オリオン座を掴むまで

岡田 夢生

第1話

 凍てつく寒さが身に染みる。季節は冬。久藤くどう 慎太郎しんたろうは寒さに少し震えながら星空を見ていた。いい年した大人が1人で何をしているのだと思われるかもしれない。でも毎年冬になるとに来てしまう。


 幼い頃の君を思い出しながら。



「なぁ、佳純! 凄いだろ?」


 そう言って慎太郎は満天の星が光り輝く空を指さした。慎太郎の言葉を聞いて、綺麗と言いながら目を輝かせているのは同級生で幼馴染の三ツ谷みつや 佳純かすみだ。その横顔を慎太郎は今でもはっきりと覚えている。


「あれが……オリオン座?」


「うん。そうだな」


 空には綺麗にオリオン座が出ており、教科書で見た通りの形をしていた。2人が住んでいる街から少し山を登ったところにある丘。星空がまるで掴めそうなほど綺麗に見える……そこが2人の秘密基地だった。佳純とは元々家も近かったので気がつけば一緒にいた。学校が終われば佳純を誘って、よく秘密基地へと足を運んだ。


「ほら佳純、行くぞ!」


「慎ちゃん、ちょっと待ってよ」


 慎太郎が走るとそう言ってテケテケと後ろをついてくる佳純。暇さえあれば秘密基地に来て佳純と色々な話をした。くだらない話がほとんどだったけれどそれだけで充分楽しかった。そして冬になると夜に集まってオリオン座を2人で見るのが好きだった。


 この時間がずっと続くと思っていた。


「慎ちゃん、あのね」


 しかし、別れは突然だった。


「私、引っ越しするの」


 いつも通り秘密基地でオリオン座を見ていた時だった。いきなり佳純はそう言って俯く。


「だからもう会えないんだ」


 慎太郎はしばらく佳純の言葉を理解することが出来ず、ただずっと佳純を見つめることしか出来なかった。この日々が無くなるなんて、もう会えないなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。


「なぁ、佳純」


「何?」


「俺達、大人になったら結婚しよう?」


「うん! 約束ね?」


 そう言って佳純は笑って小さな小指を出した。


 2人はあの日、大きな星空の下で約束をした。



 佳純とはそれから一度も会っていない。引っ越し先も分からず、連絡先も分からなかった。だから今どこにいるのか、何をしているのか全く分からなかった。


 あれから15年の月日が経ち、慎太郎は25歳になっていた。この歳になって何度か恋はした。でも慎太郎は佳純のことが忘れられなかった。ふと思い出すのは佳純の笑顔だった。空を見上げればあの日と同じようにオリオン座は光り輝いている。


 悔しいほど綺麗に。



 ビューっと音を立てて風が吹いた。冷たい空気が慎太郎を現実へと戻す。このままここにいても風邪をひくだけだ。大人しく帰ろうとした瞬間だった。


「慎ちゃん……」


 確かに聞こえた。慎太郎のことを慎ちゃんと呼ぶのは佳純しかいない。慎太郎は恐る恐る声のする方を向いた。


「佳純……」


「やっぱり慎ちゃんだ……」


 そう言って笑っているのは間違いなく佳純だった。


 慎太郎は思わず息を飲んだ。もう会えないと思っていた。そんな佳純が目の前にいることに驚きを隠せなかった。


「……どうしてここに?」


 慎太郎がそう言うと佳純は少し俯いた。


「たまたま近くを通って懐かしいなと思って来てみたの」


 まさか慎ちゃんがいるとは思いもよらなかったけどと佳純は微笑んだ。


「慎ちゃん、会いたかったよ……」


 佳純がそう思ってくれているだけで慎太郎は嬉しかった。


「お、俺も……会いたかった」


 胸のドキドキを抑えるように慎太郎は関係の無い話題を出した。


「それにしても佳純、大人になったな」


「慎ちゃんも大人になったよ」


 あの時は私の方が身長が高かったのに今では私より大きくなってと肩を揺らして笑う。


「あれから何年経ったと思ってるんだよ! そりゃ身長も伸びるよ」


「そりゃそっか」


「いやでも本当に綺麗になった」


「もうお世辞はやめて」


 そう言って照れているのか顔を隠す佳純が凄く愛おしく見えた。お世辞なんかじゃない。心からそう思った。あの頃可愛い女の子だった佳純は素敵な大人の女性へと変わっていた。


「慎ちゃんは全然変わってないね」


「そう?」


「笑った顔とかそのままだよ」


 何も変わってないように見える。でも長い月日というのは残酷なもので、 知らない間に2人を大人にしていた。


「……星、綺麗だね」


 星空だけがあの頃と同じように2人の上で輝いていた。


「そういえば慎ちゃんと会うのっていつぶりだっけ?」


「もう15年会ってないよ」


 15年……長いように感じるけれど本当にあっという間だった。


「うわ、そんなに経つんだ」


「だって引っ越し先も連絡先も教えてくれなかったじゃん」


「ごめんね。急だったから」


 佳純が引っ越してから聞いた話だが元々佳純のお父さんは転勤族だったらしい。だからあの時も急な引っ越しになったそうだ。


「なんかあっという間に大人になってたなぁ」


「慎ちゃんとここで話してた時のこと、昨日のことのように覚えてるよ」


「俺も」


 話は尽きることなくたくさん話してたくさん笑った。その時間はまるで会っていない時間を埋めていくような、そんな感じがした。


 風が木々を揺らした。一瞬佳純の顔が曇ったように見えた。しかし次の瞬間、元に戻って冷えてきたねと両手に息を吹きかけていた。


「……なんかあった?」


 慎太郎が佳純にそう聞くと何でもないと首を振った。


「俺達に隠し事なんてないだろ?」


 そう言って佳純の顔を覗き込むと綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。


「慎ちゃん……」


 そう言うとそれから佳純は口を開いた。


「もうこのまま消えてしまいたい……」


 そう言った佳純は本当に消えてしまいそうな気がして思わず、慎太郎は佳純を抱きしめた。佳純の肩は少し震えていた。


 会っていない間に彼女に一体何があったのだろうか? 何故彼女はここに来たのだろうか?


「慎ちゃん、助けて……」

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