第12話 セフェク ①

 天は閉じ、木々は枯れ、地は剥がれ、水は裏側を忘れた。

 

 —— UuOoooウゥオォ ……


 辺りは暗く、見渡せば異形いぎょうの者たちが、何をするでもなく、視点も合わずにそこらにたたずむか、生気せいきなく辺りを徘徊はいかいしている。


 音は発する事を忘れたかのように、静まり返っていたこの地で、散在する瓦礫がれきの山の中でも、ひときわ高いそのいただきから、話し声が聞こえてきた。


「見ろよ、今日も何も動きがねぇ! じじぃもこんな 終界 ティアレス 諦めて、早く 終焉しゅうえん 迎えちまうべきだろ! 退屈でかなわねぇよ!」


 体の大部分を、黒紅くろべにの光沢を持ったうろこで覆われ、肩から丈の長い装束しょうぞくを身にまとった赤髪長髪あかがみちょうはつの男は、この地のどこから見つけてきたのか種類豊富な果肉を片腕一杯にかかえながら、その瓦礫がれきの頂きから品無く食い散らかしている。


「セフェク様 …… アテン様はこの世界の未来を案じております。文字通り身を投じて案じておりますよ。だから貴方というをこれ以上大きくしないようお願い申し上げます」


 全身を漆黒の美しい羽毛に覆われたときのような姿の生物が、セフェクの少し下から目線を合わすでもなく、同じ方向を向いて言葉を発している。


「トト、オレは肉は好まんからお前を食わないだけだ」


「ふふふ、今のこの世で食欲を覚えているのはセフェク様ぐらいでしょうね。今なら楽園ルルア無花果いちじくを食べても、誰も気に止めないかもしれませんよ」


 —— VuWaaSaaaヴゥワサッ


「はーっは! うぉーーーんむぉすぃろいぼ!」


 抱えられていた果肉は、辺り一面に無残にも美しく、扇状に投げ捨てられ、口内からも、汚く吐き出された。


「トト、今面白いこと言ったぞ! それはいい! 無花果いちじくを食ってやろうじゃねぇか!」


「うっ …… 余計な事を言ってしまった気が …… まぁムリムリムリ、無理な事だと思います」


「無理かどうかは問題じゃねぇ、面白いかどうかだ。それ以外は等しく無価値だ」


「はぁ …… アテン様に知られたらアタシは首が飛ぶんですかねぇ」


「それも面白ぇじゃねぇか、久々に楽しくなってきたぞ」




 ◇




 広大に開かれた荒れ果てた地にポツンと扉だけが置かれている。ポツンと表現はしたが、しかれども大きさは二十五階建相当はあろうかという重厚な扉だ。


「トト、あの扉を通り抜けたヤツって知ってるか?」


「アテン様以外では私は聞いた事ありませんよ、そもそも重罪じゃないですか。アテン様の事を想っていれば誰も通りませんよ」


「そうか、オレは一度あるんだよ。まだ小せぇ頃に爺ぃに付いていってな」


「それはアテン様ご自身が、セフェク様をお連れしたのですか?」


「いや、こっそりとだ」


「でしょうねぇ …… 」


 二人は他愛もない会話を続けている様子ではあるが、幾重にも重ねられたミルフィーユ状の、ただの緩やかな光のラインになるかのような、景色だけがついてこれない速さで、飛翔し、駆け抜けていた。


 どれほどの距離を抜けたかは分からないが、二人は扉のふもとまで来ていた。


「セフェク様、トト様、上から失礼致します。如何いかがなさいましたか?」


 扉が大きすぎて、この二人の門番が小さく見えてしまうが、この者たちも並みではない大きさで、セフェクの頭は足のくるぶしくらいにしか及ばない。門番二人は片膝を立て、かがみながらセフェクに顔を寄せる。


「いや〜、暇でよ」


 セフェクは頭にクシュっと手ぐしを通すと、目線を合わさずに答えた。


「はぁ …… お暇を持て余されていらっしゃると …… 」


 —— TiNNティンッ


 開口一番は理解が間に合わなかった門番も、ハッと理解が現実に追いついた。


「ん! んんんー!? いかんですぞ! セフェク様! この先はお通しを禁じられております!」


「わーってるよ、だから行くんだろ!」


 セフェクは変わらず圧倒的な自己主張で即答する。


「トト様!」


「悪いね、アタシはもう諦めたのよ」

 

 トトはもはや抑制ではなく、見守る事に徹した。


「アテン様からのご許可がない限り、セフェク様でも通せませぬ!」

 

「前から思ってたけどよぉ、お前らデカ過ぎるだろ。門番としてよぉ、そのぉ〜俊敏性とかってどうなんだ?」


「私どもはあくまで監視の身で動きは問われません。セフェク様でしたから足元まで許したのですよ」


「ふ〜ん …… じゃ、この先も許してくれよなっと」


 セフェクはヒョっと門番の股下を通る。


「え? あ …… ちょっ …… 困っ …… 」


 門番は足元を許した時点で、すでには終えていたのだ。

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