告白

 まさか美香さんの運命の人がボクだなんて。でもだよ、あの時のボクは救世主みたいな格好の良いものじゃない。そりゃ、川には飛び込んだが、美香さんにしがみつかれて共倒れで溺れそうになっただけ。


「いえ淳司様がいなければ、ここにわたくしは存在しません。あそこで淳司様がなんの躊躇もなく助けに来てくれからこそ、今のわたくしが生きております」


 するとお父様が、


「君は正直者だね。だが勘違いもしている。たしかに君の力だけでは美香は救えなかった。実際のところも、後から来た付き添いの大人たちが美香を助けている」


 そう、あの時はボクが居ようと居まいが関係なかったはず。


「違うぞ。まったく違う。美香はあの時に絶望の淵に居たのだ。世界中の誰一人、助けに来てくれるはずがないとな。そこに敢然と救助に来てくれた君の姿に、美香の心が動いてくれたのだ。何をしてもどうしようもなかった美香の心が、君の勇敢な行動で変わったのだ。まさしく君は美香の運命の人そのものだ」


 お母様も、


「ずっとお礼をしないといけないと思いながら、氷室さんの行方を探し出すのにここまで時間がかかった事をお詫びします」


 でもなぜ偽装カップルなんて提案を、


「それは淳司様はわたくしの運命の人ではありますが、あくまでもそれは、わたくしの片想い。淳司様の心を確かめるためです」


 とはいえやり方があまりにも、


「わたくしは一度は避けられております」

「それって、文化祭の・・・」

「あの時にわたくしは悲しみの淵に沈みました。わたくしでは淳司様に認めてもらえないのだと」


 それは誤解だ。でも、美香さんから見ればそうなってしまうのか。


「もうあきらめようと何度も思いましたが、せめてもう一度だけでも淳司様にお近づきしたかったのです」


 それで夏休みの、


「失礼とは存じますが、淳司様が物理の補習に出るのは必至だとお聞きしました。これが最後のチャンスと思い、あれこれ理由を付けて参加させてもらいました。淳司様を図書館にお誘いして了解を頂いた時にはどれほど嬉しかったことか」


 こっちもそうだったけど、


「さらに偽装カップルの了解まで頂けたので、わたくしの心は天まで舞い踊りました」

「えっ、池西は」


 美香さんがニッコリと微笑みながら、


「あの方に困っていたのは本当です。ですが頼みたい人はこの世で一人しかいませんでした」


 あれも気になっていた。ああいう時は『頼める人』って言うはずなのに、言葉の綺麗な美香さんが『頼みたい人』って言うのに違和感があったんだよな。あれはボクにしか頼みたくない意味だってやっとわかった。


「わたくしは偽装ではないの想いを淳司様に伝えるために尽くさせて頂いたつもりです」


 だからあそこまで。美香さんは今度は顔を真っ赤にして、


「どうかお聞かせ下さい。わたくしは淳司様に認めて頂ける女になれたでしょうか」


 あまりの展開にかえってどこか冷静になっているボクがいる気がした。本当に人の心はわからないよ。諏訪さんの時だって信じられなかったけど、美香さんまでこんな想いを持ってボクに接していたなんて考えもしなかった。


「でもボッチの陰キャですよ」

「ダメなのですか。わたくしでは淳司様に相応しくないのでしょうか。この日のためにわたくしは・・・」


 うわぁ、今にも泣きだしそうな顔になってるじゃないか。こんなもの断れる男がこの世にいるものか。


「美香さんは素晴らしすぎる女性です。こんなボクで良ければ喜んで」


 隣に座っていた美香さんがボクの胸に飛び込んできて大号泣。気持ちはわからないでもないけど、ここは美香さんの家の応接室。慌てるボクに、


「良かったな美香」

「やっと想いが叶いましたね」


 そうだった。御両親の目の前で告白されて受け入れたのだから、これって家公認のカップルになっているとか。


「まだ高校生だから、先は長いが君なら安心だ」

「これで行き遅れる心配はなくなったわ」


 こ、これって恋人段階を飛び越えて婚約状態とか。


「お父様、ボクの家は・・・」

「悪いがすべて調べさせてもらっている。君の辛かった人生もすべてだ。美香もすべて知っている。それでも美香の心は微動だにしなかった。私も君の努力を知っている。君は美香に相応しい男になってくれた」


 すべてって、まさか黒歴史のすべてを。すると悪戯っぽく笑いながら、


「ああそうだ。あの動画は拡散されたものもあり完全には消え去っていない」

「まさか美香さんも見られたとか」

「見たぞ。最後までしっかり目を見開いておった」


 あちゃ、あんなものが残っていて、ましてや美香さんが見ていたなんて。


「だから言ったじゃないか。美香の心は微動だにしなかったと。それどころか君があれだけの目に遭ったことをどれだけ悲しみ、嘆いていたことか。美香の事は君に任せたぞ」


 この日はと言うか、美香さんと物理の補習で出会った日から衝撃の連続だったけど、最大の衝撃がこれかもしれない。後だしジャンケンみたいだけど、美香さんの心がボクになぜかありそうな気はしてた。そりゃ、あれだけ尽くされれば感じない方が不思議だろ。


 ボクは美香さんを思い出せなかったのはともかく、ボクのあの黒歴史を知って、なお心が揺るがないのは衝撃的すぎる。それぐらい、惨めで哀れすぎる姿だもの。あんなもの動画どころか、話に聞いただけで軽蔑されるしかありえないものだ。



 その日を境に偽装から本物のカップルになった。それもガチガチの親公認。さらに互いの呼び名を強引に変えさせられた。


「淳司様」

「美香」


 ボクへの様付けは運命の人とカミングアウトしてからだが、


「こうお呼び出来る日が来るなんて夢のようです」


 目をウルウルさせて言われたら断り切れず、さらに、


「どうか美香とお呼び下さい。そう呼んで頂けるように精進を重ねて参りましたつもりでございます。まだ足りないところがございましたら、なんなりとお申し付けください」


 とにかく美香は1ミリたりとも譲ってくれなかった。美香は頑固と言うか、一度決めたらテコでの譲らない一面があるのを知ったぐらいだ。美香は偽装の時から愛情表現が過剰な面があったけど、あれでも遠慮していたのを思い知らされた。


 毎朝、駅まで迎えに来るだけじゃなく、ボクの全身をチェックする。ボタンが取れそうならすぐに縫い直してくれるし、髪も櫛とブラシで整える。独り暮らしだから面倒でハンカチだって持って行ってなかったのだが、


「これをお持ちください」


 他の服の洗濯もエエ加減なんてものじゃなかったが、


「家にお邪魔させてもらいます」


 これを止めるのに往生したから、必死になって洗濯とかアイロンがけに励んでる。さらに学校でも凄かった。まさにベッタリ状態でひたすら身の回りの世話を焼いてくれる。その姿は恋人同士と言うより、


『貞淑な妻』


 これにしか見えないと言われた。それでいてお弁当は、


「あ~ん」


 この状態じゃないと許してくれなかった、さらに弁当を開くと、


『LOVE』

『♡』


 こんなキャラ弁を作って来て、それを隠すどころか見せたがるんだよ。そりゃ嬉しいに決まってるけど、ちょっとやり過ぎ。でもそんなことを言おうものなら、


「淳司様が耐え忍ばれた辛い時期を少しでもお慰めするためです。あれは淳司様の心の深すぎる傷。これを癒す事がわたくしに課せられた使命の一つでございます」


 これ以上はない真顔で言われた。でも恥しいんだよね。晒した姿もそうだけど、あれを見たってことは、美香はボクのすべてを見ている事になるじゃないか。とにかく目を見開いてすべて見てるわけだから、最後の瞬間まで知られてることになるんだよ。


 それでもボクへの想いを変えず、ひたすら愛してくれるのは幸せとしか言いようがない。これが夢でもなんでもないのが今でも信じられないよ。

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