第2話 捕虫要員(バグラー)ウメコと小梅号

 チャッターボックスが15時の時報を鳴らすと、まもなく虫予報が始まった。‟ラジオフリー・アンダーネッツ、連合発表の、明日の虫のお知らせ・・・。センター外縁部の平均虫密度30tuチューム、クラック値6ヴァリュー、速裂度5。セグメント1区、インナー地区の平均虫密度50tuチューム、クラック値17v、速裂度15、ミッド地区から周境までの平均虫密度65tuチューム、クラック値29v、速裂度20。セグメント2区の・・・”


 小梅が遮ってまくしたててきた。『虫予報ヲ聴クナラ、是非<とらんすびぃじょん>ノ最新ノ情報ヲ!コノ予報ハ、<とらんすねっと>ニヨルだいれくとナ取得でーたヲ我ラガ<とらんすとろんこんぴゅーたー>ニヨッテ導キ出サレル・・・・』


「うるさいな、別にトラビの最新情報なんていまいらないよ、黙ってて」ウメコはピシャリとはねつけた。


――まったく、これだもんな――バグモタ内臓のトラビ(トランスヴィジョンの略)からでも、ウメコの愛聴している自由労放送のラジオ波は聴けることができたが、小梅が割りこんでしゃべるたびにまったく聞こえなくなるから、わざわざ小型のチャッターボックスを携帯していつもそれで聴いていたのだ。だいぶ昔に音楽を邪魔するのは厳しく止めさせていたのだけど――それでも小梅は遮ってしゃべり出すから、かなわない――


 いまや開拓連合の首席を占める<トランスネット社>のトランストロン・コンピュータによって生み出された、バグモタ内臓トランスビジョン・モニターの中のマスコットAI小梅は、どうも<チャッターボックス>の自由労放送をウメコに聴かせたくないらしいのだ。<チャッターボックス>は、自由労と呼ばれる合法連合労民たちの運営によるラジオ波の送信と、その受信機を制作、販売配給している独立企業だった。これがトラビの公式供給配信に比べると、ウメコみたいなノンコシャンコ(のんこのしゃんこ・・・のらくらする、ずうずうしいの意味の日本語と、英語のnonconformist・・・社会規範に従わない人、不適合者の意味の合成語)な捕虫圏居住民アンダーネッツにとってはこっちのほうが断然面白かったのだ。情報や話題にはいつも連合に対する批判がまぶしてあって、どこかスリルが漂っていて怖いものみたさを刺激されたし、それをたくみに、あるときは下手くそなコメディに仕立て上げているものだから、何も考えずに笑いたいときにはうってつけだった。流れる音楽にしても、本国から独自に取り寄せている古い時代の音源やら最新のものの中から、マイナーコードのメロディや、一聴しただけではわからない、まるでバグモタのメカニズムを音に翻訳したようなジャカスカしたものは、連合のお仕着せのものとは違い、ウメコをいつも魅了した。だから義務労を終了したご褒美に配給ポイントで買ったこのチャッターボックスをとても重宝して、移動の最中には欠かせないものになっていた。なんせトラビの供給配信は退屈だったから、ウメコは連合の号令や発令以外は聴くことがない。もっとも映像は別だ。合成加工なしの自然の映像は貴重だから、休憩中やウチで観ることはある。しかし小梅ときたら最近は、携帯チャッターボックスから聴こえてくる連合提供の虫予報にまでわざわざ口出ししてくるんだから、困ったものだった。


‟・・・セグメント8区、インナー地区の平均虫密度45tuチューム、クラック値18v、速裂度13、ミッド地区から周境までの平均虫密度89tuチューム、クラック値24v、速裂度41。こちらも虫密度、速裂度ともに警報が出ておりますので、外出の際にはくれぐれもご用心を。またセグメント8では明日以降も引き続き虫密度の高い<虫霧濃度チュームノードA>の状態が続くと予想されますので、充分な注意をしてお過ごしください。セグメント9区・・・・・・”


 明日以降もこの虫密度の虫霧かと思うと、さすがのウメコでもムシムシした冴えない気分になるところだけど、今日の成果がそんな鬱々した気分を寄せつけなかった。


“~お出かけの際には忘れずに全身への防虫処理を!15時の虫のお報せでした。・・・ピッポロッポポー♪『ウズウズが止まらないあなた!ムシムシに悩んでいるあなた!どーにかなるんですよ!このスプレーを使えば!ジャジャーン!新発売<バグプリーズ>!こいつをひと吹きすれば、しつこいお虫様もホラ退散!この防虫剤バグレぺは、当社独自開発のお虫様がお嫌いなアンティンセクト成分が、群がるお虫様をお避けして、あなたをガンムシしてくれますよ!クラック誘発成分も脅威の1%以下!お求めはお近くの配給ショップにて。尚、弊社の<除虫剤バグダム><殺虫剤バグデス><誘虫剤バグラブ>をお求めになりたい方は、開拓連合の指導の下、公認配給所までどうぞ。虫除け、虫送りには<蛆巻送虫社ウジマキソウチュウシャ>』・・・・・・”



 ウメコはいま、Seg8セグハチ(ウメコの居住する区域、セグメント8区の略)捕虫労組合蟲屯地ちゅうとんちへの帰途を、低クラックりょくの駆動で小梅をガシガシ歩かせ、のんびりと進んでいたが、両足首に付随する車輪<クリーパーホイール>での走行が可能になる第二放射道路に乗り入れる間際、小梅のピンと張ったウサ耳が、虫霧の中、何かを捉えた。


『ウメコニ、朗報!高クラック虫発見!』


 小梅が唐突にしゃべり出すと同時に、コンソールの虫群レーダーの中で光が点滅し、すぐあとにトラビのメインモニター上にも詳細な位置情報と虫データが表示された。


『二時ノ方角、516m先、<紅眩暈虫クレナイメマイムシ>、約3万匹、平均クラック値69v・・・』


「なに言ってんの?今日はもう必要ないだろ、クラック値88の大漁だぞ。網はもういっぱいさ」


『おいらガ欲シイ、欲シイ欲シイ、タマニハ御馳走食ベタイナ』


「さっき食べたばかりだろ、早く帰るよ」


『全然、満腹ジャナイモン!シカモチープクラック、ファストクラック』


 クラック値60v以上の虫を、下級捕虫要員のバグモタに補給するのは、原則禁止されているのだ。小梅の気を紛らし満足させるために、たいした成果のあがらないいつもだったら、ノルマでいっぱいに捕虫した網の中の虫を小梅の方に消費して、余裕ができた網の中に吸い込めばそれで済むことだが、今日はそうはいかない。


 仮に、背負ったバグパックの網に余裕があったとしても、今日のように88vの高クラック値の虫の中に、69vの虫を混ぜてしまえば、量は上がるが、せっかくの高い平均クラック値を下げてしまう。


 いつものように網の中が平均クラック値40~60v程度の虫しかいなければ、さらに捕虫してクラック値もあがり万々歳だし、クラック値が下がる場合でも、質より量を優先して捕る場合もある。が今日はまったくあたらない。せっかくだけど、その朗報はムダなようだった。


「ダメだよ。69vだろ?怒られるのワタシなんだからね」


『オ腹ニ入レバワカラナイモン、今ナラ補給シテモ推定37vニシカナラナイヨ、問題ナイヨ』


「よく言うよ。記録に残るくせに」


『機体ハ充分ニ動カサナイト硬クナッチャウ』


 確かにそれはあたっていた。月に一度のメンテナンス日に許された、機体のクラック性能の上限値に合わせたクラック値の虫を入れての運動は怠りなくしているけれど、それを現場でもできれば尚いい。けどどのみち小梅の言うように、いまこの機体に高クラック虫を追加補給したところで、(背中のバグパックの上部についている二つの捕虫喇叭ラッパが辺りの低クラック虫を常時補給しているから)たいした量は入りはしないし、たかが知れたクラック値にしかならないのだ。せいぜい走れる程度だろう。虫の無駄使い規則にはあたらないはずだ。なんせ今日は背中に二つの網がフーセンみたいに浮いた中に、クラック値88vの虫をいっぱい背負っているんだ。そのためにわずかにクラック違反を犯して、早足で帰ったところで、いちいち文句はつけられないだろう。そこまで考え、ウメコはあっさり態度を変えた。


「わかったよ。オマエも今日は頑張ったんだ。ご褒美をあげたっていいはずさ。ちょっと寄ってくか」


『イヨッ!ウメコ!イイ女ダネェ、コノ虫殺シ!』


「うるさい!」



紅眩暈虫クレナイメマイムシ>の発生した付近まで向かうのに、どうせだから少しでも燃料タンクを空けようと、ウメコはバグパック上部の捕虫喇叭の自動吸い込みを一旦止めて、いま出力できる最大のパワーで小梅を歩行させた。はたから見たその姿は足を高くあげお尻のパンダ目バーニアから、まるでオナラのような姿勢制御の噴射をプップと噴かせ、腕をしっかり曲げて左右にバランスをとりながら、ラビットベリーの小梅が「おいっちに、おいっちに」と掛け声でもあげて歩いているように見えた。



 砂塵のように景色を覆い尽くしている<雑甲虫ザコムシ>の中に、<紅眩暈虫クレナイメマイムシ>の群がりが巻貝みたいに渦巻く形となって、トランスビジョンのモニターに色付けされて点滅し始めた。地表から20mほどの高みにいたはずの虫群は、いまでは10mほどの位置に留まっている。もうバグラブを使って小梅の手の届く下方へ誘引する手間は省けた。ウメコはさらに小梅を動かしながら、腰に提げていた捕虫喇叭ビューグルを、再び手に握らせた。すでに小梅の虫燃料計は40%まで消費されていた。


 頭上をトラビの合成景色のフィルターを外して観ると、紅眩暈虫の群れは赤茶色に揺らいだ城となって、うねうねとマーブル模様のように雑甲虫の霧の中に聳えている。ウメコは小梅にビューグルを構えさせ、紅眩暈虫の城の中にラッパ口を突っ込んでピストンを押した。すぐに虫どもはビューグルの管を伝って、コードを通り、右腰の丸いアーマーの中に描かれた梅の花のアップリケの中心に開いた注入口から、丸い腰殻ようかくに包まれたバグモーティブ発動機の燃料タンクの中へ、シューシュー吸い込まれていった。


「どうだ小梅、美味しいかい?」


『ウン、雑甲虫トハ比ベモノニナラナイネ。コレデ、チッター精ガツクヨ。毎日コンナ食事デオ腹イッパイニシタイナア』


「じゃあ保安労にでも志願してみるか、そんなにご馳走欲しいんならね」


『ワタシ<hoorah!!フラーイー!!>ハ、バグラー専用ノ機体デス。喇叭ヲ持ッタ姿ガ似合ウヨウニ、でざいんサレマシタ。当社exclam!!!エクスクラム!!!ノ第5世代クラックウォーカー<hoorah!!フラーイー!!>ト、姉妹機<cheer!!チアリー!!>は・・・』


「もういいよ!」小梅の虫補給のワガママを黙らせるのに、保安労や治安労志願を持ち出すのは、ウメコのいつものやりかただったが、最近は初期設定に戻ったふりをして機体の説明を繰り返し、はぐらかす手口をどこかで覚えたらしいのだ。――まったく、どこで感染したんだか――。「じゃあ大人しく雑甲虫で我慢するんだね」



 次第に紅眩暈虫の群れは、誘惑する花のように開いた捕虫喇叭ビューグルの吸い込み口から離れはじめ、渦巻きの回転を加速させて上昇していった。もう追うまでもない。小梅の燃料タンクはもう満タン間近だったし、例の振動音もとっくに変化していた。


「もういいな。ちょっと食べすぎたね」ウメコは小梅の腕を下ろし、捕虫喇叭ビューグルを右腰のホルダーに止めた。


 小梅のクラック価は53vまで上がっていた。


「放射道路まで走っていけるな、これなら小梅?」


『・・・えんすとシチャウ、5分オマチ下サイ。食後ニ運動ヨクナイモン』


「ほら、これだ!」


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