第38話 お昼休憩

 白地に赤青黄色のラインが幾重にも入ったビニールシートの上、農作業をしていた八人が円を描いて座る。おにぎり、お味噌汁、なすの炒め物、厚焼き卵、エビチリ、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし等々、ずらりと並ぶ料理が食欲をさらに呼び起こす。デザートは当然、ぶどう。デラウェア種だ。

「いただきますっ」

 と声をそろえ、半ば争うようにして食事開始。

「おいしい」

 きんぴらごぼうを口にして、公子はそうもらした。実際、好みに合う味付けだった。

「ほんと?」

 うれしそうにする秋山の叔母。

「本当に、おいしいです」

「炒め物なんか、油っこいって思ってたのに、案外、さっぱりしてて」

「うちの親とは大違い」

 みんな、口々に言った。

「そう? よかった。安心したわ」

 秋山の叔母は、大げさな身振りで胸をなで下ろしてみせる。そして、

「お父さん、聞いた?」

 と、夫――秋山からすれば叔父――の方を見た。

「分かった分かった。おまえの料理の腕は、よーく知っとる」

 いくらかぶっきらぼうに、彼は応じた。しかし、味噌汁をかき込んでいるその様子を見れば、うれしそうだ。

(初対面のとき、おっかなびっくり挨拶しちゃったけど、先入観だったみたい)

「ぶどうの香り、むせそうなぐらいに凄いなあ」

 ぶどう棚を振り返りながら、頼井が言った。

「外で食べると、気持ちはいいけれど、どんな料理でも全部、ぶどうの香り付きになってしまう」

「それは言えてる」

 おにぎりを頬張りながら、一成はしきりとうなずいた。この子は多分、手伝いの度に昼食をこうして食べて、ぶどうの香りにあてられているのだろう。

「手伝ってもらったわけだけど、どんな感じだったかしら?」

 秋山の叔母は、五人の高校生に聞いてきた。

「粒や房を取るのって、結構、勇気いりますよ」

 秋山が言う。その声には、気疲れした実感がこもっていた。

 多種多様なぶどうを栽培しているせいだろう、公子達が手伝えるような仕事は、意外と多かった。あるものは摘房といって、一つの枝にいくつも着いている房を取って、一房だけ残す。房が多すぎると、色や成熟がよくならないからだ。また、粒の大きな種類は、粒の形状を整えるため、小さな粒を間引きする。これが摘粒。

 以上の二つは、作業そのものは単純だが、やはり慣れた者でないと難しい部分がある。

「そういうもんかねえ?」

 不思議そうにする秋山の叔母。対して、公子が言葉を足した。

「そうなんです。やってみて、房にしろ粒にしろ、どこまで取り去っていいのか、不安になってしまって」

「袋をかぶせるのは、まあまあ、神経使わずにできたわよね」

 悠香が頼井に同調を求めるかのように言った。

 房全体を袋で覆う作業が袋かけ。虫や鳥に実をやられてしまうのを防ぐためにする。

「うーん、ああいう細かい仕事は向いていないなーというのが、正直なところ」

 言って、頼井はぶどうを一粒、口に放り込んだ。

「もぎたて、うまい!」

 頼井の言う通り、これまで食べたどんなぶどうよりも、今ここにあるデラウェアの方が格段においしいような気がする。

「私がやったの、気持ち悪かったよー」

 要が泣いてるような声を出した。と言うのも、彼女がやったのは、病気にかかってしまった実の除去。ぐしゅぐしゅになったぶどうを取るだけの、分かりやすい作業なのだが、要にはそのぶどうが気持ち悪くてたまらなかったらしい。

「今年は結構、雨が多かったからなあ」

 低い声で言った秋山の叔父。少し落胆したような調子である。

「雨が多いと、ぶどうはだめなんですか? おいしくなるようなイメージがありますけど」

 首を傾げる悠香。

「反対なんだ。そっちのお嬢ちゃんが気味悪がってた黒痘病にかかりやすくなっちまってね。そもそも、ぶどうっちゅうもんは、日本の気候にはあんまり合わないんだな。品種改良が進んだおかげで、山梨も名産地になれたってわけだ」

 最初は低く、ぼそぼそしていた声が、徐々に高く、饒舌になった。ぶどうについて話すのがうれしくてならない。そんな意気にあふれている。

「お酒はやっぱり、ワイン党ですか?」

 頼井が聞いた。すると、秋山の叔父はきっぱりと答えた。

「日本酒だ。ワインの味は、かかあの舌が肥えている」

 そして、素っ気ない調子で、自分の妻を手で示す。

 その様が何だかおかしくて、公子はつい、吹き出してしまった。


 午後からは、伊達のおばさんが「このまま手伝ってもらってばっかりじゃ、あんた達の観光にならない」と気にしてくれた。みんな着替えてから相談した結果、ワイン資料館というところに行ってみることになった。

「僕も行く」

 と強弁した一成も入れて六人で、バス停に向かう。ものの一分も立たない内にバスが来たので、みんなで乗り込んだ。ワイン資料館へは、K病院入口で降りて、歩いて七分ぐらいで着くらしい。

 伊達家を出て三十分弱ほどで、K病院入り口に到着。そこから南へ下る道すがら、いくつかの民宿を目にした。ぶどう観光園と兼業しているところが多い。

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