第20話 セフェク ⑨

「ここは ……なんだ …… 」


 ベゼブを追って巨大な法式の中心、へと吸い込まれたセフェクだが、既にを通り抜けた時には、ベゼブの姿は見当たらなくなっていた。


 空間を漂うセフェクの体は、聴覚も嗅覚も、空気ですらという感覚がない。唯一の視覚に映るのは、漆黒の闇の空間に、ゆらゆら布帯ぬのおびのように揺蕩たゆたう幾重にも重なった光の層だけである。


「ここは …… 限りなくヤバい」


 揺蕩たゆたう光のカーテンを確かめようと、伸ばした指先が視界に入ると、指先もまた同じように形定まらずに揺らいで見えた。さらに注視してみると、その何層もの光の帯は、ゆったりと揺らいで見えてはいるが、決して緩やかなのではなく、異常なほどの暴力的な速さで流れているが故に帯状に伸びているのだと理解した。


 それらの情報を得たセフェクの脳は、この空間にある生命体の存在は皆無、すなわちが、劇的に危機だと体に訴えかけている。


「傷跡も痛みがねぇし、何だか …… マジだ。マジでヤベぇじゃねぇかっ!」


 傷跡から流れ出る血液は、皮膚を伝い離れると、サラサラと霧散むさんされ跡形もなく消えていく。必然的に血液が凝固せず、傷口は塞がらない。


「これは …… 時空か?! あの野郎、別の次元を無理やり繋ぎやがったのか!」


 これまでに得た情報からセフェクは推測し結論づけた。


「ベゼブとは数秒の差で入ったが、ここでは数時間 …… いや数年単位で経過したか …… ヤツが開いた出口も、とっくに閉じたって訳だ …… 」


 結論づけると同時に、絶望的な状況の理解も追いついた。


「肉体の限界も近ぇな …… 気づけば呼吸も出来ねぇ …… クソッ、ここまでか?」


 珍しく弱気な音が声帯を通じ声として漏れた。そして、それは自身への怒りへと転じ、激しく血液を循環させた。怒気は熱を帯び、再び声帯から音が漏れる。


「っざけんじゃねぇ!!!」


 気を弱め、歩みを諦めかけた自身への怒りと、許せないベゼブへの怒りとが混じり、これまでに達したことのない憤怒ふんどあらわに、露骨に全身から感情が溢れ出した。


民衆みんしゅうみちび自由じゆう弾丸Bullet!<第壱層Mode First>」


「この際、残してられねぇ!< 第参層Mode Thanatos >!」


 セフェクの全身はまばゆく湧き上がる光を放ち、目の前には二重の法式が完成している。


 ——  ( クソッ、やはり弐枚じゃ足らねぇ!)


 必要とする量の濃縮されたジャム気が練り出せていないようだ。


「何とかならねぇのかよ!!!」


 —— FuaWaファワ


 絶望と私怨の狭間で言葉を発した時、セフェクの目線を見覚えのある紅みを帯びた特異の何か、一つの影がよぎった。


無花果いちじく …… か?!」


 —— 『くたばる前にやる事やり切れ!』


「ハハッ、やっぱりお前はオレを楽しませるな! トト!」


 セフェクは、これで使い果たされた濃縮されたジャム気を回復できると、無花果をすぐに手に取り、開口し、一飲みにしようとした。


 —— 待って!!!


 無音の空間に、聞き覚えのある音がセフェクの鼓膜を揺らした。

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