、探し当てた時にその場に居合わせた魔獣と取り合いになった、ってのがお前らが駆けつけた時の話だ」魔獣と対峙した経緯をアウイルはさらっと話した。

「あいつら血眼になって探していたようだったが、早い者勝ちさ。あと、あの馬鹿親父は何処か遠い町に隠し子がいるって母親がぽろっとこぼしたのを聞いたことがあるが、それは未だ見つけられず仕舞いだな」悪そうな顔でアウイルは笑う。


「そうしているうちに親父の本当の旅の目的――親父にはなにか探しているものがあったということが分かった。日誌にその情報は記されていなかったが、きっと失われた箇所の最後のひとかけらに、それが記されていると俺は踏んでいる。その在り処がこれから向かうザルボーだ。この冒険はそこで一区切りつくはずだ」


「親父は自分が生きた記録を後世へ伝えてくれと、それがいつかきっと誰かを救うことになると、そう言い残した。俺はいつも親父の話を聞いてワクワクさせられ、元気を貰った。だから今度は俺が、親父が生きた証を記して、後世へと届けようと、そう決めたんだ。それが親父の悲願であり、俺の夢だ」


「本にするってのも、元々は親父が書いていたのを、俺が受け継いだんだ。まぁほとんど親父が旅した内容そのまんまだけどな。才能ある俺様がそれをより一層楽しいお話に仕上げてやってる、って訳さ」アウイルは自慢げに言うと、これで終わりだと話を結んだ。


「そういうことだったのか・・・」黙って聞いていたアルドが口を開いた。

「実体験に基づいた、素敵な冒険譚になるんでしょうね」エイミが関心した様子でこぼした。

「きっと劇の脚本も素敵なものになるよ!」フィーネが目を輝かせている。

「そういやそんな話だったな。この俺様に任せておけ! ミグランス国立劇場も連日満員御礼の嵐さ!!」

「親子2代に渡るスペクタクルロマン、ヒット間違いなしデス!!」


 それから夜更けまでアルドたち、アウイルそれぞれの冒険話に花を咲かせた。


「もうこんな時間ね」ヘレナが時計を見て言った。

「そろそろ寝るでござるか」眠そうな顔でサイラスが腰を上げた。

「みんな本当にありがとう。朝にはザルボーに着く。どうかゆっくり休んでくれ。明日もよろしく頼む」アウイルが皆に頭を下げた。

「こちらこそよろしく頼む! それじゃあおやすみ!」

 アルドたちはそれぞれの寝室へと戻った。


 砂漠の町へと進む航路。

 冒険者たちは船上で束の間の休息を過ごす。

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