第11話 土下座

 音村おとむら 奏音かのん

 まるで音楽をする為に生まれて来たような名前の彼女。俺の腕次第では入部するとか言ってるけど……どうしたものだろう。


「ちょっと、準備するから待ってね」

「はい」


 ……なんだろう……目力というか、本当に圧が凄い。ずっとこの調子でいるつもりなのだろうか。


「よいしょ」奥の棚から、ギターが入ったハードケースを取り出すと、音村さんは俺の眼前にまで、激しく詰め寄ってきた。


「先輩! もしかして、部室にギター置きっぱなしなのですか!」


 ち……近いよ。

 そしてその刹那……今度は今村さんから刺すような視線が向けられた。

 無言の圧……だけど、これは不可抗力だから。


「うん……古いギターだからね、部室の空気に馴染ませないと塗装がクラックしちゃうかもしれないんだ……」

「そ……そうなんですね」


 あっさり引き下がってくれた。……もしかして俺がギターをぞんざいに扱っていると思ったのだろうか。

 まあ、置きっぱなしにしていたら、普通そう思われても仕方ないけど。


 ……それにしても——視線が気になる。

 音村さんと今村さん。……こんな美少女たちに熱い視線を送ってもらえるのは喜ばしいことだけど、2人とも圧が凄すぎる。


 ……そんな様子に気付いてか、小森さんと寺沢はこっちをみて半笑いでコソコソ話をしているし。


「せ、せ、先輩!」

「は……はい!」またまた、ずいっと詰め寄ってきた音村さん。今度はなんだ?


「そのアンプ……F社の名機と言われたヴィンテージアンプでは!?」

「よ……よく知ってるね……部室に破棄されていたのを修理したんだよ」

「部室に破棄! 本当ですか!?」

「うん……うん本当だよ」

「そのアンプを破棄するなんて……とんでもない、たわけ者がいたものですね!」

「ほ……本当だよね」

「それを、修理してしまったのですね……尊敬します先輩!」

「あ……ありがとう」


 目を輝かせてパーソナルスペースなどお構いなしにグイグイくる音村さん。……よっぽど好きなんだろうな。

 でも……そんなに近いと、また今村さんが——


 ……思った通り、凄い目つきでこっち見てる。怖っ!


 ——音村さんのパーソナルスペース浸食はこれだけに、止まらなかった。


「ひゃあ——————————っ!」

「な……なに!?」

「先輩! それF社62年製のジャガーじゃないですか?」

「……うん、そうだけど」

「カスタムショップですか!」

「……うん、よく知ってるね」

「なんで、こんな高価な物持ってるのですか? 先輩って金持ちのボンボンなのですか!」

「いや、ボンボンじゃないよ いたって普通の家庭だよ……リサイクルショップで見つけたんだよ……掘り出し物だよね」

「ほえ——————っ! そ、そ、そ、そんなことがあるんですね! どこのリサイクルショップですか!?」

「近い! 近いよ、音村さん!」

「近いって、近所ですか!?」

「いや……そうじゃなくて顔が!」

「あ……」


 やっと気付いてくれた。


「す、すみません……つい」

「ううん、俺はいいよ」——本当に俺はいいんだけどね。


「……浅井」

「……はい」

「……まだかな?」


 一見穏やかそうな笑顔を浮かべる今村さん。……でも俺は知っている——これは笑顔の威圧だ!

 ちなみに寺沢と小森さんは必死で笑いを堪えていた。


 ギターとアンプを出すだけで、こんなにも食いついてくるとは思わなかった。


 しかし——音村さんはまだ止まらない。


「先輩そのシールド!」

「え……」

「そのシールドめっちゃ高いやつじゃないですか!」

「ああ、ちょっと普通の物よりは高いかな……」


 シールドとはギターとアンプを接続するケーブルで、俺みたいにシンプルなセッティングだと、その違いが音に大きく影響する。


「やっぱり音、違いますか! 変わりますか!」


 もちろん、音の良さは価格に比例する。


「う……うん変わるよ」


 シールドにつられてグイグイくる音村さん。男としてはこんな可愛い子にグイグイ来られるのは嬉しいよ。


 でも——背後から何かドス黒い気配を感じる……今村さんの方に振り返れない。


 ——そんなこんなありながら、ようやく音出しが出来る状態になった。なんかもう、どっと疲れてるんだけど。


 そして……軽くウォームアップのフレーズを弾くと。


「あっ! それ、アキラさまがライブで弾いてたのと同じだ!」今度は小森さんに突っ込まれた。


 ……しまった。——つい癖で『継ぐつぐね』のライブ前に弾くフレーズを弾いてしまった。


「へっ、へー、そーなんだー」

「……なんで片言なのよ」

 

 しまった……逆に怪しくなってしまった。今村さんにバレないで欲しいって言われているのに。


「私が、覚えてって頼んだのよ」

「そうなんだ……つーか、どんだけファンなのよいつき!」


 ……今村さんに助けられた。


「じゃぁ、そろそろデモ演奏始めようかな……」と思ったら、音村さんが固まっていた。


 ……なんで?


「音村さん?」


 呼びかけても、音村さんは呆然と俺を見つめるだけで、何の反応もしない。


「音村さん? そろそろ始めたいんだけど」


 ベタだけど、音村さんの目の前で手を振った。つーか、これなんのデジャヴだ。


「そろそろ始めるよ?」

「……え、あっ、はい」


 やっと気付いてくれた。それにしても……音出ししてから音村さんの様子が明らかにおかしい。


 ……まあ、いい——とりあえず気を取り直して俺はデモ演奏を開始した。


 音村さんは両手を膝の上に置き、ただただ俺をジィーっと見つめていた。あまりにも見つめられ過ぎて、俺は指板ばかり見ていた。もちろん恥ずかしいからだ。

 ライブで視線に慣れてるとは言え、お互いがお互いを知るこの空間でのこれは、恥ずかしいにもほどがあった。


「…………」


 そして……演奏が終わるや否や——音村さんは肩をプルプルと振るわせながらこちらに近付いてきた。

 唇をキッと結び、顔は紅潮している。


「どうしたの?」と聞く暇もなく、彼女は地面にひれ伏した。


「先輩! 私の師匠になってください!」


 それは——見事な土下座だった。


「え——————————っ、ちょっと音村さん!? 顔上げてよ!」

「上げません、弟子にしてくれるまでは!」

「ええっ……」


 ……なんなんだろう……この構図。

 今村さんには睨まれて、小森さんと寺沢には笑われて、音村さんには土下座されて。


 ……逃げ出したい。——それが偽らざる俺の本音だった。



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