同棲へ

 感動の朝だったけど、狭いお風呂で一緒にシャワーを浴びて着替えたら、マナはいつものマナに戻って行った。


「マナツの記念だけど、さすがにね」


 シーツを洗った。そりゃ、恥しいだろうな。手洗いまでして丹念に洗ってたよ。それが済むと手際よく朝食を整えてくれた。でも昨日までのマナじゃない。もうボクのマナだ。どうしたって昨夜のマナの姿が脳裏に蘇ってくる。


「やっぱり痛かった?」

「どうしてもね。でも、嬉しかったよ。ジュンと完全に一つになった時に感動したもの。プレゼントできて幸せだったし、もらってくれたのがジュンで最高だったよ」


 あれこそマナの一生に一度しか出来ない最高のプレゼント。


「ありがとうマナ」

「喜んでくれて嬉しい」


 マナが我慢を重ねて捧げてくれたから一つになれた。捧げてくれたのは体だけじゃない、心も捧げてくれたから一つになれた。もう二度と離れない、離すものか。マナはボクの女、そしてボクはマナの男。死ぬまで一つだ。そんな事を考えている時に、


「宅配便です」


 なにが来たかと思ったらマナの荷物。


「それもプレゼントだとか」

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるかも」


 判じ物のような言葉だったけど、段ボールの中身は、


「今日からお世話になるね」

「おい、それって」


 マナの昨日の覚悟は初体験だけでなかった。仕事もやめ、ボクと同居するところまで決めていたんだ。


「お母さんや、お爺さんは」

「認めてるよ。だから最後まで責任取ってね」


 これでは押しかけ女房みたいなものじゃないか。


「だからジュンの二十歳の誕生日まで待ってたんだよ」


 そこまでマナはボクの事を。もちろん拒否する理由なんて無い、大歓迎だよ。


「それにジュンを一人にしておくとウジが湧きそうだもの。そうそう、昨日はあれこれ捨てたけど、代わりにマナツがいるから許してね」


 あっ、そっか。マナがいれば、マナを想いながら悶々とする必要がなくなるのか。これはタダの同居じゃなく同棲なんだ。


「マナツも待ちきれなかったから進めちゃった。悪かったかな」

「全然そんな事ないよ」


 突然のように始まってしまったマナとの同棲生活だけど、マナの素晴らしさをひたすら教えられる日々になった。まず綺麗好きなんだ。加えて片付け好き。どうも部屋に物が散らばってるのが許せないみたいだ。


 食事も完璧だ。完璧と言うよりボクのお袋の味そのもので良いと思う。高校時代に道場で数え切らないぐらい御飯をたべたけど、その味そのものだもの。完全に胃袋を掴まれてしまっている。


 家事なんだけど、とにかくボクにやらそうとしない。そりゃ、ボクは大学もバイトもあり、マナは言い方は悪いけど専業主婦みたいなものだから、そうなるのも仕方ない部分はあるにしろ、


「ジュンは才能無さ過ぎるよ。先天性センス欠如症みたいなもの」


 耳が痛い。否定できないところが多々あり過ぎる。一人暮らしは高一からやってるベテランのはずだけど、料理一つ作らせても未だにロクなものが出来ない。出来ないからコンビニ弁当やカップ麺に頼りっぱなしになり、道場の特別コースの辛さより、出てくる御飯の魅力に負けそうなぐらいだったもの。


 部屋はそれこそ足の踏み場がない状態。暮らせたら良いぐらいに思ってしまって。ゴミ屋敷の一歩手前の体たらく。


「売った家なんて物凄かったもの。あの時に今泉君たちとガラスを割って入ったけど、割ったガラスが中に飛び散るんじゃなく、外に荷物と共に押し出されてきたものね。そこからジュンのところに行くまで発掘調査隊をやらされた」


 耳がひたすら痛い。引っ越しの時も、運んだ荷物より、捨てた荷物の方が十倍ぐらいはあって、選別している途中に呆れ返ったマナが、


「マナツが責任を持つ。全部捨てちゃえ」


 マナ曰く、生活に必要なものは既に道場に運び込んでるし、今まで使わずにいた物は、これからも使うことがないって。卒業アルバムとか、卒業証書とかも、


「高校の分だけあれば、後は不要」


 それでも家事をすべてさせるのはあまりにも不平等じゃないか。でも交代制なんて論外に却下されたので分担制をなんとか認めてもらったんだ。頼み込んだ末にやらせてもらえたのが、ゴミ捨て、食事の後片付け、風呂掃除、便所掃除。


 だけどゴミ捨てだってあれこれ言われたけど、食事の後片付け、風呂掃除、便所掃除はマナが満足できるレベルになるまでみっちり鍛え上げれた。マナが鍛える時は道場流だから、


「これは洗ってるんじゃない、撫ぜてるだけ。やり直し」


 久しぶりに愛のパンチとキックをもらいまくった。先天性センス欠如症と言われまくったのもこのころ。今だってマナは完全に満足はしていないようだけど、お情けでなんとかやらせてもらっている。洗濯にも挑戦したかったけど、


「いやだ。鍛え上げる手間を考えるだけで絶望的になる。手を出したら容赦しないよ」


 マナの容赦しないは言葉通りだから従うしかない。でも、そうやってボクに負担を掛けないようにしてくれるマナはホントに優しいよ。



 マナは気配りがとにかく細かいというか繊細。同棲も共同生活の一種だけど、生まれも育ちも違う二人で暮らせば、細かな生活習慣の違いがトラブルのタネになるとか聞いたことがある。


 マナは二人の生活ルールをきちんと確認してくれた。結果で言えばほとんどマナ流になったけど、それが気に入らないとか、ましてや不愉快になることはなかったんだ。そんなことを感じさせない自然さしかなかったもの。


 そんなマナだけどパートに出るようになったんだ。生活費を入れるためで良いと思うけど、はにかみながら、


「二人の将来のためよ」


 それならフルタイムの方が稼げるのじゃないかと言ったんだけど、


「やっぱりジュンと一緒にいたいから」


 マナもはっきりと視野に入れている。二人の未来を。


「当然でしょ。離さないと言ってくれたじゃない」


 もちろんそうする。ボクのバイト代とマナのパート代で、生活費から学費の大部分を賄えるようになってくれた。マナもボクの父親からの手切れ金に手を付けるのは極力避け、逆に貯金を増やすように努力してくれている。


 だからマナは、無駄な物とか、余分なものは本当に買わないんだよ。なんかマナの辞書には無駄遣いとか、贅沢の言葉は無い気がするぐらい。それでいて貧乏臭くないのに感心してる。安物でも上手に取り合わせてそう見せないぐらいだと思っている。これは服装もそうで、どう見たってオシャレだもの。


「そこは将来のジュンに期待してる。いつか贅沢させてね。その日までマナは頑張るし、その日が来なくたって構わないよ」


 どう考え、どう見てもマナは最高の女だよ。こんな素晴らしい女と結婚まで視野に入れて同棲してるって、なんて幸せ者だろうといつも思ってるもの。これほどの女が他にいるか。いるはずないじゃないか。そうそう、こんな完璧なマナの唯一の注意点は、絶対に喧嘩しないこと。やれば瞬殺でボコボコにされる。

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