第41話 ちょっとしたアクシデント

「飲まれる前に」

 コンパニオンの皆口は、白い手袋をした手でそっと瓶を取り上げた。試飲用なのか、小振りである。

 そして注ぎ口の部分に軽く触れる。ワインもジュースも瓶は同じ仕様らしい。

「まず、栓を抜かなければいけませんね。皆さん、やってみませんか」

 勧められると、興味がわいてくる。コンパニオンの立つ位置から見て、頼井、悠香、要、秋山、公子、一成の順に、長机の前に横一列に並んだ。

「最初に、フォイルという金口の部分を取らねばなりません。これはナイフを使うので少々危ないですから、あらかじめ取っておきましょう」

 言ってから、コンパニオンはなかなか慣れた手つきでナイフを操り、六本の瓶のキャップを処理していく。そして布を使って瓶口をぬぐうと、各人の前に一本ずつ、瓶を置いた。

「コルク栓抜きにも、様々な種類があります。最もポピュラーなのは、こうしたねじ込んで引っ張るだけのタイプでしょう」

 何種類かある栓抜きの中から、T字型をした物を示したコンパニオン。説明はさらに続く。

「次は、プロのソムリエがよく用いるとされている物です。ねじ込んでからテコの原理を応用して、穏やかに抜けます。

 その隣は注射器型とでも申しましょうか。この先端を射し込み、空気を送り込むことによって瓶内部からの圧力を高め、栓を抜きます。

 こちらは、そうですね、ペンチ型と言っておきましょう。この二枚の金属の板でコルクを挟み込み、引き抜きます」

 次から次へと並べられる栓抜き。その種類の多さに、ちょっと驚かされる。

 コンパニオンに促されて、めいめいが気に入った栓抜きを手に取る。ちなみに公子は注射器タイプを選んだ。力がいらず、簡単そうだから。

「最も一般的なT字型の物から説明いたします」

 コルクと栓抜きだけを手に、説明を始めるコンパニオン。

「栓抜きのねじの先端を、コルクの中心に、まっすぐ射し込んでください。このらせん部分が見えなくなるまで、ぎゅっと押し込んでしまって結構ですから。なるべく、まっすぐに。斜め方向だと、引き抜く力がうまく活かせませんので、ご注意ください」

 コンパニオンの丁寧な指示に従って、言われた通りの動作を行う。殊に、要の奮闘ぶりがおかしかった。やはり力が足りないのか、顔を真っ赤にしても、なかなかねじ込めないでいる。

「貸してごらんよ」

 隣にいた秋山が、見かねたように言った。要から秋山の手に瓶ごと渡り、簡単に栓抜きは押し込まれた。

(私もあっちの栓抜きにすればよかったかな。なんてね)

 二人の様子を見守りながら、公子は手の中で栓抜きをもてあそんでいた。

「射し込めましたね? ええっと、左利きの方はいますか? あ、いらっしゃいませんね。それじゃあ、瓶を左手で逆手に持ってください。そして瓶を太もも、左足の太ももの外側に押しつけてみてください。左足と左手で瓶を挟む感じで、心持ち左足を浮かせて、瓶を安定させましょう。ここまではよろしいですか? では、栓抜きの取っ手を右手でつかんで、ゆっくり、ゆっくり引っ張ってみてください。一気に引っ張ると、中身がこぼれるかもしれませんよ」

 そんな風にして、順番に栓を抜いていく。小瓶の中身は白ワインを思わせる透明な液体。抜いたあと、コルク栓の香りを嗅ぐことも、一応、教えられた。

 公子も栓抜きに取りかかる。もう一人、一成もこの注射器型を選んでいた。

 栓を抜くのはあっけないほど簡単だった。突き刺し、空気を送ると、やがて栓は浮かび上がるように外れた。

 でも、そのあとが公子にとってよくなかった。

「あ」

 栓抜きの先に刺さったままのコルク栓が、すとんと抜け落ちた。

 ついさっき、コルク栓の香りのことを聞いたせいもあって、公子はあわててしまった。

(いけない、落ちちゃう!)

 心の中で叫びながら手を伸ばしたが、遅かった。

 コルクを拾うことはならず、その上――。

「きゃっ」

 屈んだ公子の肩辺りに、ジュースが降ってきた。

 栓を拾おうとした弾みで足を机にぶつけてしまい、自分で開けたばかりの瓶が傾いたのだ。

「危な」

 叫ぶ声も短く、秋山が手を伸ばす。うまく瓶を支えることができたため、被害はさほど大きくならずにすんだ。

「大丈夫ですかっ?」

 さすがに面食らった表情になったコンパニオン。手にタオルを持って、公子のそばに駆け寄ってきた。

「は、はい。あの、すみません。こぼしちゃって……」

「いいんですよ。私こそ、説明の仕方が悪くて。栓のことを口酸っぱく言いすぎました」

 公子の服装は、白のブラウスに茶系統のチョッキを上から着ていた。幸い、ブラウスの方にはさほど飛沫は飛んでいないようだ。

「キミちゃん、チョッキ、貸して。拭いたげる」

 お言葉に甘えて、チョッキを脱ぐと、公子は要に手渡した。

「ほんと、ごめんね。みんなにはかかってない?」

「無事みたいよ。秋山君の手がべとべとになったぐらいで」

 悠香の言った通りだった。濡れた右手を上に向けたまま、秋山は途方に暮れたようにしている。

「えっと、皆口さん。僕にもタオルをもらえますか」

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