第26話 部活選び

 掃除が終わって、そのまま自由に帰ってもいいとなった。

「クラブ、回ってみる?」

 公子を気遣う秋山。転校生に対するクラス委員長としての責任から――だけではないように見受けられる。

「ん、その内にね。一人でも回れるわ。いざとなったらユカちゃんに頼むし」

「勝手なことをー」

 横にいた悠香が、むくれて見せた。

「僕が付き合うよ」

「でも、秋山君、委員長になっちゃって、忙しくなるんじゃ」

「そんなこと、気にしないの! 遠慮しないでいいって」

 強い口調になった秋山。

「……ま、今日はやっているところは少ないだろうから、いいか。地学部も休みだし」

「そうだ、聞きたいと思ってたの」

 公子は声を大きくした。玄関が見えるところまで来ていた。

「地学部なのよね、秋山君? 拳法は?」

「ああ、それは簡単明瞭」

 苦笑する秋山。そのまま、靴を履き替えにかかってしまった。

 彼に代わって、頼井が答えた。すでに外靴だ。

「この学校、日本拳法部がないんだ」

「あ、何だ」

 ほっとする。

(よかった……。手首かどこか、痛めてやめたんじゃないかと思った)

 声に出さずに、ふうっと息をつく。

「どこか怪我したんじゃないかって思ってただろ、公子ちゃん」

 頼井のその言葉に、公子は顔を上げた。

(ど、どうして分かっちゃうんだろ? 今でも勘が鋭いなあ、頼井君)

「心配してくれてたの? 悪い、早めに言っておけばよかった」

 すまなさそうに頭に手をやる秋山。

「い、いえ、そんな」

 下を向いていた公子は頭を振って、そのままごまかす意味もあって、靴を履き替え始めた。

「そう言えばさ、今日の自己紹介でも聞いたけど、前の学校じゃ、料理部に入ってたんだよね」

 秋山が公子に言った。

「こっちでも料理部あるけど、考えてないの?」

「色んなことしたいから、できれば、違うのにしようかなって」

 公子の返事に、秋山と頼井は顔を見合わせて、はーとため息。ずいぶんと落胆した様子。

「え? どうしたの?」

 不安になった公子の問いかけに答えるのは、二人の男子ではなく、悠香。

「二人とも、食い意地張ってるからねえ」

 悠香はまず、秋山と頼井を見やった。

「食い意地……。せめて食べ盛りと言ってほしいよな、秋山」

「ああ、まあね」

「ユカ?」

 公子は悠香を促した。

「公子、高一になったばかりの頃、料理部に入ったって、手紙に書いたでしょ。入部の理由も、これまでよりおいしい料理を作って、みんなに食べてもらえるときが来たらうれしいなってね。それを二人に言ったら、食べたいってさ。で、こっちに来ても料理部に入ってくれたら、部活の度に試食させてもらえるかもって、期待してたのよね」

「そうそう」

 秋山と頼井は素直に相づち。

「何だあ。そういうことなら、別にクラブに入らなくたって、いつでも……と言ったら大げさになっちゃうけど、作れるわ」

「どういうのを作るんだろ?」

 聞いてから、いたずらっぽく笑った悠香。

「ちょっとはレパートリー、増えたんだから」

 公子はいくつか料理の名をリストアップした。そして最後に付け加える。

「でも、味はまだ保証の限りじゃないけどね」

「そっちの方が大事じゃないの」

 頼井の一言で、みんな笑った。

 それから、ふと思い付いたように、頼井が提案した。

「公子ちゃんの腕前、見てみたいな」

 悠香がすぐにうなずいた。無論、秋山が反対するはずもない。

「私だけが作るの? そんなのないよ。やるんだったら、いつかみたいに、みんなで作ろ? カナちゃんも呼んで」

「いいね」

 秋山は簡単に答えた。その反応の速さが、公子には気になる。

(カナちゃんを好きになったのなら、当たり前……よね)

「私も不満はないけど」

 風で乱れた髪をかき上げる悠香。

「どうせだったら、前みたいにさあ、みんなで集まって、どこか遊びに行こうよ。折角、公子が戻って来たんだから」

「それもそうか」

「頼井、おまえはもてるから時間が取れないんじゃないか?」

「何を言いやがる。今じゃ、おまえの方が」

「本当なの?」

 またびっくりして、公子は頼井と秋山を、交互に見た。

「そうなんだ。高校になったら、人気面で、あっという間に追いつかれちまって、俺、負けそう」

「いっしょにしてほしくないなあ。頼井は中学のときと同じ、取っ替え引っ替えに全員と付き合ってんだよ」

「俺、平等主義者だから」

「そいうのを、男の身勝手って言うのよ」

 悠香がきつく言い放った。

 が、意に介さず、受け流した頼井。

「それはともかく……行くとしたら、どうする?」

「そうだな。まず、全員の都合がいい日を決めるだけで、結構、手間がかかりそうだ。寺西さんのこともあるし」

(秋山君、カナのこと、まだ名字で呼んでいるんだ)

 これをどう受け取ればいいのかまでは、公子には判断できない。

「どこに行くにしても、カナは私が誘うわ」

 悠香がきっぱりと言い切った。かたくなな調子が感じられさえする。

(ユカ? どうしてあなたが……。秋山君がカナを集団デートに誘いにくいのは分かる。それを考慮したんだとしても、私がやってもいいのに。もしかして、私の気持ち、感づいているとか……まさかね)

 浮かんだ疑問を、小さく頭を振って打ち消す公子。

「電話で聞いとく。都合のいい日と、どこに行きたいか、を。みんなはどんなのを希望?」

「そうだな」

 珍しく、頼井が真剣に考えている。女の子と二人きりのデートならいざ知らず、いつものみんなで遊びに行くときは、積極的に意見を言わないのが常だったのだが。

「あのときの再現で始めるのもいいんじゃないか」

「あのときって?」

 やや早口で聞き返したのは公子。気が急いているのは、もうすぐ道が分かれるから。

「二年前……じゃない、三年前になるのか、年数で言えば。三年前のクリスマスイブ、公子ちゃんのお別れ会をやったろ? あれの再現ていうか、続きでもいいな。公子ちゃんが戻って来たお祝いに。で、料理も作ってもらえたら最高なんだけどな」

「お祝いって、そんな大げさな」

 手を振る公子。

「春休みにやったあれで、充分だと思うし」

「あれは、そこにいるいたずら好きの女の子のおかげで、驚くばっかり。ちっとも感激できなかった」

「過ぎたことを、何度も……」

 悠香がぶちぶち言う。この点に関しては、頼井に言い返せないのだ。公子が戻ってくるのを隠していた件についてはいたずらが過ぎたと、さすがに反省しているらしかった。

「秋山はどう思う?」

「賛成。だけど、公子ちゃんが迷惑がるなら、こだわらない」

「迷惑と言うよりも、気が引けて。私ばかり、いつまでも特別扱いみたいにされたら……」

 正直なところを口にした公子。

「それじゃ、今度の一回を、公子ちゃんのために使おう」

 髪をかき上げつつ、頼井が言い切った。

「中学のときも、結構、色々なとこに遊びに行ったけれど、公子ちゃんが希望する場所には行かなかった気がするぜ」

「言われてみれば……そうね」

 悠香も同意する。それは秋山も同じようで、うなずきながら言った。

「そうだね。プラネタリウムにしたって、僕が言い出したんだっけ」

 みんなの言葉を聞いている内に、公子に笑みがこぼれた。

「ありがとう。みんなにまた会えて、ほんっとうによかったって思ってる。うれしいよ」

「公子……泣いてるの? 目、うるんでる」

 悠香が、戸惑ったような表情を見せた。

「……うん……うれし涙」

 たまった涙で、視界がかすむ。それでもしっかりと、公子は三人の顔をとらえた。かけがえのない友達。


 その朝、公子は一人の登校だった。

 例の合流地点で、ちょうど頼井に出くわした。向こうも一人のようである。

「おはよう。公子ちゃん」

「おはよっ」

 頼井は公子の左に並んだ。横顔に朝日が当たって、まぶしそうにしている。

「頼井君、一人なの?」

「珍しいだろ。たいてい、ユカのやつがいるからな。あいつ、今日は日直だから早く出たよ。秋山は?」

「秋山君なら、クラス委員の仕事で、早めに行かなきゃならないって」

「そう。それなら、ちょうどいい。二人きりのときに、聞いておこうと思っていたことがあるんだ」

「何?」

「要ちゃんのことだよ」

 頼井はさらっとその名を口にしたが、聞き手の公子には重くのしかかる。自然と、公子の歩くスピードも遅くなった。時間の余裕はある。

「バレンタインに、要ちゃん、秋山に告白したんだろ。で、どういうわけだか分からないが、秋山が受けちまって」

 歩調を合わせながら、頼井は続けて聞いてきた。

「あは。カナちゃん、かわいいから、秋山君がオーケーしたって、ちっとも変じゃないわ」

「そうかな……。秋山だって、公子ちゃんのこと気にしているからこそ、小学校のときから」

「まさか。絶対ないわ」

 目を細め、公子は無理矢理に笑い声を立てた。

「それじゃ、公子ちゃんは秋山のこと、吹っ切ったのか?」

「どうして……そんなこと……」

「気になるんだよ。余計なお世話だろうけど――君が苦しんでいるところ、見たくない」

 立ち止まって、きっぱりと言った頼井。

 公子も遅くなりがちだった足を、完全に止めた。

「苦しんでなんかない」

「吹っ切れたって言うの? だったら、答えてほしいことがある。部活のことだけど……公子ちゃん、まだ決めてなかったよな」

「うん。決めかねちゃって」

 笑顔を作った公子。だが、それは簡単に見破られた。

「嘘つかないの。地学部に入りたいんだろ?」

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